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書籍詳細

いま、小児科医に必要な 実践臨床小児睡眠医学診断と治療社 | 書籍詳細:いま、小児科医に必要な 実践臨床小児睡眠医学

兵庫県立リハビリテーション中央病院 子どもの睡眠と発達医療センター  編集

兵庫県立リハビリテーション中央病院 子どもの睡眠と発達医療センター

三池 輝久 (みいけ てるひさ) 編集主幹

兵庫県立リハビリテーション中央病院 子どもの睡眠と発達医療センター/同志社大学 赤ちゃん学研究センター

小西 行郎 (こにし ゆくお) 編集主幹

兵庫県立リハビリテーション中央病院 子どもの睡眠と発達医療センター

中井 昭夫(なかい あきお) 編集主幹

初版 B5判 並製 140頁 2015年11月01日発行

ISBN9784787821959

定価:4,620円(本体価格4,200円+税)
  

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子どもの睡眠問題は普遍的であり,小児科医の日常診療で数多く認められる.不規則な夜型生活は生体リズムに異変を生じさせ,脳のバランスを崩し睡眠問題に発展する.この現代型の健康被害予防のため,新生児期からの生活リズムに目を向けることの重要性が高まっている.
本書は子どもたちの生活リズム・生体リズム形成に中心的な役割を果たす睡眠・覚醒リズムに注目し,睡眠問題の本質に触れながら,臨床で実践できる知識を網羅した.

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目次

はじめに
執筆者一覧

第I章 小児の睡眠異常の機序
1 概日時計と時差ぼけ型不眠
2 細胞から臓器,そして個体リズムへの統合メカニズム

第II章 小児の成長段階と睡眠の問題
1 胎児期の睡眠覚醒リズム形成
2 光環境と新生児の睡眠覚醒リズム
3 乳児期から幼児期の睡眠障害
4 不登校と睡眠障害・小児慢性疲労症候群
Column 慢性睡眠不足症候群(BIISS)

第III章 小児睡眠障害と関連する諸問題
1 睡眠障害と自閉症スペクトラム障害
2 小児睡眠障害におけるバイオマーカーとしての生理学的指標
Column AD/HD様症状を呈した小児の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)
3 小児睡眠障害とICT(情報通信技術)依存
4 小児睡眠障害と運動
Column 小児のむずむず脚症候群(RLS)
5 小児睡眠障害におけるエネルギー代謝異常と病態仮説
Column 包括的治療アプローチが奏効した食欲低下,過眠症の女児例
6 発達障害当事者の困りごととしての睡眠問題
7 小児睡眠障害当事者研究への取り組
Column 小児睡眠障害当事者団体「おひさまの家」とは

第IV章 小児睡眠障害の治療の実際
1 乳幼児期睡眠障害の治療 
Column ナルコレプシーのきょうだい例
2自己式睡眠表の読み解き方

索 引

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序文

 当然のことながら,ヒトは地球上で社会生活を営みながら生きている.中でも現代の子どもたちは生後間もなくから短くとも15年以上,朝8時に始まり夕方まで活動が持続する学校という社会(学校社会)で生きていかなければならない.言い換えれば,子どもたちは大人社会に参加するための準備期間として,人生の最初の15年以上を学校社会の生活リズムの中で生きていかざるを得ない宿命をもっている.
 地球の自転は23時間56分ほどで,ヒトの概日リズムは約24時間11分,そして社会生活は正確に24時間で営まれている.ヒトは炎(火)以外に照明をもたなかった大昔,暗くなったら眠り,明るくなったら起床・活動する繰り返し生活を営みながら,何万年もかけて概日リズムを形成してきたといわれている.このようにして形成された生体リズムは安定したものであり,たやすく混乱することはないと考えられてきた.人類が初めて生体リズムのズレを経験したのは,ジェット機による海外旅行時においての「時差ぼけ」である.
 したがって,人々は毎日の生活リズムのあり方に何も疑問を感じることなく,当たり前の生活を営んできたのであり,自分の国に住みながら自らの生体リズムの変調を作ってしまい時差ぼけに似た状態を経験することになるなど思いもよらなかったに違いない.ところが現代,「朝起きができず学校社会への参加が困難」になるほどの生活リズム(ひいては生体リズム)の乱れが多くの子どもたちに現れ始め,過去30年以上も前からの社会現象となっている.彼らの生活リズムは「暗くなっても眠らず,明るくなっても目を覚まさない」もので,人類が築き上げてきた社会生活リズムとの間に大きなズレが生じたものである.子どもたちを学校社会から孤立させるこの生体リズムの変調(ズレ)は,まさしく非定型的な時差ぼけ状態と考えられる.この不思議な現象の背景を考えるには,1876年トーマス・エジソンが初めて実用電球を発明した日にさかのぼる必要がある.6年後の1882年には商用発電所が設置され,電気照明により真っ暗なはずの夜も昼同様に明るい空間が作り出され始めた.そして現代では,筆者が「人工的白夜」とよぶ,夜も昼同様の明るさを保つ24時間活動のグローバルな照明社会が形成されている.
 概日生体リズムの働きは,意識はしていなくとも暗くなるとメラトニンが分泌されて眠り(休息)の準備が整い,明るくなるとコルチゾールが分泌されて覚醒(活動)の準備が整う,など体内時計として一日を滞りなく過ごす役目を担っている.なかでも,松果体から分泌されるメラトニンは概日リズムの始まりを知らせる時計ともいえる重要なホルモンで,概日生体リズムの指揮者的な役割をもつと考えられている.そして,明るい光(特に460ナノメーターの青色波長)がメラトニン分泌を抑制してしまう特徴をもつことがよく知られてきた.現代社会における夜遅くまで明るい光を浴び続ける生活パターンはメラトニンの分泌を抑制し,さらに分泌時間を後ろにずらしてしまう結果を生む.したがって,夜になって整うはずの入眠準備が後ろにずれて遅くなってしまい,なかなか寝付けない現象が生じるし,分泌が悪いと眠りの質そのものも悪くなってしまう.この明るい光で変化したメラトニン分泌リズムの狂いやズレは,体内時計機構にその影響が広がっていく.そして著しい夜更かし型生活が年齢を問わず現代人の生体リズムにズレや不具合をもたらし,生涯を通しての様々な健康被害の基盤になっていることが明らかになってきた.なぜなら,ヒトの体内時計機構は中枢時計(視交叉上核)が中心となり,内臓時計の協調を得て,全身臓器のリズムを統制し,脳機能,自律神経機能,睡眠と覚醒リズム,体温調節リズム,ホルモン分泌リズム,エネルギー生産,免疫機構など,まさにヒトの生命維持機能そのものを円滑に営ませることで日常生活を規則的,かつ健康に維持してくれる働きをもつものである.
 生まれたときから昼も夜も明るい社会の中で生活を続け,成長している子どもたちの心身の健康を脅かす大きな二つの問題,・夜型生活に伴う「慢性的睡眠欠乏」と・「生体リズムの混乱と機能消失」が蔓延してきたのは当然のことといえるのではなかろうか.
 この二つの問題の出現は,幼児期では発達障害の基本背景となり,学童期以後には学校社会生活を困難にして不登校・引きこもり状態をもたらし,うつなどの精神的な問題,糖尿病などの成人における代謝病や免疫異常,悪性腫瘍の発症にまで影響を及ぼすことが当然予想されるのであり,現実に報告されるに至っている.
 そこで,私たちはこれまでの臨床経験や研究をもとに,多くの若い小児科医の皆さんが子どもと眠り(生活リズム)について大きな関心をもっていただくことを願い,小児睡眠障害の実際を習得していただくための子どもの睡眠問題に関するセミナー開催を企画するに至った.そして,そのテキストの執筆が急務と考え,診断と治療社のご厚意を得てここに「いま,小児科医に必要な実践臨床小児睡眠医学」を刊行することになった.繰り返しになるが,セミナー開催の背景としては子どもたちの睡眠問題(障害)は普遍的であり小児科医にとっても日常診療の中に数多く認められるものであること,また子どもたちの不規則な夜型生活が生体リズムに異変を生じさせ,脳機能のバランスを崩す睡眠問題に発展する基盤そのものであることを強く認識してきたことが大きい.人類がこれまで経験しなかった,この新しい現代の健康被害を予防するためにも,新生児期から乳幼児期を中心とする子どもたちの生活(体)リズムのありよう,具体的には可視化しやすい睡眠問題に目を向けることの重要性を実際に肌で感じてきた.
 私たちは,このテキストで,子どもたちの生涯にわたり影響をもつとされる生活リズムと,それに伴う生体リズム形成の中で中心的な役割をもつ睡眠・覚醒リズムに注目し,睡眠問題・障害の本質は何かという視点から,皆様が今すぐに臨床の場で用い,実践できる知識を身につけていただくことを目指したつもりである.子どもたちの生活・睡眠問題に共通の危機意識をもつ基礎研究者および臨床医・家が集い,これまでの臨床経験や研究成果をできるだけ盛り込むことに留意した.
 子どもの睡眠問題の研究はその歴史も浅くまだまだ不十分であることは自覚しているつもりであるが,今後この分野で子どもたちの心身の健康維持・増進に携わっていただく皆様と,このテキストの不備なところや問題点を修正しつつ,子どもたちの生活のありようについての現状を詳細に診ていくという実践を通して,ともに学習・研究を続けていくことができるならば望外の喜びである.そのことにより,より正しくより適切な対応が子どもたちになされるよう努力したいと考えている.

 平成27年10月
兵庫県立リハビリテーション中央病院 子どもの睡眠と発達医療センター 特命参与
三池輝久