本書初版の発刊により,わが国のミトコンドリア病診療は一定の質が担保されるようになった.その後現在に至るまでに,多くのエビデンスが創出され遺伝子型や予後に関する報告もあり,これらを含めた改訂版である.新たにLeber遺伝性視神経症,ミトコンドリア腎症・糖尿病・ニューロパチー・難聴を加え,ミトコンドリア病の病型をほぼ網羅した.L-アルギニンやタウリン,最新のバイオマーカーであるGDF15も取り上げている.
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目次
カラー口絵
発刊に寄せて
緒言
執筆者一覧
略語一覧
第1章 総 論
1 ミトコンドリア病の疾患概念
2 ミトコンドリア病の臨床症状
3 ミトコンドリア病の診断方法
4 ミトコンドリア病の全般的な治療法
5 治療可能な疾患
6 てんかんの治療
7 生殖補助医療
8 ミトコンドリア病の栄養療法
9 ミトコンドリア病の日常生活
10 ミトコンドリア病の遺伝カウンセリング
11 ミトコンドリア病における全身麻酔と鎮静
12 小児から成人への移行期医療の課題と対応
第2章 各 論
A Leigh脳症
CQ1 Leigh脳症とはどのような疾患ですか?
CQ2 Leigh脳症の症状は?
CQ3 Leigh脳症の診断の進め方は?
CQ4 Leigh脳症の鑑別診断は?
CQ5 Leigh脳症の一般的な治療法は?
CQ6 Leigh脳症の特異的な治療法は?
CQ7 Leigh脳症の予後は?
B ミトコンドリア肝症
CQ8 ミトコンドリア肝症とはどのような疾患ですか?
CQ9 ミトコンドリア肝症の頻度と予後は?
CQ10 ミトコンドリア肝症の症状と疑う患者は?
CQ11 ミトコンドリア肝症の鑑別診断は?
CQ12 ミトコンドリア肝症の診断の進め方は?
CQ13 ミトコンドリア肝症の病理所見の特徴は?
CQ14 ミトコンドリア肝症の特異的な治療は?
C ミトコンドリア心筋症
CQ15 ミトコンドリア心筋症とはどのような疾患ですか?
CQ16 ミトコンドリア心筋症の症状は?
CQ17 ミトコンドリア心筋症の診断の進め方は?
CQ18 ミトコンドリア心筋症の遺伝子診断は?
CQ19 ミトコンドリア心筋症と鑑別すべき疾患は?
CQ20 ミトコンドリア心筋症に合併する不整脈とその治療は?
CQ21 m.3243A>Gバリアントを有する成人心筋症の臨床像は?
CQ22 ミトコンドリア心筋症の治療は?
D 新生児ミトコンドリア病
CQ23 新生児ミトコンドリア病とはどのような疾患ですか?
CQ24 新生児ミトコンドリア病の発症時期,初発症状は?
CQ25 新生児ミトコンドリア病の原因遺伝子は?
CQ26 どのようなときに新生児ミトコンドリア病を疑うか?
CQ27 新生児ミトコンドリア病を疑った場合の診断の進め方は?
CQ28 新生児ミトコンドリア病を疑った場合の治療は?
E MELAS
CQ29 MELASとはどのような疾患ですか?
CQ30 MELASの疫学は?
CQ31 MELASの中枢神経症状は?
CQ32 MELASの中枢神経外の症状は?
CQ33 MELASの診断の進め方は?
CQ34 MELASの遺伝学的検査とその注意点は?
CQ35 MELASの特異的な治療は?
CQ36 MELAS患者への生活,学校,就労への指導の仕方は?
CQ37 MELASの予後は?
F MERRF
CQ38 MERRFとはどのような疾患ですか?
CQ39 MERRFでみられやすい症状や所見は?
CQ40 MERRFの診断の進め方は?
CQ41 MERRFの遺伝学的な特徴は?
CQ42 MERRFの治療および予後は?
CQ43 MERRFでみられるてんかん発作の特徴と治療は?
G CPEO/KSS
CQ44 CPEO/KSSとはどのような疾患ですか?
CQ45 CPEO/KSSの遺伝形式と原因は?
CQ46 CPEO/KSSの疫学は?
CQ47-a CPEO/KSSの症状は?
CQ47-b CPEO/KSSの眼症状・所見の特徴は?
CQ48 CPEO/KSSにみられる心伝導障害,心合併症は?
CQ49 CPEOを伴った特殊な病態は?
CQ50 CPEO/KSSの遺伝子検査以外の検査は?
CQ51 CPEO/KSSの鑑別診断は?
CQ52-a CPEO/KSSの特異的な治療は?
CQ52-b CPEO/KSSの眼合併症に対する治療は?
H Leber遺伝性視神経症(眼疾患)
CQ53 Leber遺伝性視神経症とはどのような疾患ですか?
CQ54 Leber遺伝性視神経症の症状は?
CQ55 Leber遺伝性視神経症の診断の進め方は?
CQ56 Leber遺伝性視神経症で知られている遺伝子バリアントは?
CQ57 Leber遺伝性視神経症の特異的な治療法は?
I ミトコンドリア腎症
CQ58 ミトコンドリア腎症とはどのような疾患ですか?
CQ59 ミトコンドリア腎症の臨床像は?
CQ60 どのようなときにミトコンドリア腎症を疑うか?
CQ61 ミトコンドリア腎症の診断法は?
CQ62 ミトコンドリア腎症の予後は?
CQ63 ミトコンドリア腎症の治療は?
J ミトコンドリア糖尿病
CQ64 ミトコンドリア糖尿病とはどのような疾患ですか?
CQ65 ミトコンドリア糖尿病の症状は?
CQ66 ミトコンドリア糖尿病の診断の進め方は?
CQ67 ミトコンドリア糖尿病の治療は?
CQ68 ミトコンドリア糖尿病の診療上,注意すべき症状は?
K ミトコンドリアニューロパチー
CQ69 ミトコンドリアニューロパチーの頻度は?
CQ70 ミトコンドリアニューロパチーの原因遺伝子と合併症は?
CQ71 特殊なニューロパチー (1)MNGIEとは?
CQ72 特殊なニューロパチー (2)NARP syndromeとは?
CQ73 特殊なニューロパチー (3)SANDOとは?
CQ74 CMTの原因となるミトコンドリア関連遺伝子異常は? (1)MFN2
CQ75 CMTの原因となるミトコンドリア関連遺伝子異常は? (2)その他の遺伝子
L ミトコンドリア難聴
CQ76 ミトコンドリア難聴とはどのような疾患ですか?
CQ77 ミトコンドリア難聴の症状は?
CQ78 どのような難聴に対してミトコンドリア関連遺伝子の検査を行うべきか?
CQ79 ミトコンドリア病の病型別の難聴と全身症状の合併は?
CQ80 ミトコンドリア難聴の遺伝子バリアントは?
CQ81 ミトコンドリア難聴に人工内耳は有効か?
巻末資料
A ミトコンドリア病の患者会・役立つWebサイト
B ミトコンドリア病で受けることのできる補助制度・サービス
索 引
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序文
発刊に寄せて
ミトコンドリアは酸素呼吸によりエネルギー生産を担う,私たちの体内に必須の細胞小器官です.このミトコンドリアの内部にはミトコンドリアDNAが存在しており,核内のDNAと協調して,内膜にある呼吸鎖複合体を形成することでミトコンドリア機能発現を支えています.これまでの詳細な生化学的解析から,生体エネルギー生産機構の全容が解明されてきました.またエネルギー生産以外にも,細胞死やカルシウムシグナリングの制御,活性酸素種の発生による細胞障害など,細胞応答においてもミトコンドリアは重要な働きを持っています.顕微鏡による構造観察からは,その2重膜の特徴的な微細構造や生細胞内での形態変動が注目され,ミトコンドリア自身の活性調整や品質管理などに重要な役割を持つことが知られてきました.近年ではメタボロームをはじめとしたオミクス解析技術の発展から,様々な生命現象や病態におけるミトコンドリアの機能が理解されています.このように,ミトコンドリアは極めて多彩な機能を持っており,組織分化・細胞応答・病態などに伴ってその特性を大きく変動させる,ダイナミックな細胞内構造体であることがわかってきました.19世紀に発見され,20世紀を通して生命科学研究の最先端として研究されてきたミトコンドリアは,現在も基礎科学・医科学・臨床医学の極めて広い分野で大きな注目を集め続けています.
このミトコンドリアの機能低下を原因とする病気がミトコンドリア病です.ミトコンドリア病がヒトの病気として初めて認識されてから60年がたち,多くの臨床的な知見が集められてきました.その原因として,ミトコンドリアDNAの様々な変異に加えて,多くの核遺伝子の変異が見出されています.近年には検査技術も確立され,またミトコンドリア病に対する薬物療法の開発も活発に進められています.
「ミトコンドリア病診療マニュアル2017」(日本ミトコンドリア学会 編)は,ミトコンドリア病の系統的な冊子体として初めて発刊されましたが,ミトコンドリア病の診断・治療を広く網羅した本書は多方面から大きな評価を得てまいりました.今回,現時点における最新の内容を多く含む「ミトコンドリア病診療マニュアル2023」が発刊されることとなりました.これはミトコンドリア病の診療に携わる医師にとって必須といえる内容のため,ぜひ診療室に備えていただき,ミトコンドリア病を診断するにあたってご活用いただきたい一冊となっています.また本書は私たちの体中で重要な生命機能を発揮するミトコンドリアの本質を理解するための重要な教材にもなりうるものです.本書が広く活用され,ミトコンドリア病とミトコンドリアに関する研究が飛躍的に発展することを祈念しております.
2023年5月
日本ミトコンドリア学会理事長
石原直忠
緒言
この度,2016年末に出版した「ミトコンドリア病診療マニュアル2017」の改訂版「ミトコンドリア病診療マニュアル2023」が完成し,発刊される運びとなった.本書は,日本ミトコンドリア学会の支援のもと,日本医療研究開発機構・難治性疾患実用化研究事業(村山班)と厚生労働省・難治性疾患政策研究事業(後藤班)によって合同で組織された診療マニュアル策定委員会のなかで改訂作業を行ってきた.ミトコンドリア病診療にかかわる国内エキスパートによる多くの議論を経てここに至る.また関連学会である,日本周産期・新生児医学会,日本小児栄養消化器肝臓学会,日本小児循環器学会,日本小児神経学会,日本神経学会,日本神経眼科学会,日本新生児成育医学会,日本先天代謝異常学会,日本糖尿病学会(50音順)の各学会に多大なご協力をいただいた.特に「ミトコンドリア肝症」の項に関して,前版と同様に日本小児栄養消化器肝臓学会において学会規定の診療ガイドライン策定に則って進めたことにより,同学会のガイドラインとして認められるに至った.策定に関わっていただいた多くの委員の皆さま,学会および関係者の皆さまに深く御礼申し上げたい.
かつてわが国におけるミトコンドリア病の診療は,主治医個人の努力に頼って行われてきた.疾患情報は,MELASを代表とするミトコンドリア脳筋症,Leigh脳症などの一部に限られ,体系的に統一された診療指針のようなものは存在しなかった.2016年末に初版である「ミトコンドリア病診療マニュアル2017」が発刊され,多くの医療関係者が参照することによって,わが国のミトコンドリア病診療は一定の質が担保されるようになった.さらに初版から現在に至るまでに,わが国でも本研究班を中心に多くのエビデンスが創出された.この3年間でLeigh脳症,ミトコンドリア肝症,心筋症,腎症,新生児ミトコンドリア病における遺伝子型や予後に関する大規模な論文が報告され,それらを含めつつ改訂作業を進めることができた.これらのエビデンスを創出してきた研究班の先生方には心から敬意を表したい.それでもなおミトコンドリア病は希少難病であり,世界的にもエビデンスが十分とはいえない.本書はあくまでも現時点での最新エビデンスを表すものであり,今後も弛まぬ研究者の地道な活動が重要となる.
研究班の発足当初はできる限りガイドライン(GL)としての作成を試みたが,策定委員会における議論のなかで,疾患のエビデンス不足などの問題により,全体としてGL化はむずかしく,「診療マニュアル」という形での作成がよいと判断した.そのことは今回も同様である.それでも新たに,ミトコンドリア腎症,ミトコンドリア難聴,ミトコンドリア糖尿病,Leber遺伝性視神経症,ミトコンドリアニューロパチーといった病型を加えた.これによってミトコンドリア病の病型をほぼ網羅した形になる.そして各病型ともGLを強く意識したものに仕上がっている.L-アルギニンやタウリンといった日本発の治療も保険収載され,本書にもしっかりと記載されている.またGDF15に関しても,ミトコンドリア病の最新のバイオマーカーとして取り上げた.GDF15は国際的にも広く使用されているだけでなく,検査室で簡便に測定できるものも開発されており,できるだけ早期に保険収載されることを望む.
今回の診療マニュアル策定は,2020年にはじまるコロナ禍において直接会って議論を交わす機会も少なくなるなかで,オンラインなどの会議を中心として作成された.リモート会議は少しの手間で,濃厚に議論ができるようになり,新しい時代を感じさせるものである.しかしながら直接会って,お互い顔をあわせてざっくばらんに多岐にわたる議論をすることの大切さも実感している.こうして作成された改訂版はミトコンドリア病の患者さんの診療にあたっている全国の医療従事者に対して,2023年時点で示すことのできる最大限の内容となっている.多くの方々に使用していただきつつ,さらに問題点を整理しながら未来のより良き診療マニュアル・ガイドラインに育て上げていければ幸いである.
本書が現場のミトコンドリア病の患者さんに向きあう医療従事者にとって有益なものとなり,多くの患者さんのために役立つことを切望する.
2023年5月
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業
「ミトコンドリア病診療の質を高める,レジストリシステムの構築,診断基準・
診療ガイドラインの策定および診断システムの整備を行う臨床研究」研究代表者
村山 圭