2326外傷救護の最前線
2/6

2Ⅰ.シビリアンのための事態対処外傷救護  事態対処医療とはtactical emergency medical support(TEMS)の和訳で,TEMSのテキストの1つであるTactical Medicine Essentialsの翻訳本1, 2)を出版する際に誕生し,テロリズムなどの不測の事態が発生した際の救急救護・医療のことをいう.米国で生まれたTEMSは米軍における 戦術的戦傷救護(tactical combat casualty care:TCCC)を基盤にしており2),その理念はともに,①負傷者の救護,②さらなる負傷者の発生防止,③任務の完遂,にあるといえる2~4).TCCCは米軍特殊作戦軍と米国軍保健衛生大学(米国の防衛医大)が作成したガイドラインであり,1997年から特殊部隊に,2010年からは米軍全軍に導入された戦傷救護のことである3, 4).現在では米国国防総省内の戦場負傷者管理分野における負傷者救護・救命処置の標準と位置づけられており,米国外科学会や米国救護員協会からも推奨されている.一方で民間を対象としたTEMSの歴史は一元的ではなく,その救護の理論的背景はTCCCに基づく.TEMSの日本版である事態対処医療1)について,爆傷や銃創などが発生した際の 事態対処外傷救護について解説していくが,まずは事態対処医療の骨子となっているTCCCから述べていきたい.Ⅱ.戦術的戦傷救護(TCCC)とは 戦場における救護・医療のガイドラインであるTCCCは,出血の制御を救命の要としている.1993~1995年にかけてガイドラインが作成され,米国特殊作戦司令部のFrank Butler軍医がその立役者である5, 6).TCCC は戦闘区域での応急処置を含む一連の戦術的戦傷救護活動であり,実証的分析により発展してきた7~9).過去の米軍兵士の死因分析において,生存した可能性のある死因は出血,気道閉塞,緊張性気胸であることがわかった(図1,2)8).特に,四肢外傷からの出血は全体の死因の9%に達し,無視できない病態であることがあきらかになった7).このことにより,米軍は2001~2010年のアフガニスタン紛争・イラク戦争において,四肢からの出血に対して軍用止血帯(combat application tourniquet:CAT®)による止血を全軍に指示した結果,四肢からの出血で死亡した症例が全体の3%まで減少した8).さらに,2001~2010年の間に,特殊部隊である第75レンジャー連隊に対してCAT®による四肢の止血だけでなく,骨髄輸液,胸腔穿刺,外科的気道確保などのTCCCに基づくすべての救命処置を指示し,全軍にはCAT®による止血のみを指示して比較検討したところ,全軍では戦傷者18,681人のうち3,064人が死亡して16.4%の死亡率であったのに対し,第75レンジャー連隊では戦傷者262人に対して死者28人で死亡率は10.7%と低率であった9).この結果から,米軍は全軍にTCCCを導入するに踏み切ったといわれる. 戦場では平時の怪我と異なり,外傷の受傷形態に相違がある.わが国では銃で撃たれたり,鋭利なものが刺さったりするような鋭的な外傷は比較的まれであるが,戦争や紛争などの戦闘で発生する外傷は,爆弾の破片や銃創が大半を占めるため,鋭的外傷が主体となる7).実際にWDMET(wound data and munitions effectiveness team)が分析した近年の戦争の負傷兵の内訳は,爆弾の破片によるものが62%,銃創が23%と7),ほとんどが鋭的な外傷であり,多数の負傷者が同時に発生していた.こうした銃や爆弾による血管損傷は,わずか数分で致死的な状態に陥ることもある.換言すれば,外A.事態対処外傷救護◆総 論事態対処外傷救護(tactical combat trauma care:TCTC)とは1

元のページ  ../index.html#2

このブックを見る