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生殖医療の未来学診断と治療社 | 書籍詳細:生殖医療の未来学
生まれてくる子のために

慶応義塾大学医学部産婦人科

吉村 泰典(よしむら やすのり) 著

初版 B5判 並製 180頁 2010年04月30日発行

ISBN9784787817716

定価:本体2,800円+税
  

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代理懐胎,体外受精,クローン,着床前診断,子どもの権利など,生殖補助医療の進歩と生命倫理のあり方への提言を集大成した書籍.

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目次

CONTENTS 
生殖医療の未来学─生まれてくる子のために─

「生殖医療の未来学─生まれてくる子のために─」刊行に寄せて
はじめに

 第1章 生殖補助医療の進歩

1.体外受精・胚移植
 1)排卵誘発
 2)精液中のウイルス除去
 3)日本産科婦人科学会における生殖医学登録・調査の変遷
2.顕微授精
 1)顕微鏡下精巣内精子採取術
 2)受精障害
 3)IMSI
3.生殖細胞および組織の凍結
 1)精子の凍結保存
 2)胚の凍結保存
 3)卵子の凍結保存
 4)卵巣の凍結保存
4.卵子の体外成熟
 1)IVMの臨床応用
 2)IVMの実際

 第2章 生殖医療の問題点

1.生殖補助医療における多胎妊娠
 1)わが国における現状
 2)予防対策
2.生殖補助医療で生まれた子の予後
 1)先天異常
 2)染色体異常
 3)発生異常
 4)インプリンティング異常
 5)生殖補助医療による世代間連鎖
3.流産と異所性妊娠
 1)流 産
 2)異所性妊娠
4.生後発育と発達に及ぼす影響

 第3章 生殖医療の特殊性

1.生殖医療のもたらしたもの
 1)生殖補助医療とは
 2)生殖補助医療の課題
 3)生殖の商品化
2.ヒト胚の位置づけ
 1)ヒト受精胚
 2)生命の萌芽としてのヒト胚
 3)ヒト受精胚の研究目的での作成と利用
3.病腎移植と生殖補助医療
4.生殖医療で考慮すべきこと

 第4章 第三者を介する生殖補助医療

1.非配偶者間人工授精
 1)AIDの治療の概要
 2)AID児の発育と発達
 3)AIDにより父親となった夫への意識調査
2.卵子および胚の提供による生殖補助医療
 1)卵子提供の必要性
 2)提供卵子の供給
 3)卵子の提供による妊娠の問題点
 4)胚の提供による妊娠の問題点
3.代理懐胎
 1)代理懐胎とは
 2)諸外国における代理懐胎の現状
 3)わが国における代理懐胎に関する審議経過
 4)代理懐胎の問題点
 5)日本学術会議からの提言
4.わが国における審議経過
 1)これまでの公的機関における検討
 2)生殖補助医療技術に関する専門委員会
 3)生殖補助医療部会での検討
5.国民の意識

 第5章 生殖医療と生命倫理

1.生命倫理とは
2.生殖医療における生命倫理
3.生まれてくる子の福祉
4.配偶子の商品化

 第6章 法的諸問題

1.配偶子および胚の提供による生殖補助医療
 1)親子関係の法的規定
 2)父子関係
 3)母子関係
2.法制審議会の中間試案
3.代理懐胎
 1)母とは
 2)日本学術会議生殖補助医療の在り方検討委員会の見解
4.死亡後の凍結保存配偶子による生殖補助医療

 第7章 子どもの権利

1.子どもの権利に関する条約
2.出自を知る権利
3.子の出自を知る権利に対する諸外国の対応
4.わが国の対応

 第8章 着床前診断

1.PGDとPGS
 1)PGD
 2)PGS
2.PGDの問題点
 1)胚の尊厳と選別
 2)出生前診断としてのPGD
 3)適 応
 4)学会の対応
3.遺伝性疾患とPGD
4.習慣流産とPGD
5.PGDにおけるカウンセリング
 1)カウンセリング体制
 2)遺伝カウンセリングにおけるアセスメント

 第9章 生殖医療と再生医学のかかわり

1.クローンと生殖医療
 1)クローン技術応用の是非
 2)ヒトクローン胚研究
 3)生殖医療へのクローン技術の応用の可能性
2.ES細胞と生殖医療
 1)ES細胞の樹立とその問題点
 2)生殖細胞への分化誘導
 3)ES細胞の新たな展開
3.iPS細胞
 1)iPS細胞の樹立
 2)iPS細胞からの生殖細胞分化
 3)iPS細胞の課題

 第10章 生殖補助医療の規制

1.制度の枠組み
 1)日 本
 2)ヨーロッパにおける規制
 3)アメリカ
2.臨床医学会の立場
 1)立法府における判断
 2)適切な運用に向けて
 3)臨床医学会の社会的責任
3.わが国における規制の方向性
 1)生殖補助医療の規制のあり方
 2)立法による親子関係の確定と追跡調査の必要性
 3)公的管理運営機関の設置

おわりに

索  引

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序文

「生殖医療の未来学─生まれてくる子のために─」刊行に寄せて

 「生殖医療(reproductive medicine)」という用語が世界的に流布しはじめたのは1980年代後半である.それ以前は不妊治療とよばれており,この手技は排卵誘発を中心としたもので,あくまでも自然の生殖過程を再現するものであった.1970年代に世界で初めて実施された体外受精を契機として従来の不妊治療はその過去と決別した.すなわち,それまでは治療不可能な不妊とされていた卵管が機能しない女性や,精子の受精能が高度に障害された男性も妊娠可能となった.さらに,夫婦に由来しない卵,子宮,精子などの多くの組み合わせを駆使して様々な形の生殖を可能ならしめた.加えて,先端生殖医療技術は受精卵を選別することにより,親が望む子どもをもうける選択を提供した.

 生殖医療の導入により,人類の本質的な営みとされていた男女の交わりによる子作りを経ないで子どもをもうけることが現実となった.このことにより,これまで自明であった妊娠,両親,母性,子供,家庭などという言葉の定義が揺らいできたことになる.さらに,卵,精子,受精卵などヒトの初期発生段階にある胚を人為的に体外で自由に操作できることになり,人間のアイデンティー,人格,あるいは尊厳といったことも改めて根本から議論せざるをえなくなった.

 医療の原点とはヒポクラテスの誓いを持ち出すまでもなく,病苦で悩んでいる方々にとって恩恵となるように最大限の努力を尽くし,少なくとも危害を加えることはあってはならないということに集約される.従来の不妊治療まではこのような古典的な医療倫理の枠内に包摂されるものであった.しかし,近代生殖医療は生物的に夫婦以外の子どもをもうけることに手を貸すものである.また,この結果,なんとしてでも子どもがほしいという“願望”と医療の対象となる“病苦”との間のどこで一線を画すのか,独立した人格をもつことになる人為的操作で出生した子どもの恩恵につながるのか,子どもたちの養育を生殖医療の依頼者はどこまで責任をとることができるのかといった大変重い命題を社会につきつけたことになる.もはや,従来の医師と患者間で尊重されるべき患者の自由意思による治療の選択というミクロの医療倫理では収拾がつかなくなり,私どもは従来の人生観,生命倫理,社会通念がなどが通用しないことに当惑と焦燥の念にかられている.
 このように,先端生殖医療はプロメーテウスによりもたらされた人類にとってのすばらしい贈り物である“火”であると同時に,われわれに災いをももたらした「パンドラの箱」という両面を持ち合わせている.

 生殖医療にかかわる問題は医学のみならず,社会学,哲学,宗教,倫理学,法律など広範な領域を包含し,単に画期的な医療手技の開発にとどまるものではない.従来の医師と患者間の話し合いで完結する“医の倫理”では制御できないもので,社会,国全体を巻き込んだマクロの“医の倫理”を形成する必要がある.すなわち,政治家,国民のだれもがもはや生殖医療に無関心足りえなくなったといえる.

 先端生殖医療技術は単に,子どもを作るという以外に,さまざまな医療の進歩の呼び水となった.その好例がクローン技術,iPS細胞の作成など人類の未来に夢をもたらす技術の開発である.したがって,生殖医療はもはや生殖に限定したものではなく,医療の最前線を支えているものでもある.

 著者である吉村泰典氏はわが国を代表する生殖医学者,臨床家であり,自ら生殖医療に携わり,しかも関連学会の重鎮として学会内外で生殖医療に付随する問題点を広く啓発され,その実践に関するルール作りにも中心的役割を演じてこられた.
 本書は吉村氏が長年にわたり培ってこられた深い造詣が凝集したものであり,しかも平明な記述になっている.難解な生殖医療の全体像を理解するには格好の書物といえる.生殖に関わる医療関係者,研究者以外に生殖医療を受けようとされている方々,最先端の医療の現状に興味をもたれる方々などに是非お薦めしたい.

東京大学医学部附属病院 産婦人科教授 武 谷 雄 二







はじめに

 生殖とは生命体がこの世に現れて以来,連綿と繰り返してきた生命の保持を目的とした極めて重要な行為である.ヒトは生殖により次世代を産生し,個体の死を超えて存在することを可能にしている.近年の生殖医学の進歩にはめざましいものがあり,生殖現象の解明のみならず,ヒトの生殖現象を操作する新しい技術も開発されている.細胞生物学や先端生殖工学技術の飛躍的進歩に伴って生殖医学も革命を受けつつあるといっても過言ではない.このような生殖医学の発展は,実は発生生物学や生殖内分泌学の進歩に負うところが大きい.この生殖現象に深くかかわる生殖医療は,新しい生命の誕生がある点で,すでに存在する生命を対象とする他の医療と根本的に異なった特性をもっている.21世紀に入り,ますます先端生殖工学技術は進歩をつづけている.とりわけ体細胞クローン技術や胚性幹細胞の再生医療への応用は,今後の生殖医療の展開にブレークスルーをもたらしてくれるかもしれない.

 近年,医の倫理,すなわちバイオエシックスの概念自体も変化してきている.医の倫理に関する議論百出の最大の要因は,「ヒポクラテスの誓い」以来延々と受け継がれ,近代医学を形成してきたパターナリズム的医学倫理観と決別したことにある.患者の権利意識の向上により,インフォームドコンセントあるいは患者の知る権利および自己決定という,新しい概念により医療の理念に変化がみられている.

 わが国においては生殖補助医療について法律による規制はなされていないが,日本産科婦人科学会の会告に準拠し,医師の自主規制の下で配偶者間および非配偶者間の人工授精や夫婦間の体外受精が限定的に行われてきた.しかし1998年以来,兄弟姉妹の精子や卵子を用いた体外受精,第三者からの卵子提供による体外受精,妻の妹や母親による代理懐胎の報告が相次いでみられるようになっている.2008年には日本人夫婦がインド人女性に代理出産を依頼したが,子どもが生まれる前に離婚したため,子どもの国籍がない状況に陥っている事態も起こっている.インドでは,貧しさを背景に商業主義的な代理懐胎が水面下で拡大されているとされ,女性の搾取に日本人が加担していることは悲しむべきことであるとの指摘もみられる.このようにわが国の生殖補助医療をめぐる現状は社会に着実に普及している一方,その急速な進歩によりそれを適正に実施するための整備が不十分であり,発生する様々な問題に対応することができない状況にある.

 生殖医療においては,生命を操作した結果が世代を超えて引き継がれてゆくことになり,その影響には計り知れないものがある.不妊症で子どもに恵まれない夫婦にとって子をもちたいという願望は痛いほど理解できる.それに応えられる医療を提供できるのであれば,クライアントの希望に応えるのが不妊治療の原点であり,現在の生殖医療は可能な限りその要望に対応しようとしている.しかしながら,現在この生殖医療も岐路に立たされているといわざるをえない.

 生殖医療は単に不妊に悩むクライアント夫婦に子を授ける医療であるばかりでなく,生命の起源に対する考え方,家族観や社会観を大きく変える医療として捉えられるようになってきている.少子化とも相まって,今後生殖補助医療によって誕生する子どもは増えるであろう.このような新しい医療技術を社会はどのように受けとめ,家族としてどのように子どもを受け入れ,育てていくのか改めて問題となるであろう.自己決定に基づく生殖医療であっても,生まれてくる子どもの同意を得ることはできないということである.

 2010年4月

慶應義塾大学医学部産婦人科 吉 村 泰 典