2213結節性硬化症の診断と治療最前線
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54 結節性硬化症(TSC)は小児神経科医にとって馴染み深い病気であるが,その全人的診療に精通した専門家は少ない.TSCの診断は典型的な所見の揃った症例では容易だが,症状の乏しい非定型例は見逃されやすい.一方,TSCの治療は近年,mTOR阻害薬の導入により新たなステージに入り,診療の体系はさらに複雑となった.化学療法の対象となる患者の増加に伴い,小児科医・小児神経専門医の関与すべき範囲がさらに広がった. 本項ではTSCの診断および神経症状の治療について,最新の知見を紹介しながら概説する.病因・病態1 TSCは常染色体優性遺伝の神経皮膚症候群である.病理学的には,諸臓器に発生異常である過誤組織(hamartia)と良性腫瘍である過誤腫(ham-artoma)が生じやすいことを特徴とする(表1). TSCの病因はTSC1遺伝子またはTSC2遺伝子のいずれか一方に生じた機能喪失変異である.TSC1遺伝子産物(hamartin)とTSC2遺伝子産物(tuberin)の複合体はmTOR信号伝達系の中流に位置して,この系の活性をnegativeに制御する.したがってTSCの病態の中心は,mTOR系下流の過剰な活性化である(図1)1).TSC患者の細胞は生殖細胞変異(germline mutation, first hit)のため,半数不全(haploinsufficiency)の状態にある.さらに体細胞変異(somatic mutation)により野生型アレルを失った細胞(クローン)では,TSC1またはTSC2遺伝子機能がゼロ(null)になる.TSCにおける腫瘍発生は基本的には後者の機序(second hit theory)に基づく1).一方,知的障害や自閉症などTSCの中枢神経症状のかなりの部分は前者すなわちhaploinsufficiencyによることが,動物モデルで得られた知見から推測される(図2)2,3).症状2 TSCの浸透率(penetrance,遺伝子変異を有する個体が何らかの臨床症状を呈する率)は95%と高い.しかし,表現型(病変の分布,重症度)は患者によりまちまちである.同一の変異を有する家系例であっても,個体により著しい差のあることが多い(図3). TSCは優性遺伝であるが,de novo変異による孤発例が多く,患者の60~70%を占める.同胞例の発生した家系では両親のいずれかがTSCのはずであるのに,臨床症状を認め難いことがある.TSCではモザイクが多いことが知られており,親のどちらかが生殖腺を巻き込むモザイクであった可能性が推測される(図3)4). TSCの多彩な症状には年齢依存性がある.たとえば心横紋筋腫(cardiac rhabdomyoma)は胎児期に生じて,乳児期に縮小する.脱色素斑(白斑,hypomelanotic macule)や皮質結節(cortical tuber)は乳児期からあって,あまり増加も拡大もしない.上衣下巨細胞性星細胞腫(SEGA)はおもに幼児~思春期に,顔面血管線維腫(facial angiofibroma),爪線維腫(ungal fibroma),腎血管筋脂肪腫(AML)はおもに学童期以降に生じて増大する.性差の明らかな病変も一部にあり,たとえば肺リンパ脈管平滑筋腫症(LAM)は成人期の女性に好発する.第3章結節性硬化症の臨床症状全身症状と神経症状水口 雅 (東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻発達医科学分野)A

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