138本項では,化学療法時の下痢や消化管穿孔にかかわる代表的な薬剤とその副作用マネージメントを述べたい.婦人科領域において下痢と消化管穿孔に関連する薬剤としては次の3つが代表的である.すなわち,①抗悪性腫瘍薬イリノテカンによる下痢,②ベバシズマブによる消化管穿孔と臓器瘻,③免疫チェックポイント阻害薬による下痢と腸炎,である.日常診療で下痢に遭遇した場合,通常は何を使用されるであろうか.タンニン酸アルブミン,ビフィズス菌などの乳酸菌製剤,ロペラミド,5-HT3受容体拮抗薬,漢方製剤としては半夏瀉心湯や五苓散などを用いるだろうし,子宮頸がんに対する子宮腔内照射前でどうしても止めたい下痢の場合は,アヘンチンキなどの麻薬を用いることもあると思われる.まずは,イリノテカンに対する対処を考えてみたい.1イリノテカン(CPT-11)イリノテカンはプロドラッグであり,おもに肝ミクロソーム内のカルボキシエステラーゼによって活性代謝産物(SN-38;7-ethyl-10-hydroxycamptothecin)に変換され抗腫瘍効果を発揮する.トポイソメラーゼI阻害薬の1つであり,婦人科では卵巣がんおよび子宮頸がんに対し用いられる.婦人科で使用される化学療法薬剤のなかでは下痢を起こしやすいことが知られている1).イリノテカンは多くの抗悪性腫瘍薬のなかでもはじめて下痢が用量規定因子(dose limiting factor)となっており,多くの死亡例も報告されている.これまでに,この強い副作用である下痢発症を防ぐための方法として,SN-38-Gluが腸内細菌によりSN-38へ脱抱合されるのを抑える目的で半夏瀉心湯の併用,抗菌薬による腸内の殺菌,あるいはSN-38の吸収を抑える目的で重曹の併用を行うことなどが知られている1).a検査・症状イリノテカンが起こす下痢には,早発性下痢と遅発性下痢の2つがみられる.早発性下痢はイリノテカンの投与中から24時間以内に起こるもので,イリノテカンの作用の1つのコリン作動性による腸管蠕動亢進が原因である.遅発性下痢は,投与して4~10日目頃に生じる.イリノテカンの活性代謝産物SN-38による消化管粘膜の直接障害が原因である.腸管粘膜の障害と好中球減少が重なることで腸管感染を伴うことがある.SN-38は,肝臓のUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)の1分子種であるUGT1A1によりグルクロン酸抱合を受けて不活性化され,SN-38-Gluとなり胆汁中に排泄されるが,UGT1A1には遺伝子多型が存在し,SN-38による下痢の発現に関連する.遺伝子多型UGT1A1*6,UGT1A1*28をホモ接合体またはヘテロ接合体としてもつ患者では,SN-38の代謝が遅延し,重篤な可能性が高くな4第4章 有害事象マネジメント消化管障害―下痢・消化管穿孔
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