兵庫医科大学脳神経外科 吉村紳一血管内手術中心から二刀流へ総論/Ⅱ.私の経験11血管内治療との出会い 私は卒後4年目に国立循環器病研究センター(以下,国循)でレジデントとして研修する機会を得たが,赴任初日にマイクロカテーテルを脳動静脈奇形のナイダスに誘導して塞栓を行う様子を見て驚愕し,そして魅了されてしまった.血管内治療は当時まだ未熟な治療であったが,大きな可能性を秘めていると感じた.よい師匠に恵まれたこともあって,国循在籍中は多くの血管内治療に参加し,診断アンギオグラフィーに明け暮れた.その結果,レジデントながら脳血管攣縮に対する動注療法では術者を担当させてもらえるようになり,ある程度の経験を積むことができた.2血管内治療のスタートと苦悩 その後,血管内治療は発展し,まず外科治療困難な脳動脈瘤に適応されるようになった.例えば,くも膜下出血の重症例や高齢者,さらには後頭蓋窩・大型動脈瘤などであった.次に頚動脈狭窄症においては高位病変,頚部手術・放射線治療後などが対象となった.これらの病態に血管内治療を行うことで良好な治療結果が得られることが経験的にわかったが,長期成績がわからないこともあって,学会では「実験的な治療」とみなされていた.しかし徐々に関連施設から血管内手術の依頼が増えてきた.当時,大学院生であった自分には,開頭術の術者は遠い未来にしか回ってこない状況であったため,「当面は血管内治療一本でやって行こう」と決めた.しかし,血管内治療を依頼される機会が増えてくると,ある問題に気付きはじめた.「適応」と「引き際」がよくわからないのである.その患者さんの外科手術の難易度がわかれば,そもそも治療を引き受けるかどうか,そして治療中の引き際が判断できる.それほど外科手術が難しくなければ,血管内治療で無理をする必要はなく,逆に外科手術が困難なら,なんとか血管内治療で対応しなければならない.しかし自分にはクリッピング術などの執刀経験がほとんどなかったため,教科書的なことしかわからなかった.血管内治療の経験が増えるにつれて,「もっと外科手術のことを勉強しなければ」と思いはじめたのである.特に,治療で合併症を来した時には,「外科手術を選択すべきだったのではないか」とか,「すぐに外科手術を行えば合併症を軽減できたのではないか」と思い悩むようになった.3外科手術の再トレーニング 教科書やビデオをみても,手術の細かなところまでは学べないし,もちろん自分で救済することはできない.血管内治療の依頼が増えるほど,「本格的に外科手術を学び直すべき」という気持ちが強くなった.そんな折,先輩の勧めもあって米国での研究留学に引き続いて,チューリッヒ大学で外科手術を勉強することにした.毎日複数行われるメジャー手術の助手をして,時間の6●
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