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書籍詳細

ミューズの病跡学Ⅰ音楽家篇診断と治療社 | 書籍詳細:ミューズの病跡学Ⅰ音楽家篇

日本大学医学部産婦人科講師

早川 智(はやかわ さとし) 著

初版 A5判 並製 184頁 2002年11月20日発行

ISBN9784787811325

定価:2,530円(本体価格2,300円+税)
  

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歴史上の著名な音楽家の病跡をさぐり,その疾患が作品に与えたであろう影響を,現代医学から推察したユーモアあふれるエッセイ集.

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目次


Part I 古楽
 1.音楽家の寿命
 2.ヒルデガルド・フォン・ビンゲンの幻視
 3.リュリと外傷性壊疽
 4.悪魔のトリル タルティーニの入眠時幻覚
 5.マラン・マレーの膀胱結石手術
 6.ヴィヴァルディの喘息
 7.バッハとヘンデル 白内障

Part II 古典派
 1.ハイドンの鼻ポリープ
 2.モーツァルトI
   毒殺?慢性腎炎?シェーンライン−ヘノッホ症候群?モーツァルトの死
 3.モーツァルトII
   ザルツブルグの頭蓋骨 あるいは 頼朝公13歳のしゃれこうべ
 4.ウィリアム・ハーシェル 長寿に恵まれた作曲家兼天文学者
 5.ベートーヴェンの聴力障害

Part III 19世紀(ロマン派,国民楽派)
 1.フランツ・シューベルトと梅毒
 2.パガニーニと関節過伸展
 3.ショパンの肺疾患
 4.落第医学生 ベルリオーズ
 5.オッフェンバックのホフマン物語
 6.ワグナーとA型行動パターン
 7.メンデルスゾーンの呪われた家系
 8.シューマンと多重人格
 9.フランツ・リスト あるヴィルティオーソの生涯
 10.ブラームスI
   ブラームスとビルロートの友情
 11.ブラームスII
   子守唄と睡眠時無呼吸発作
 12.ムソルグスキーのアルコール中毒
 13.チャイコフスキーとコレラ
 14.日曜作曲家 ボロディン教授

Part IV 20世紀(後期ロマン派,現代音楽)
 1.マーラーの心内膜炎
 2.ガーシュインの脳腫瘍
 3.音楽が書けなくなった作曲家 モーリス・ラヴェル
 4.バルトークの不機嫌と慢性骨髄性白血病

参考文献(全文)
参考文献(各項目)
著者紹介

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序文

 研究者にとって文献検索は日々のルーチンワークの一つになっています.筆者の大学院時代は,図書館で分厚いIndex Medicusや医学中央雑誌を何年分も開いていましたが,手元のパーソナルコンピュータからPubMedにアクセスできるようになってから,研究室や自宅で必要な情報を入手できるようになりました.ある晩,BGMにお気に入りのクリストファー・ホーグウッドを聴きながら検索のキーワードにMozartと打ってみました.すると,驚くなかれ100以上の文献がリストアップされてきたのです.他にもBachやHandel,Schumann,Brahms,Borodin,Ravelなど好きな作曲家,さらにviolin,cello,fluteなどを入力すると次々に面白そうな文献が出てきます.つまり,医学文献検索システムでは患者さんの診療上で参考になる情報や研究上の情報以外に趣味的なことも色々と判ること,世界には音楽家を含む芸術と医学の関りに興味を持つ研究者が沢山いることが判明しました.
 歴史上の人物の伝記や記録,手紙,作品,遺物などから精神的あるいは身体的疾患を推定する学問を病跡学(パトグラフィー)といいます.芸術家の場合には疾患の創作に及ぼす影響が研究者の興味を引くところです.17〜20世紀の西欧諸国は所謂クラシック音楽の最盛期で現在も頻繁に演奏される大作曲家が輩出しています.有名な作曲家は作品全集や書簡集,多数の伝記が出版されており,その生涯を詳細に辿ることができます.いずれの作曲家もその時代その場所において医師は最善の治療を試み,ある時は効あって回復し,またあるときは死に至っています.しかし,当時の医師や周囲の人びとの記録が必ずしも正確でなく,診断名をそのまま受け入れることは困難です.また,現在の我々に必須の臨床検査や画像診断はなされようがなく,病理解剖も一部の例外を除いて行われることはありませんでした.遺骨や遺髪が残っていてもDNA診断など法医学的検索は容易ではありません.しかしながら,敬愛する大作曲家の経過を慎重に検討するGedenkenexperiment(思考実験)は芸術を理解するうえで有用な行為であろうと筆者には思われます.
 本書は1998年より「産科と婦人科」誌に連載した「ミューズの病跡学」を音楽家を中心にまとめ,一部加筆したものです.
 わが国の音楽医学史では大先達である五島雄一郎東海大学名誉教授,福島 章上智大学名誉教授,岩田 誠東京女子医科大学教授の御著書やD.Kelner, D. O''''''''sheaの邦訳書があり,屋上屋を重ねる思いではあります.
 一方,ショパンの結核説の否定やブラームスのSASなど,ここ数年で新たに提唱された仮説も多いことからあえて出版させていただきました.もとより,筆者は一産婦人科医学徒であり,他科領域の疾患や音楽学上の解釈で誤解があることを怖れています.お気づきの点がありましたらご一報賜れば幸いです.
 また,極力各々の文中で話題にしている作曲家のCDを聴きながら執筆しましたので,小生が参考にしたCDを各章末に入れました.定盤といわれるものを数種購入したのですが,特にバロックから古典派作品は筆者が古楽趣味に走っているので異なったご意見も多いかと思います.この点についてもご意見をいただければ幸甚至極です(自分で読み返すと古楽以上に女流演奏家それも美人奏者が目に付きますが,ご容赦ください).
 本書の執筆に際しましては,資料の収集にご協力いただきました研究室の鈴木(唐崎)美喜さん,日本大学医学部図書館ならびに芸術学部図書館司書の方々,室内楽アンサンブル部の小峯志保子さん(Cello,現,日本大学医学部産婦人科研修医),更井 啓君(Flute,現,岡山大学医学部内科大学院生),井口正寛君(Violin,現,日本大学板橋病院総合研修医),ゲラの段階でご意見いただきましたアンサンブル部OBの飯田利博博士(Viola,皮膚科),高橋昌里博士(Violin,駿河台日本大学病院小児科),弓倉 整博士(Violin,内科,宇宙開発事業団),アンサンブル部部長の田代健治教授(Flute,物理学)に厚く御礼申し上げます.また,ご校閲を賜りました桜井 勇日本大学名誉教授(病理学),連載と出版の許可をいただきました佐藤和雄前主任教授(産婦人科学),山本樹生主任教授(産婦人科学)に深く感謝申し上げます.素晴しいイラストと表紙カバーのデザインをいただいた永井宣久博士(山梨県立中央病院産婦人科),当直の間に本書を執筆できる場所と時間とインターネット環境を提供いただいた萩原 寛(萩原医院)・平田善康(平田クリニック)両博士,そして,最大の功労者として遅筆悪筆の筆者を叱咤激励していただいた診断と治療社「産科と婦人科」編集部の栗田洋子女史に深謝いたします.末筆ながら,毎晩臨床と実験と称して夜中まで帰らず,たまの休日は学会や当直,山登りに出かけ,家にいると下手なリュートに付き合わせる筆者を優しく?見守ってくれる妻の純子と二人の子供たち美奈子(11歳)と直(6歳)に本書を捧げます.

2002年11月1日 万聖節 北京 凱迪克大酒店にて
早川 智