本書は,ボストン大学バーロウ教授の認知行動療法研修を載録し,教授が同大で製作し,研修でも一部上映したセッション事例DVDが付属している.3部構成の書籍の第I部で,本書や関連書籍、web素材の使い方を解説.第II部が研修載録である.2013年9月に東京で行われた研修は,初心者にもわかりやすく,かつUPを実践するうえでの臨床判断にまで及ぶ.第III部では,DVDの中心トピックである感情曝露と,DVDの各セッション事例を詳説した.
関連書籍
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目次
推薦の言葉
バーロウ教授の言葉
執筆者一覧
第I部 統一プロトコルの基礎
第1章 本書の使い方
1.本書の構成
はじめに
本書の構成
2.『セラピストガイド』・『ワークブック』との関連
『セラピストガイド』
『ワークブック』
本書:クリニカルデモンストレーション
その他の素材
第2章 統一プロトコルの概要
1.統一プロトコルの特徴
2.統一プロトコルの内容
バーロウ教授の生い立ちと研究歴
第II部 バーロウ教授によるワークショップ
〈あいさつ〉
第3章 理論的背景と事例概念化
1.診断横断アプローチに至る背景
DSM-IV不安・気分障害
DSM-IV・DSM-5
高次のディメンション(気質)
現状:岐路
2.統一プロトコルにおける事例概念化
事例―53歳 白人男性 教師
第4章 モジュールの臨床適用
1.統一プロトコル:モジュールアプローチ
想定される治療メカニズム
統一プロトコルで標的とする諸側面
全般的なセッション構造
事例:メアリー
2.各モジュールの臨床適用
モジュール1:治療参加のための動機づけ高揚
モジュール2:感情と治療原理の心理教育
モジュール3:感情への気づき訓練
モジュール4:認知評価と再評価
モジュール5:感情駆動行動(EDBs)と感情回避
モジュール6:内部感覚曝露
モジュール7:感情曝露
第III部 クリニカルデモンストレーション―感情曝露の実施法―
第5章 感情曝露の実施法
1.感情曝露の全体像
はじめに
感情曝露の全体像
2.感情曝露の手順
Step1 曝露に取り組む合意:心理教育と動機づけ
Step2 機能アセスメント:曝露のための情報収集
Step3 感情・状況回避の階層表の作成
Step4 曝露課題の設定
Step5 セッション内での曝露の導入
Step6 セッション内での曝露の実施
Step7 曝露後の処理
Step8 曝露を実生活に移す:宿題への橋渡し
Step9 宿題の見直し(次のセッション時)
第6章 DVD・クリニカルデモンストレーションについて
1.DVDの構成
2.クリニカルデモンストレーション――統一プロトコルの治療プロセス――
Chapter2 土台を整える:パニック障害
Chapter3 手紙:強迫性障害
Chapter4 パズル:全般性不安障害と強迫性障害の併存
Chapter5 シュノーケル:外傷後ストレス障害
Chapter6 スピーチ:社交恐怖
参考文献
あとがき
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序文
推薦の言葉
本書のもとになったデイビッドH.バーロウ先生のワークショップは2013年5月にアメリカ精神医学会が発表したDSM-5の解説から始まった。DSMと統一プロトコルとどのような関係があるのかよく理解できなかった私は,少し困惑した。しかし,ワークショップが進むにつれてその疑問は解消した。
DSM-5は,精神疾患を統合失調症やうつ病,不安障害などのカテゴリーに分けて整理しているが,作成当初はカテゴリーに代えてディメンションを導入しようとした。バーロウ先生はディメンションの視点から精神疾患を理解し治療しようとする立場にあるのだろう。
バーロウ先生は,emotional disordersつまり精神疾患は,各カテゴリーの枠を超えた共通した問題を内包していると考えている。なかでも重要なのが神経症傾向であり,そこに焦点づけた治療法は情動に問題を有する精神疾患すべてに効果をあげるはずだと考え,実際にその効果を実証してきた。
このことが理解できたのは,バーロウ先生の話を直接聞くことができたからだ。優れた指導者に直接教わることの素晴らしさを,このワークショップでは体験できた。
これはまた,わが国の認知行動療法がかかえる実践的な問題を示している。このような現場感覚を,書籍を読むだけで理解するのは難しいからだ。認知行動療法はわが国でも市民権を得たが,書籍を通して勉強している専門家が大半である。しかしそれは,運転免許にたとえれば,ペーパードライバーのようなものである。スーパービジョンや研修会で優れた指導者から直接話を聞いたり教わったりしなければ,本当に役に立つ実践を行うことは困難である。
しかし,日本ではなかなかそのような機会に恵まれない。今回のようなワークショップが開かれても,様々な制約のために参加できないこともある。
だからといって,あきらめることはない。そうした人にとって本書は素晴らしい勉強の機会を与えてくれる。「クリニカルデモンストレーション」という題名が示すように,ワークショップを再現し,統一プロトコルを,臨場感をもって伝えてくれる。臨床例や治療場面が具体的に示され,それぞれの治療者が統一プロトコルの治療原理に従って様々な患者に対応している様子を目にすることができる。とくに曝露の臨床実践は圧巻で,とても細やかで最先端の技法が示されている。
真の認知行動療法を実践したいと考えている臨床家にとって必読の書である。
2014年4月
大野 裕
国立精神・神経医療研究センター
認知行動療法センター センター長
バーロウ教授の言葉
近年,おもな精神疾患についての理解と治療が非常に前進してきたことは周知のとおりです。世界各国の政府が示した新しい基準に伴い,ヘルスケアの政策立案にかかわる関係者は,ケアの質を向上させ,エビデンスに堅く基づくものにするよう方針を策定しています。この前進は,強力で効果的な心理学的治療の開発において,とりわけ際立っています。そのため,そうした心理学的治療を臨床家や一般の人々が広く利用できるよう,社会的な資源が投入されるようになってきています(1)。
同時に,不安,うつ病,あるいは感情にかかわる障害についての理解が深まってきています。ここ数十年,研究者達は診断と統計マニュアル(DSM)に基づく,非常に限局化された診断へと感情障害を分化させることを重視してきました。しかし,現在集積されつつあるエビデンスは,そうした微細なカテゴリに障害を分割することは,細かな違いに注目しているにすぎないことを示唆しています。感情障害を理解し治療する新しい考え方においては,根底にあるパーソナリティや気質のディメンションに注目します(2)。パーソナリティ特性や気質は固定したものだと長らく考えられてきましたが,最近のエビデンスでは,そうした気質は時間の経過や治療的介入に反応して変化することが示されています。私たちは十年以上を捧げて,診断横断的な心理学的治療を開発してきました。この治療では,気質と密接に関連した,不安症およびうつ病の根本的なプロセスを標的とします。この治療,感情障害の診断横断的治療のための統一プロトコル(UP)については成書で紹介しています(3,4)。伊藤博士と堀越博士による本書とその付属DVDでは,この治療の様々な側面のデモンストレーションを見ることができ,また,UPを構成する様々なモジュールを適用する際の詳細を知ることができます。これらを通して,臨床家が自らの実践においてUPを実施する際の具体的なポイントを学ぶことができます。この素晴らしい素材をまとめた伊藤博士と堀越博士に対して,心より感謝をいたします。津々浦々,日本におられる臨床家の皆様の実践に本書がお役に立てることを願っております。
デイビッドH. バーロウ,PhD,ABPP
心理学・精神医学教授
ボストン大学不安関連障害センター設立者・名誉所長
◆文献
(1)McHugh, R.K., & Barlow, D. H.(2010). Dissemination and implementation of evidence-based psychological interventions: A review of current efforts. American Psychologist, 65(2), 73-84.
(2)Barlow, D. H., Sauer-Zavala, S., Carl, J. R., Bullis, J. R., & Ellard, K. K.(2014). The nature, diagnosis, and treatment of neuroticism: Back to the future. Clinical Psychological Science, 2(3), 344-365.
(3)デイビッドH.バーロウ,ほか(著)伊藤正哉,堀越 勝(訳)不安とうつの統一プロトコル 診断を越えた認知行動療法 セラピストガイド 2012 診断と治療社
(4)デイビッドH.バーロウ,ほか(著)伊藤正哉,堀越 勝(訳)不安とうつの統一プロトコル 診断を越えた認知行動療法 ワークブック 2012 診断と治療社
あとがき
本書は,感情障害に対する診断横断的治療のための統一プロトコル(UP)を,臨床の現場で少しでも活用しやすくなるようにとの意図で作成されました。これまで,私たちの研究チームでは約3年をかけてUPの臨床研究に取り組んで参りました。当初は治療の内容を十分に理解しきれずに,様々な点で疑問を感じながらも,実践と試行錯誤を重ねてきました。そのなかで,バーロウ教授を始め,ボストン大学のスタッフに幾度となく質問をしては,対面やメールを通して丁寧に支援をしていただきました。また,国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター長の大野 裕先生や,京都大学大学院医学研究科社会健康医学系の古川壽亮教授,そして,UPの研修に参加された臨床家の皆様との議論を通し,フィードバックをいただくことで,より深くUPを理解し,現場において役に立つかたちで実施できるように学んできました。日本におけるUPについて,より確かな研究方法論によるエビデンスが示されるには,まだ時間がかかります。しかし,これまでの経験から,私たちの研究チームでは,他の認知行動療法や精神療法といった心理社会的治療,あるいは薬物療法等とともに,この治療が日本の臨床家や,援助を求める患者の方々のお役に立てるのではないかと考えております。
UPは感情に対する曝露療法です。不安に悩まされている方や,うつに苦しめられている方が,その苦痛な感情とほどよく接し,ともに生きていけるようになるための治療といえます。治療原理はシンプルです。感情を避けずに受け止め,どの感情が自分を助け,どの感情が自分を苦しめるかを区別し,感情に教えられながら現実を生きることになります。UPのモジュールに沿って治療を進めると,自然とその原理に則って介入できるようになっています。しかしその一方で,既存の書籍のみではUPの勘所がつかみにくい面があることがわかってきました。そこで,本書では臨床適応の実際的な側面に焦点を当てました。第II部でのバーロウ教授ご自身による語りや,本書付属のデモンストレーションDVDから,既存のテキストの行間にあった“こつ”や“実際”を学ぶことができると期待しています。第III部の感情曝露の実施法については,私たちの研究チームでも日々工夫しながら行っているところです。本書では大枠での共通項を示しましたが,患者や治療者,あるいは臨床現場に応じて,よりよい実施法があるかもしれません。DVDの最後にバーロウ先生が述べているように,統一プロトコルは閉じた治療ではなく,科学研究の前進や臨床家による経験の集積に伴って改善されていくことが期待されます。
最後に,本書の作成にかかわった先生方に感謝の気持ちを申し上げます。本書第II部の研修は,北海道医療大学の坂野雄二教授がバーロウ先生を日本心理学会第77回大会へと招聘していただいたことがきっかけで実現しました。また,同大学の金澤潤一郎先生には,熱意ある的確な翻訳をしていただきました。第II部の研修では,兵庫県こころのケアセンターの大澤智子先生に素晴らしい通訳をしていただいたおかげで,スムーズに書籍にすることができました。国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センターの研究チームである大江悠樹,加藤典子,蟹江絢子,中島 俊,藤里紘子,堀田 亮,宮前光宏(50音順)との日々の切磋琢磨と,体験の共有が本書の作成につながりました。診断と治療社の横手寛昭氏には,いつもどおりの堅実かつ繊細な仕事により本書を仕上げていただきました。そして,研究や臨床を通してUPを利用していただき,たくさんのフィードバックを与えていただいた患者およびクライエントの皆様からは,じつに多くの学びの機会をいただきました。
ここに記して,心からの感謝の気持ちをお伝えいたします。
2014年5月
伊藤正哉
国立精神・神経医療研究センター
認知行動療法センター研修指導部 研修普及室長
堀越 勝
国立精神・神経医療研究センター
認知行動療法センター 研修指導部長