2182睡眠の生理と臨床 改訂第3版
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c プロスタグランジンD2 早石らのグループは,プロスタグランジンD2に自然睡眠と極めて類似した睡眠を誘発する作用のあることを発見した(Matsumuraら,1991).ツェツェバエによって媒介されるトリパノソーマ原虫の感染で生じる,アフリカ睡眠病の患者でプロスタグランジンD2の脳脊髄液中の濃度が上昇していることも知られている(Pentreathら,1990).プロスタグランジンD2は前脳基底部を介して視床下部前部の睡眠中枢を活性化して睡眠を促進する(p.22参照)(Hayaishi & Urade,2002).d ムラミルペプチドとサイトカイン 断眠ヤギの脳脊髄液から抽出され,後年ヒトの尿からも抽出されたムラミルペプチド(Kruegerら,1982)は,徐波睡眠を誘発すると同時に発熱をきたす.その後の検討で,生体が細菌やウイルスに感染すると,それらが体内で分解されて生じた物質,すなわち細菌ではムラミルペプチドや内毒素,またウイルスでは二重鎖RNAが,インターロイキン1β,インターフェロンα,腫瘍壊死因子αなどのサイトカインの産生を促進し,その結果発熱,食欲抑制に加え,徐波睡眠が増加しレム睡眠が減少することがわかった(図5-2).サイトカインの多くは種々の免疫機能を有している.感染に際して眠くなるのはサイトカインを介しているとすると,この睡眠欲求は免疫機能と密接に関連しているわけで,睡眠は生体防御反応の一部といえる.一方で特に炎症性疾患時の眠気増大から昏睡にまで多岐にわたる睡眠の変容の背景には炎症性サイトカインの増加が有り,その結果インスリン抵抗性が増し,オレキシン分泌が低下することで生体に悪影響を及ぼしているとする考え方もある(Clark & Vissel,2014). インターロイキン1βと腫瘍壊死因子αはノンレム睡眠の制御に主として視床下部の視索前野や前脳基底部を介して作用していること,サイトカインはNOの合成や成長ホルモン等の神経内分泌系や視床下部-下垂体-副腎系を介して眠りに影響するらしいことがわかってきている(Kapsimalisら,2005). 逆に眠りがサイトカイン産生に影響を与えることも指摘されている.ラットにおいてではあるが,睡眠を制限することで,インターロイキン1βと腫瘍壊死因子αのmRNAの発現が長期的に増強される一方,海馬での脳由来神経栄養因子の発現は抑制される(Zielinskiら,2014).またヒトにおいても睡眠制限がインターロイキン6の日内変動パターンに影響する(Pajcinら,2014).その背景はいまだ明確ではない. 発熱を伴わず,またノンレム睡眠のみならずレム睡眠の促進効果も認められるサイトカインとして顆粒球・マクロファージコロニー刺激因子(granulocyte-macrophage colony stimulating factor:GMCSF)が知られている(Kimuraら,2000).GMCSFはまた,ソマトスタチン〔成長ホルモン分睡眠の生理と臨床36サイトカイン,ホルモンと睡眠とのネットワークの一端破線矢印は抑制を示す.図5-2細菌感染ムラミルペプチドウイルス感染二重鎖RNAIL1βINFαTNFα発 熱プロスタグランジン ?DSIP徐波睡眠増加成長ホルモン分泌促進因子/グレリンPGD2,ウリジンレム睡眠増加GMCSFソマトスタチン成長ホルモンIGF-1
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