2437症例でわかる小児神経疾患の遺伝学的アプローチ
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18538 乳児期より重度精神運動発達遅滞をきたし,特徴的な画像を呈した姉妹例 Point ❶  乳児期からの重度精神運動発達遅滞,視覚障害,幼少児期からの進行性腎機能障害,特徴的な画像所見からJoubert症候群関連疾患(Joubert Syndrome and related disorders;JSRD)を疑う.本例はJSRDの中でも重症型の有馬症候群である1)2).鑑別診断として,Dandy-Walker症候群,先天性脊髄小脳萎縮症などがあげられる.腎機能障害は進行性で急激に悪化することがあり,生命予後に影響する. 家系図より,劣性遺伝形式であり,患者は女性であることから常染色体劣性遺伝と考えられる.したがって,次子の発症リスクは1/4,保因者となるリスクは1/2である.Joubert症候群関連疾患(JSRD)とは? 1969年にMarie Joubert医師が「Familial agenesis of the cerebellar vermis」として,小脳虫部欠損(低形成),発達の遅れ,筋緊張低下,呼吸異常,異常眼球運動の1家系5例の患者をNeurology誌に報告したことに始まる.その後,同様の症例が報告され,Jou-bert症候群として疾患概念が作られた.さらに,上記の症状に加えて,molar tooth sign(小脳虫部欠損と脳幹形成異常)を特徴とし,眼(網膜や脈絡膜)の異常,腎障害(ネフロン癆,多発囊胞腎)を共通症状とする有馬症候群,セニール・ローケン症候群,COACH症候群,口顔指症候群Ⅳ型などの疾患スペクトラムをJSRDと呼んでいる. Point ❷  診断のためには,画像検査と遺伝学的検査が必要である.a 画像検査 JSRDの診断は,診断基準1)にあげられているように,小脳虫部の低形成が必須であることから,画像診断を必要とする.b 遺伝学的検査 JSRDは有馬症候群のほか,セニール・ローケン症候群やCOACH症候群などがある1).また,これらの疾患は,繊毛に関する蛋白をコードする遺伝子の異常に起因することから,繊毛病(Ciliopathy)の疾患として理解されている.原因遺伝子の約10%はOFD1,AHI1であるが,36個以上の遺伝子が報告されている.OFD1のみX染色体上にあるが,それ以外の遺伝子は常染色体上にあり,すべて劣性遺伝形式をとる. 有馬症候群では,CEP290遺伝子のc.6012-12A>T変異をホモ接合体あるいはヘテロ接合体が報告されている(図3A)3).この遺伝子異常は,イントロン上にある変異であるが,RNAスプライシング異常を引き起こし,premature terminationとなり(図3B)3),機能蛋白が作られずに分解する(図3C)3). 有馬症候群で報告されているCEP290 c.6012-12A>T変異は比較的日本人に多く,Joubert症候群とされている中に有馬症候群が隠れていることがある.有馬症候群はJSRDの1病型であるが,ほかの疾患と予後が異なるので,遺伝子診断を含めた診断が必要である.有馬症候群の遺伝子診断は,CEP290遺伝子のSangerシーケンス法が可能である.CEP290遺伝子は56個エクソンからなる遺伝子であり,イントロン内の遺伝子異常も報告されているので,遺伝子診断が難しいことがある.また,多くは個発例であることから,両親の検査を含む全エクソーム解析が行われることが多い.c 眼科的検査 脈絡膜・網膜欠損,網膜変性などの診断および経過観察のために,眼底検査や網膜電図(ERG)検査が必要である.d その他の検査 有馬症候群の診断あるいは鑑別のために以下の検査が必要になることがある. 血液検査:貧血,肝機能障害,腎機能検査など. 尿検査:低浸透圧尿,高β2ミクログロブリン尿など. 腹部画像検査:腹部CTやMRI,超音波検査による脂肪肝,肝線維症,肝硬変などの肝障害や腎囊胞などの腎障害の有無と進行や程度の評価が必要である. 腎生検:ネフロン癆や腎囊胞の病理診断を目的とする.侵襲性が高いため,十分に考慮して行う.RNAスプライシングとは? DNAから転写された一次RNA転写物(primary RNA transcript)が作られる.Primary RNA transcriptは,mRNAやrRNA,tRNAの前駆体(precursor)であり,mRNAではprecursor mRNA(pre-mRNA)である.このpre-mRNAは,5’端のCAP構造やRNAスプライシング,3’端のpolyadenylationの修飾を受けて成熟型mRNAとなる.このうち,RNAスプライシングとは,pre-mRNAから成熟型mRNAが作られる際のイントロン構造を切り離し,エクソンをつなぎ合わせる過程である.遺伝子内に散在するエクソンが正しく選択され,イントロンを取り除くスプライシング機構が精密に機能することによって,正常に機能する蛋白を産生するための成熟型mRNA合成ができる. RNAスプライシングには,次の二つがある(図4)4).① 恒常的スプライシング(Constitutive splicing) 1つの遺伝子から1種類の成熟型mRNAが産生されるRNAスプライシングが一定の規則で行われる.

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