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書籍詳細

対話形式Q&A
プライマリ・ケアに活かすがん在宅緩和ケア診断と治療社 | 書籍詳細:プライマリ・ケアに活かすがん在宅緩和ケア

医療法人社団修生会さくさべ坂通り診療所 所長

大岩 孝司(おおいわ たかし) 著

医療法人社団修生会さくさべ坂通り診療所

鈴木 喜代子(すずき きよこ) 著

初版 B5判 並製 184頁 2022年05月02日発行

ISBN9784787825087

定価:4,950円(本体価格4,500円+税) 電子書籍はこちら
  

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がんの在宅医療黎明期に,がん終末期の在宅緩和ケアに特化したクリニックを開設した著者は,これまでの豊富な経験を基に,「プライマリ・ケア医こそ,緩和ケアを担う存在として適任」と考える.治療の術がなくなったがん患者をプライマリ・ケア医がどのように支えるか,がんの痛みにどう対処するか,など,プライマリ・ケア医が敷居を感じることなく,がんの在宅緩和ケアに携わるためのポイントを紹介する.

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目次

はじめに
著者略歴

第Ⅰ章 在宅でしばしば出会う緩和が困難な患者
 事例1 痛みが強くなり再入院したAさん(60歳代女性)
 事例2 動作の工夫で,トイレに行けるようになったBさん(70歳代女性)
 事例3 膀胱留置カテーテルでQOLが向上したCさん(70歳代女性)
 事例4 “在宅ならでは”の介護で,痛みが緩和した認知症のDさん(80歳代男性)
 事例5 呼吸法で,息苦しさが緩和したEさん(80歳代女性)
 事例6 消化管通過障害で吐き続けていたFさん(80歳代男性)
 事例7 死前喘鳴が問題になったGさん(70歳代男性)
 Q00  在宅でしばしば出会う症状緩和が困難な患者について,第Ⅰ章の事例から共通して学ぶべき点は何でしょうか?
 事例8 家族の介護を期待しないと決めて痛みが緩和したHさん(60歳代女性)

第Ⅱ章 在宅がん患者の“痛み”に関わる
 Q01  延命治療の効果が期待できなくなった患者に対して行われる「緩和ケア」は何を目指しますか?
 Q02  がんの痛みはどんな特徴がありますか?
 Q03 「耐えがたい痛み」の対応をどう考えれば良いのでしょうか?
 Q04  がん患者は亡くなる1週間前にひどい痛みに苦しむのでしょうか?
 Q05  2018年のWHOがん疼痛治療ガイドラインの改定(WHO2018)で,何が変わったのでしょうか?
 Q06  痛みの心理社会的な要因に,プライマリ・ケア医(かかりつけ医)はどのように関われば良いのでしょうか?
 事例9 「痛い」は家族に向けたSOSだったIさん(80歳代男性)

第Ⅲ章 亡くなる前,1週間の“ひどい痛み”について
 Q07 がんの最終段階の“ひどい痛み”は,どのように起こるのでしょうか?
 Q08 “ひどい痛み”が起こる割合が,療養場所によって異なるのはなぜでしょうか?
 Q09 がんの“最後の痛み”に対応するためには,どのような視点が必要でしょうか?
    エピソード1 がんの痛みについて患者遺族20人にインタビュー
    エピソード2 看護師に任せてみたら
 Q10 身体機能が低下した患者の生活を立て直すには,どうしたら良いでしょうか?
 事例10 家に戻ることで生活の力を取り戻した1人暮らしのJさん(80歳代男性)
 Q11 患者の前向きな気持ちを保つためには,どのような支援が必要でしょうか?
 Q12 “踊り場理論”とは,どのようなものでしょうか?
 Q13 医療者不在の在宅で,がんの“最終段階のひどい痛み”は緩和できるのでしょうか?
 Q14 プライマリ・ケア医は,がんの“最終段階のひどい痛み”に対応できるでしょうか?
 事例11 検診で胃がんが見つかったKさん(70歳代男性)

第Ⅳ章 在宅緩和ケアの実際
医師が抱きがちないくつかの不安について
 Q15 一般医療とは異なる緩和ケアの視点は何でしょうか?
 Q16 頻回の往診要請に,どのように対応すれば良いのでしょうか?
 事例12 痛みによる往診要請が急に増えたLさん(70歳代女性)
 Q17 在宅緩和ケアにおける訪問診療の意味は何でしょうか?
 Q18 多職種によるチームケアは,どのように考えれば良いでしょうか?

がんの症状緩和の実際
痛み
 Q19 医療用麻薬の使い方について,どのように進めれば良いでしょうか?
 ①前医の処方を引き継ぐ場合の注意点
 ②在宅移行後に初めて医療用麻薬処方する場合の手順
 ③速放剤の調整方法
 ④徐放剤の調整方法
 ⑤医療用麻薬の投与に関する問題
 ⑥内服困難時の対応
 Q20 薬物療法にもNarrative Based Medicine(NBM)は,活かせますか?
 Q21 医療用麻薬の副作用の予防と対処は,どこまでできるでしょうか?
   〔嘔気・嘔吐/便秘/眠気/せん妄・幻覚/呼吸抑制/口腔内乾燥および排尿困難〕
 Q22 がん疼痛緩和のロードマップとは,どのようなものでしょうか?

呼吸困難
 Q23 呼吸困難のある患者には,どのように対応すれば良いでしょうか?
 事例13 「苦しいから酸素吸入はしたくない」と言った肺がんのMさん(70歳代男性)
 Q24 呼吸困難の原因となる病態には,どのように対応すれば良いでしょうか?
 Q25 “息苦しい”という感覚に対する治療は,どのように考えれば良いでしょうか?
 Q26 酸素吸入・薬物療法の効果的な使い方は,どのように考えれば良いでしょうか?
 Q27 プライマリ・ケア医は,呼吸困難に対応できるでしょうか?
 事例14 卵巣がんの末期に息苦しさの形で“気がかり”を伝えた中国人のNさん(70歳代女性)
 事例15 呼吸法で息苦しさを緩和できたがん性胸膜炎のOさん(80歳代男性)

そのほかの身体症状
 Q28 嘔気・嘔吐のある患者に,どのように対応すれば良いでしょうか?
   (消化管通過障害:上部消化管・下部消化管に分けて解説)
 Q29 喀血・吐血・下血のある患者に,どのように対応すれば良いでしょうか?
   (喀血・吐血・下血・血尿)
 Q30 皮膚表面からの出血がある患者に,どのように対応すれば良いでしょうか?
 事例16 自壊した腫瘍からの出血で救急搬送されたPさん(60歳代女性)

精神の症状
 Q31 うつなどの精神的な問題は,どのように考えれば良いでしょうか?
 Q32 精神の症状がある患者に,どのように対応すれば良いでしょうか?
 Q33 “せん妄”は,どのように考えれば良いでしょうか?
 Q34 “せん妄”の症状がある患者に,どのように対応すれば良いでしょうか?
 事例17 在宅緩和ケアでよくある,いわゆる“せん妄”の5事例

第Ⅴ章 在宅緩和ケア実践で知っておきたい7つのこと
 Q35 がんの在宅緩和ケアの開始時には,どのような特徴があるでしょうか?
 Q36 がんの在宅緩和ケアの開始時には,どのような準備が必要でしょうか?
 Q37 家族の介護負担を軽減するために,介護保険の利用は有効でしょうか?
 Q38 24時間365日の医療・ケア提供体制は必要でしょうか?
 Q39 急変時は,どのように対応すれば良いでしょうか?
 Q40 嚥下機能の低下には,どのように対応すれば良いでしょうか?
 事例18 誤嚥性肺炎で入退院を繰り返していたVさん(70歳代男性)
 Q41 臨終の時期の予測や,臨終に向けては,どのように対応すれば良いでしょうか?

おわりに
索引

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序文

はじめに

筆者が在宅緩和ケアに特化した診療を20年間続けてきてたどり着いたのは,患者の相談相手になることが何よりの症状緩和になるということです.がん患者の人生の最終段階(以下,がんの最終段階)は,治療の術がなくなり死と直面するという厳しい状況ですが,人生で一番大切な時間でもあります.この貴重な時間を必死に生きている患者に関わる緩和ケアは,患者が生活する上で困っていることを一緒に相談しながら歩んでいくことだと考えています.生活することは人生そのものですから.
映画監督の小津安二郎は,「日常を反復しながら生きるのが人生だと思っている」といい1),WHOのがんの痛みからの解放2)には“家にいて適切なケアによる支援が受けられるとなれば,家に帰ることが患者の最大の関心事になることが普通である.家にいることで患者の自律性は高められ,自尊心が保持される.”という一文があります.在宅は特別な環境ではなく,緩和ケアの本来のあるべき姿なのです.

プライマリ・ケアの理念と緩和ケアの理念は全く同じです
本書の題名を “プライマリ・ケアに活かすがん在宅緩和ケア”としましたが,プライマリ・ケアという言葉の「定義は何か」ということには踏み込まないで,緩和ケア専門医ではなく総合医,家庭医,かかりつけ医を含むという意味合いで使っています.
がんの緩和ケアというと特別な医療・ケアで専門性が高い領域だと考え,プライマリ・ケアの守備範囲ではないと考えられているかもしれません.しかし,私はプライマリ・ケア医こそ緩和ケアの役割を担う存在として適任と考えていることが本書を書きたいと思った最大の理由です.何故プライマリ・ケア医が適任と考えるのかということについては本文で1つひとつ触れていくことにしますが,日本プライマリ・ケア連合学会のホームページ3)の一般向けのメッセージの中の“あなたの病気は本当に身体だけの問題でしょうか?”に,何かの病気だけではなく,生活している様々な背景が重なって症状を生み出していることもあるのです.いずれにしても,治療を受けるのは,あくまで「あなた」であって,あなたの「心臓」や「ひざ」ではないはずです.症状のある臓器だけを治療しても本来の問題は解決しません.そのような際,身体と心,社会的背景などを総合的に診療することが必要とされます.とありました.緩和ケアでいうトータルペインの考え方そのものであり,筆者が「痛みなどの症状だけを治療しても本来の問題は解決しない」と確信していたことに間違いがなかったと元気づけられました.
さらに“治らない病気に対しても”では痛みや苦痛を緩和して日常生活を送ることができたり,“地域の中のネットワークの拡がり”では病気や障害を持つ人が「生活していく上で何が困難か,それに対してどうすれば良いか」ということを考えていくことも大切です.と,病気そのものに対してだけ目を向けるのではなく,生活という視点を前面に押し出していることも,生活支援が基本であるという在宅緩和ケア提供の視点と軌を一にするのです.日本プライマリ・ケア連合学会の基本的なメッセージは緩和ケアそのものであり,医療としての視点はほとんど同じです.超高齢社会に突入した日本では,糖尿病,高血圧などのいわゆる生活習慣病とともに認知症,がんの最終段階の緩和ケア(以下緩和ケア)は,病院医師あるいは専門医だけではなく否が応でもプライマリ・ケア医/かかりつけ医が対応することが要請されています.大石はプライマリ緩和ケアという言葉を使ってプライマリ・ケア医が緩和ケアに関わることの重要性を指摘しています4).
プライマリ・ケア医が緩和ケアに関わる場面はおもに外来か在宅,施設になるのですが,病院の緩和ケアと在宅緩和ケアの考え方に違いはなく,療養場所により実際の対応に違いが生まれるだけだと考えています.従って本書の内容は在宅緩和ケアを舞台にしていますが,問題点・論点は病院,外来あるいは在宅といった療養場所には関係なく全く同じです.

WHO2018では心理社会的ケアの重要性が強調された
プライマリ・ケア医が緩和ケアに関わるとき,痛みの問題はハードルが高いと思われているのではないでしょうか.その理由はがんの痛みは特別で緩和ケアの専門医でもその苦しみを和らげることは難しいとされて,プライマリ・ケア医にとっては普段使い慣れない医療用麻薬(注1)の使用に習熟する必要があると思われているからではないでしょうか.麻薬の投与が必要な場合もありますが,筆者のチームが関わった患者で日常生活に支障をきたすほどの麻薬使用やいわゆる緩和的鎮静(注2)が必要になることはありませんでした.在宅という特別な環境だからと思われるかもしれません.療養場所の要因は大きいのですが,それだけではなく本当の意味で患者に寄り添う(Q32参照)ケアを提供できれば症状緩和の大きな力となるのです.
一方で,亡くなる時期が近づくに従って痛みが強くなり,医療用麻薬もあまり効果がなく,ひどい痛みに苦しむ患者がいることも事実です5).本文中で詳しく検証しましたが,国立がんセンターの「がん患者の療養生活の最終段階における実態調査」で,がんの死亡前1週間にひどい痛みの患者が3割いると報告しています.一方,シシリー・ソンダース(Saunders,C)は,ブロンプトン・カクテル(Brompton Cocktail)6)というモルヒネシロップしかなかったといって良い時代に,がんの痛みは意識を保ったまますべて緩和できるといい,がんの痛みの緩和ができずに耐えがたい痛みの患者はいなかったと報告しています7).筆者のチームも同じ結果を出しています(Q04参照).がんの死亡前1週間にひどい痛みの患者が3割いるという実態調査との違いがどうして起こるのか.たまたまなのか,痛みの評価の違いなのか(ソンダース,筆者は患者の痛みに鈍感?),必然(理由がある)なのか,興味のあるところです.
ソンダースは,緩和ケアにおいて心理社会的ケアを含むトータルペイン・全人的なケアの重要性を強調し実践していました.耐えがたい痛みの患者がいなかったのは,その結果です.
がんの痛みの緩和に関する成書の記述は,ほとんどが薬物療法についてで,心理社会的な要因についてはわずかにしか触れられていません.厳しい言い方をすれば,がんの最終段階の痛みの緩和が十分でないのは,心理社会的なケアの重要性が実践の中で生かされず,医療用麻薬を始めとする薬物療法に偏りすぎた結果といえます.
2018年に改定された世界保健機関(以下WHO)のがん疼痛ガイドライン8)(以下WHO2018)および2020年の世界疼痛学会(以下IASP)の痛みの定義9)(以下IASP2020)に大きな変更がありました.WHO2018 は,がんの疼痛の治療として医療用麻薬,放射線療法について述べているのですが,これまでになく心理社会的ケアが欠かせないとその重要性を明示し,強調しています.「痛みの心理的側面と生理学的側面が治療されない場合,痛みは手に負えないままである可能性がある」とまで踏み込んだ表現をしています.また,IASP2020では,痛みは「感覚かつ情動の不快な体験」とし,付記には「痛みと侵害受容は異なる現象です」とあり,痛みは侵害受容器への刺激だけで起こるわけではなく,情動との総合的な表現と捉えるとしています.これらの記述は私の臨床実感とも完全に一致しています.また,加藤が「侵害受容器の抑制方法の研究からは痛みの治療に有効な治療薬は生み出されていない」10)と述べているという事実も,痛みの緩和には医療用麻薬の対応だけでは不十分であることを示唆しています.WHO2018もIASP2020もともに,がんの痛みの緩和には心理社会的な要因が大きいと足並みを揃えています.
痛みの治療は医療用麻薬の調整が基本であるとしても,それと同等に,ときにはそれ以上に心理社会的ケアが重要であるということです.このことは,がんの疼痛緩和において医療用麻薬などの鎮痛剤の使い方に精通する以上に,「身体と心,社会的背景などを総合的に診療することが必要とされます」というプライマリ・ケアの基本的な理念に一致した診療を実践できれば,効果が期待できるのです.遠慮なくいえば,薬物療法のみに関心を向けた現状の緩和ケアよりも,医療用麻薬1~2種類だけの対応であっても,プライマリ・ケアの理念を実践しているプライマリ・ケア医のほうががんの痛みの緩和に良い結果をもたらす可能性が大きいと考えています.

在宅緩和ケアに関わるハードル
在宅緩和ケアにはプライマリ・ケア医が関わるときに乗り越えなければいけないハードルがいくつかあります.実はこのハードルは,プライマリ・ケア医というよりも,すべての在宅緩和ケア医・在宅緩和ケアのスタッフが乗り越えなければいけないハードルでもあると私は考えています.往診を含めた24時間365日の体制,いわゆる“急変”の問題,介護の問題,看取りの問題などです.言葉のイメージだけから考えるとハードルが高そうですが,一歩踏み込んで考えるとその背景に急激なADL低下に伴う生活の問題があります.具体的な対応については第Ⅴ章を中心に本文で触れていますのでここでは深入りしませんが,プライマリ・ケア医にとっては生活支援という日常の診療の延長上に対応できるという意味ではハードルは高くないことがほとんどです.
本書では,チームケアの体制を作らなくてもプライマリ・ケア医が1人でも在宅緩和ケアに対応できることを目標に話をすすめました.それはほかの専門職は必要がないということではなく,医師単独による在宅緩和ケアを設定するほうが,課題が浮き彫りになると考えたからです.そして,本書の内容は,プライマリ・ケア医に限らず,緩和ケアに関わるすべての職種および患者・家族,さらには一般市民の皆様にも十分に理解できる内容になっているのではないかと自負しています.
がんの症状緩和が難しいとされているのは,患者・家族だけではなく医療者側も“がん”に対する特別な思いや恐れがあるからではないでしょうか.“がん”ということで,特別な思いや恐れが大きくならなければ,がんの症状緩和の困難さは小さくなります.結果として自宅での療養が継続し最期まで自宅で過ごせる可能性が高くなります.
本書は実践に役に立つことを目指しています.Q&Aから成り立っていますが,いわゆるハウツーものではなく考え方の理解を基本においています.緩和ケアの実践をイメージして理解を深めて欲しいと願い,記述のほとんどを筆者とプライマリ・ケア医であるX Dr.との会話で展開しました.なおX Dr.は若手の開業医なのですがプライマリ・ケア医としての診療を積み重ねるべく研鑽を積んできました.そうした中で,がんの最終段階の患者の診療依頼を受けることがあり,緩和ケア,在宅緩和ケアに関心を持ち勉強を始めたところです.

本書の構成
本書の構成は,第Ⅰ章は筆者のチームが経験した事例を中心に紹介しています.在宅緩和ケアの実際を,臨場感をもって体感してもらえるように患者・家族との会話をそのまま記述しました.筆者のチームは医師と看護師が同じカルテを使い,SOAP方式で記載しています.SOAPのSは,患者が話をしてくれた言葉をそのまま記載しています.本章の事例は創作ではなく,実際のカルテの記録の一部をそのまま転記しています(もちろん個人が特定できない配慮はしています).従って,症状緩和の方法や患者中心のケアについて臨場感をもって在宅緩和ケアの実際が伝わるのではないかと期待しています.第Ⅱ章以降でも多くの事例を提示しましたが,ときに第Ⅰ章の事例を引用していますので,必要なときは確認をしながら読んでいただければと思います.
第Ⅱ章は,緩和ケア,痛みに関する考え方の話です.WHOのがん疼痛ガイドラインの2018年の改定と,IASPの痛みの定義の2020年の改定を紹介しながら緩和ケア,とくに痛みをどう理解することが良いのかを解説しました.その上で,痛みの構造について整理をしています.がんの痛みの問題および対応はがんのほかの症状の象徴的な位置づけと考えることができるので,痛み以外の症状についてもがんの痛みの感じ方や対応の仕方をイメージしていただけると嬉しいです.
第Ⅲ章では,亡くなる前のひどい痛みについて,療養場所による違いなどの検証からその要因を考えて,対応についても解説しました.がんの最終段階にひどい痛みが起こるもっとも大きな要因として,がんの最終段階のある時期に多くのがん患者に共通して起こる悪液質による急激な身体機能の低下が大きく関与していると考えています.身体機能の低下がどのように起こるのか,そのことによって起こる様々な問題をどのように考えて対応するのかを具体的に解説しています.
第Ⅳ章では,在宅緩和ケアにおける症状緩和の実践の話です.症状コントロール,24時間365日の体制,医療用麻薬の使い方などについて解説しました.症状コントロールは,痛み・呼吸困難・消化器症状・出血・精神症状・せん妄を取り上げました.
第Ⅴ章は,第Ⅳ章までのまとめを兼ねて,在宅緩和ケアを継続するための7つのポイントを整理しました.在宅緩和ケアを開始するときの準備や介護について,非がんの在宅療養との違いを考えながら解説しました.また,いわゆる“急変”は,急激な病状の変化に加えて医療的な処置を必要とする場面をイメージするのですが,在宅緩和ケアにおいてはその変化の大半は予測できますし,医療的な対応が必要なことは少ないという現実があります.“急変”という漠然とした話のままではなく患者・家族が具体的に何を心配しているのかの話を聞くことができると,急変と感じていた問題・不安を解消できる,などプライマリ・ケア医の普段の診療と同じであることにたどり着きました.
また,誤嚥の予防と対策についても解説しています.喉の渇きの辛さ,亡くなる直前まで水が飲める喜びは健康な人間には想像できないほど大きいです.喉の渇きが和らぐことで最期までできた会話が死別後の家族の生きる力になることなど,これまでの実践で感じてきたことが伝えられれば幸いです.
がんの最終段階の緩和ケアのように疾患を治すための生物学的治療を追求できない状況では,その人の生活をまるごと受け止め支援する医療・ケアが求められます.がんの終末期,人生の最終段階という厳しい状況に置かれたときこそ,“自律”すること,患者・家族が自らの状況を認識し自分で判断できることの支援が最後まで生き抜く大きな力になります.
本書で一貫して伝えたいことは,緩和ケアは患者・家族の自律支援が柱であり,症状緩和における患者の自己決定の支援は基本であり有効であるということです.
プライマリ・ケア医が在宅緩和ケアに関わるときには「在宅医療-午後から地域へ」11)のタイトルのように,無理をしないで在宅緩和ケアを実践して欲しいと願っています.そのためには症状の基本的な捉え方を理解することが必要です.基本的な理解に基づいた実践は必ず積み重なります.気がつくと,今までに味わうことのなかった充実感が得られます.
なお緩和ケアの重要な要因であるスピリチュアルペインについてはその解釈が様々であり,日本の緩和ケアの混乱を招き,難しいものにしていると考えていますので,あえて触れないこととしました.筆者はスピリチュアリティを“生きる力”と理解をしていますが,患者の求めに応じて,トータルペインを受け止め全人的なケアを提供することで生まれる力です.詳細は拙著12)を参照していただければ幸甚です.
では,がんの緩和ケア,在宅緩和ケアという点に焦点を絞って,プライマリ・ケア医,かかりつけ医だからできる緩和ケアを求める旅に出ることに致しましょう.


注1:モルヒネなどの麻薬は,オピオイドと表現する成書も多いが,以下の理由で本書では医療用麻薬と表現している.例外的に原文が英語の日本語訳の場合,強オピオイドなど日本語に直しづらい場合はオピオイドという言葉を使っている.
 オピオイドは,オピオイド受容体と結合する物質全般をいう.芥子から作られるもの(モルヒネなど)も,もともと生体内にあるもの(エンドルフィンなど)も含むなど,かなり幅広い物質の総称である.一般的には麻薬性鎮痛剤と同義で使われているが,本来は薬理学的な用語と理解している.
 麻薬はオピオイドとほぼ同義であるが,現在では麻薬はオピオイドと同じではなく「麻薬及び向精神薬取締法」で「麻薬」に指定されている薬剤と考えたほうが良い.というのは,オピオイドではないケタミンという麻酔薬も麻薬に指定されているからである.
 医療用麻薬は,その言葉通り医療用として法的に使用が認められている麻薬のことをいう.
注2:緩和ケアにおける鎮静のこと.耐えがたい苦痛症状への対策で,鎮静薬で使って苦痛症状を緩和させるという方法.とくに問題になるのが持続的(深い)鎮静といって,鎮静薬を使って意識をなくした状態を死亡まで続ける方法.筆者は緩和ケアにおける鎮静は,内視鏡や歯科診療のときの鎮静と区別する意味で“緩和的鎮静”と言うべきであること,持続的(深い)鎮静は緩やかな安楽死と考えているので行うべきではないと主張している13).

1)  小津安二郎2003.12.21 朝日新聞記事
2)  世界保健機構(WHO)(編),武田文和(訳):がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア がん患者の生命
    へのよき支援のために.金原出版,1993
3)  日本プライマリ・ケア連合学会:患者・ご家族の皆様 プライマリ・ケアとは(一般の方向け)
   (primary-care.or.jp)
    https://www.primary-care.or.jp/public/index.html
4)  大石 愛:プライマリ緩和ケアにおける省察的実践.日プライマリケア連会誌2013;36:246-248
5)  国立がん研究センターがん対策情報センター:厚生労働省委託事業 がん患者の療養生活の最終段階に
   おける実態把握事業「患者さまが受けられた医療に関する遺族の方への調査」
   平成30年度調査報告書.2018
    https://www.ncc.go.jp/jp/cis/divisions/sup/project/090/result19/H30_20201029.pdf 
6)   Clark D: The Brompton Cocktail: 19th century origins to 20th century demise, End of life studies. 
   University of Glasgow, 2014
    http://endoflifestudies.academicblogs.co.uk/the-brompton-cocktail-19th-century-origins-to-20th-century-demise/ 
7)  Cicely Saunders introduction by David Clark: 25 Current Views on Pain Relief and Terminal Care. 
   Cicely Saunders selected writings 1958-2004. Oxford University Press, 2006 First published in 
   The Therapy of Pain (1981), ed. M. Swerdlow, pp. 215-241. Lancaster: MTP Press.
8)  World Health Organization :
   WHO GUIDELINES FOR THE PHARMACOLOGICAL AND RADIOTHERAPEUTIC MANAGEMENT OF 
   CANCER PAIN IN ADULTS AND ADOLESCENTS. 2018
    https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/279700/9789241550390-eng.pdf?ua=1
9)   International Association For the Study of Pain: IASP Announces Revised Definition of Pain. 2020
    https://www.iasp-pain.org/publications/iasp-news/iasp-announces-revised-definition-of-pain/
10)  加藤総夫,杉村弥恵,高橋由香里:痛み情動の生物学的意味を考え直す.第71回日本自律神経学会総会/
   シンポジウム6/痛みと情動・自律反応.自律神経2019;56:123-127
11)  林 泰史,ほか(監・編):在宅医療 午後から地域へ 生涯教育シリーズ78.日医師会誌2012;139:
   特別号(1)
12)  大岩孝司,鈴木喜代子:緩和医療 がんの痛みは必ずとれる.中山書店,2018
13)  大岩孝司,鈴木喜代子:その鎮静,ほんとうに必要ですか がん終末期の緩和ケアを考える.
   中外医学社,2014