体内時計のなぞ-生存するための戦略だった- 3第1章 体内時計のなぞ―生存するための戦略だった―間帯や,病気の発症しやすい時間帯があります.ヒトには,脳内に主時計があり,末梢時計は全身の細胞にあります. 哺乳類の体内時計は,脳の視床下部にある視交叉上核にあります4,5).視交叉上核は,視床下部の視神経が交差している部分にあります.マウスのような夜行性の動物では夜間(暗期)に活動量が高まりますが,その行動リズムが視交叉上核を切除することにより消失します.そのマウスに別のマウスの正常な視交叉上核を移植すると,1日のサイクルが再び現れます.ヒトを含む動物は,朝の光を感じると,その光刺激が網膜から視神経を介して視交叉上核に伝達され,体内時計をリセットしています. 1970年代には,植物やショウジョウバエに,時計遺伝子が存在することがわかっていました.1997年に,哺乳類の時計遺伝子として,Clockがマウスの視交叉上核で発見された.これまでに,哺乳類の時計遺伝子は十数個見つかっています6-8).Bmal1という時計遺伝子が欠損すると,時計機能が停止します.Perには3種類あり,それらの一部がなくても残りが代償しますが,すべて欠損すると時計機能がなくなります.Clockに加えて,Cryを含む4種類の時計遺伝子が重要な役割を果たしています.また視交叉上核の細胞は,外部に取り出しても時間を刻みますが,その他の全身の細胞は,取り出すとしだいに減衰します.視交叉上核という主時計遺伝子が,全身の細胞にある末梢時計遺伝子のリズムを調整しています.両者のリズムの位相は異なりますが,同調しています.体内時計が1日を刻む機構として,蛋白質の合成と抑制のサイクルが1日のリズムを刻む仕組みが知られています. ClockとBmal1は転写の促進機能を持ち,PerとCryは転写を抑制する機能を有します.一般に,蛋白質の合成は温度が上昇すると活発になり,温度が10℃上がると合成速度は2~3倍になります.ところが,時計遺伝子は恒温動物でも変温動物でも,温度に関係なく1日の時間を刻むことができるのです.「蛋白質の合成速度が温度に関係ない」仮説の理由として,温度が上がれば合成が速くなる反面,抑制も強くなり,温度が下がれば合成速度が遅くなり抑制する力も小さくなります. ヒトの時間機能として,短い時間,1日の時間,5年前とか10年前という長い時間があります.長い時間と短いリズムはヒト特有の機能です.ところが,1日の時間を測る体内時計は,ほとんどの生物に共通している本能行動であり,ヒトの1日は平均25時間です.被験者が,地下壕で自由に照明の明るさを変えられるという生活条件下で,ヒトの1日は平均25時間であることがわかっています.最近,照明の明るさを一定にした臨床研究では,ヒトの1日は平均24時間11分で,24時間より長いと考えられています. 時計遺伝子は「24時間」をいかに決定しているのでしょうか.2005年,kai遺伝子の発現がなくてもIC蛋白質のリン酸化のサイクルが保たれることが発見されました9).IA,IB,ICの蛋白質と,ATP(アデノシン3リン酸)のみを試験管内で混ぜてみたところ,リン酸化サイクルがサーカディアンリズム(概日リズム)を刻みました.体内時計の機能は,生きた細胞がもたらすと考えられていましたが,蛋白質が体内時計の役割を持ちます.シアノバクテリアの時計の原理や特徴を,ヒトや他の生物で検証することは,今後の課題です. ヒトは,1日24時間の生活サイクルを通して,自然環境の中で進化を続けてきました.しかしながら,現代社会は多様化し,24時間活動する社会,シフトワーク,昼夜のない生活習慣,夜間の煌々とした明かり,スマートフォンのディスプレイなど,昼夜のサイクルを逸脱して生活
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