31 大量出血の制御(massive hemorrhage control)は,事態対処医療のなかで最も緊要な事項である.大量出血の制御は,スピードと正確さの双方が必要不可欠1)であり,誤った治療戦略に基づいて対応すると容易に悪化し,生存しえる命を奪うことになるからである.出血源により適用可能な資材が異なることを念頭に危機感をもって対処しなければならない.さらに大量出血が発生するような環境は,少なからず何かしらの脅威にさらされていると考えられる.たとえば,都市部で爆発物によるテロが発生した直後といった状況である.大腿の動静脈が完全に離断した場合,わずか3分で死に至る2)といわれているが,このような環境は,混沌と混乱が常とされる戦場のようなものである.また,複数の攻撃方法やさらなる爆発物が待ち構えている可能性もある.救護者はその瞬間,自身がどの状況におかれているのか,まずすべきことは何かを至当に判断することが求められる.そのためには,適切な資器材を正しいタイミングで,正しく扱うことはもちろん,脅威に対しても適切な対応をとることが重要となる.本項では,止血に関する知識技術を身につけるだけでなく,脅威をいかにして排除しつつ対応するかの総合的な訓練の一助とするため,救護者のおかれている状況を,脅威の程度により3つの段階に区分1)して,それぞれの段階でどのように救護し,出血を制御すべきかを具体的に述べていく(表1). 重要なのは受傷直後から一貫性をもった治療戦略であり,出血制御が最優先の課題であることは揺るがない.チーム・関係者一丸となって,生存しえる命を救うべく取り組まなくてはならない.この際,完全な止血を担保するために,各医療機関や,後送を担う救急隊などが,適切なデバイスを揃えておく必要があることはいうまでもない. 現在,大量出血に関し「防ぎえる死因」といわれているのは,「圧迫可能な大出血1)」である.かつては,四肢用ターニケットさえ使用すれば救命可能な四肢からの失血死のみが,「防ぎえる死3)」として扱われていた.ベトナム戦争では2,500人以上が,四肢からの失血のみで命を落としたと見積Ⅰ.大量出血(massive hemorrhage)Ⅱ.防ぎえる死因の変遷A.事態対処時におけるスキル◆各 論止 血2●❶ 大量出血は,事態対処医療において防ぎえる死因のなかで最多である.●❷ 出血制御は,タイミングが最も重要.1秒でも早い迅速かつ状況に応じた適切な止血が,生命を左右する.●❸ ターニケット(止血帯)は,今や最終手段ではなく,第一選択である.四肢用ターニケットが解剖学的に適応でない場合は,止血剤包帯・接合部ターニケット・圧迫包帯といった適切なデバイスを使い分けることが求められる.
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