2357スポーツ精神医学 改訂第2版
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14  第2章 スポーツにおける精神医学の役割害などのストレス因関連障害,身体症状症,摂食障害などの疾患において抑うつ状態を伴うことがある.アスリートにおいては競技レベルや競技環境に対して心理的成熟が追いつかないような場合に,無意識に足を止めるかのようにこれらの障害が現れることがある.また本人のパーソナリティーや発達面の特性が背景に存在する場合もあるが,それらの診断は専門科(精神科)においても時間をかけて慎重に行われる.抑うつ状態を呈するアスリート特有の現象としてオーバートレーニング症候群があり,本稿B(p.15)で紹介する. 上記1)~5)の可能性を慎重に検討したうえで,抑うつ状態が正常な心理的反応と判断される場合は当然ある.競技に打ち込むアスリートが結果を出せなかった際に大きく落胆したり,悩みや葛藤を抱くことがあるのはごく自然なことであるが,精神疾患との見分けはしばしば容易ではないため,鑑別手順を怠らないことが重要である.3▶アスリートのうつ病の治療1) 治療の導入 抑うつ状態の原因検索を経て,うつ病と診断された場合の治療について概説する.日本うつ病学会治療ガイドライン20161)によれば,“良好な患者・治療者関係を形成し,「うつ病とはどのような病気か.どのような治療が必要か」を伝え,患者が治療に好ましい対処行動をとることを促すこと,すなわち「心理教育」を基本におく必要がある”とあるが,アスリートにとってうつ病をはじめとする精神的な疾患を受け入れることは,しばしば困難であるということをふまえて対応したほうがよい.アスリートは強い競技者としてのイメージを築くことで自身のポジションを確保し,あるいはそれ自体をアイデンティティとしている場合があり,うつ病を認めることでそれらが脅かされると感じ,診断に抵抗をもつことが少なくない.また,指導者以外の他者を頼ることに抵抗をもっている場合も多く,良好な協力関係を築くためには治療導入時には特に丁寧に,共感的な対応をもって本人の訴えを聴くことが重要である.そのなかで,競技特有の事情や選手がもつ独特の価値観,本人の認知の狭小化に気づくことができる場合も少なくない.2) 休息指示 うつ病の治療は,心理教育および精神療法,十分な休息,そして薬物療法を柱に個々の患者にあわせて組み立てられる.アスリートに対して休息を指示する際に注意すべき点を三点あげる.第一に,アスリートにとって休むということは医療者が想像する以上に大きな抵抗を伴うという点である.ハードトレーニングを日常としている競技者にとって,体のけががないにもかかわらず休むということは受け入れがたく,大きな不安を伴う.また,休養の必要性についてチーム関係者の理解が得にくい場合では,本人の了承のもとチームに説明を行うことが必要となる.第二に,「たゆまぬ努力によって目標に近づくことができる」というアスリート心性への配慮である.普段ハードトレーニングを積むうえでは適応的な考え方が,うつ病の休息指示においては通用せず,休むことでかえって罪責感が強まる場合がある.第三に,競技者がとることのできる休息期間に注意を払うという点である.選手に許容されている休息期間は競技や個々の状況によって異なり,丸1年程度の猶予期間が認められる選手もいれば,1~2か月の離脱で契約解除を告げられてしまうような場合もあるため,本人のおかれている状況を確認することが重要である.3) 薬物療法 うつ病の薬物療法は,症状の程度や個々の病態に応じて実施と内容が検討されるが,中等症以上では抗うつ薬を十分量,十分な期間服用することが基本とされている.アスリートにおいても同様であるが,選手がアンチ・ドーピング規則違反を心配する場合も多い.競技者は世界アンチ・ドーピング規程(World Anti-Doping Code)の遵守が求められ,具体的な薬剤と方法については同規程に付随する禁止表国際基準

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