2182睡眠の生理と臨床 改訂第3版
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で野生種よりも覚醒が増し睡眠が減っていること(Naylorら,2000),NPAS2というClockと同様BMALと結合して作用する遺伝子の変異が,マウスの暗期の睡眠をノンレム睡眠についてもレム睡眠についても減少をもたらし(Dudleyら,2003)ノンレム睡眠の内容(紡錘波の減少,δ波の周波数の増加)にも影響すること(Frankenら,2006),Cry1,2欠損マウスではノンレム睡眠のδパワーが高くなり(Wisorら,2002),BMAL欠損マウスでは睡眠時間が増すものの睡眠の断片化が増す(Laposkyら,2005)こと,Csnk1e時計遺伝子がレム睡眠量やノンレム睡眠の持続と出現回数に関与すること(Zhouら,2014)等が報告されており,時計遺伝子は眠りのタイミング以外眠りの量と質にも影響することがわかる.さらにレチノイン酸受容体βをコードする遺伝子が睡眠中のδ波の出現様式を規定する(Maretら,2005)ともされている. 睡眠欲求の高まった動物の体内に自然な眠りをもたらす物質,すなわち「睡眠物質」が蓄積し,その作用で睡眠がもたらされるという考えがある.このような「睡眠物質」に関する研究は20世紀初頭にはすでに行われていた.「睡眠は,脳内で産生され脳脊髄液に分泌されるホルモン様の物質により調節される」という仮説のもと,日本では1909年に石森国臣によって,またフランスでは1913年にLegendreとPiéronによって,断眠させたイヌの脳の成分を別のイヌに投与すると,そのイヌが眠ることが報告され,さらに同様の実験は1967年にも報告された(Brownら,2012).しかし彼らが扱った睡眠物質の有効成分は同定されていない.a DSIP 本格的な睡眠物質の同定は,Monnierらのグループが1977年に成功したδ睡眠誘発ペプチド(delta sleep-inducing peptide:DSIP)に始まる.DSIPは,ウサギの視床を低頻度刺激して徐波睡眠を誘発し,その徐波睡眠中のウサギの血中から分離された.b ウリジンと酸化型グルタチオン わが国では,井上らのグループが断眠ラットの脳幹から睡眠促進物質を抽出,有効成分としてウリジン(Komodaら,1983)と酸化型グルタチオン(Komodaら,1990)を同定した(図5-1).ウリジンはノンレム睡眠,レム睡眠の双方の出現を促すが,GABA作動性神経細胞の活動を促進することで,覚醒系の活動を抑制して睡眠をもたらすと考えられている.一方,酸化型グルタチオンは代表的な覚醒系であるグルタメート作動性神経細胞の活動を抑制することで睡眠促進作用を呈すると考えられている(Inouéら,1995).この考え方は,脳内の酸化過程が睡眠誘導過程の初期段階とする仮説提起につながっている(Ikedaら,2005).B 睡眠物質1.おもな睡眠物質第Ⅰ部 基礎編35眠りと物質5ウリジン,酸化型グルタチオンの睡眠誘発機序図5-1ウリジンGABAグルタメート促進抑制受容体受容体覚醒酸化型グルタチオン視床下部視束前野?ノンレム睡眠レム睡眠

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