2484適正使用のための臨床時間治療学
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Ⅰ 悪性腫瘍  71第4章 時間治療の実際―生体リズムと薬の使い方―1.正常時には中枢時計である視交叉上核から末梢時計である各臓器や細胞のサーカディアンリズムが階層的に制御されている 生体には,体内時計が存在し,種々の生体リズムを制御しています1,2).その本体は,視神経が交差する視交叉上核に位置し,時計遺伝子のフィードバック機構により制御されています.この遺伝子は中枢のみならず末梢組織でも発現しておりローカル時計として機能しています.すなわち,生体は体内時計の階層構造をうまく利用し,生体のホメオスタシス機構を維持しています.この中枢から末梢の時計の制御には神経系やホルモンのリズムが関与しています3,4).中枢時計が,神経伝達物質とペプチドホルモン,増殖因子およびグルココルチコイドなどの細胞外シグナル伝達のリズムを制御し,末梢細胞の細胞周期やアポトーシスをリズミックに制御しています.細胞の分裂リズムを制御しているWee1遺伝子も時計遺伝子により制御されています5).2.生体リズムの破綻により,コルチゾールや免疫細胞などのサーカディアンリズムが変容し,発がんリスクの増加やがん患者の予後に悪影響をおよぼす 夜間のシフトワーカーは生活リズムが変容するため乳がんの発がんリスクが高まります6).そのリスクは,夜に勤務する年間あたりの回数および週間あたりの時間数と関係して増加します.乳がんの発がんリスク要因として,日周リズムが家族歴以上に重要な要因です6).男性労働者を対象に,勤務時間帯と前立腺がんにかかるリスクの関連が検討され,働く時間が昼夜決まっていない交替制勤務者では,仕事の時間が昼間に限られる日勤者に比較して3.0倍かかりやすい7).仕事の時間が夜間のみの夜勤者については日勤者に比べ2.3倍のリスクが上昇します.家族性睡眠相前進症候群は,PER2遺伝子の662番目のセリンがグリシンに置換した突然変異(S662G)と関係しています8).またPER3の遺伝的多型が,ヒトにおける乳がんの発症リスクと関連します9). Per2変異マウスの行動リズムは,野生型のマウスと比較して周期が短縮し,恒暗条件下では日周リズムが障害されています3,4).細胞の増殖およびDNA損傷の制御に関与しているc-Mycは,野生型のマウスで日周リズムを示しますが,Per2 変異マウスにおいてリズムの位相が変化し過剰に発現しています.Per2 変異がγ線照射後のp53によるアポトーシスを部分的に障害し,遺伝的な不安定性や損傷細胞の増加を導き細胞ががん化します.Per2 変異がBmal1の発現を減少させ,それと関連してc-Mycを抑制しているBmal1/Clock,Bmal1/Npas2が減少し,結果的にc-Mycの発現が増加し,遺伝的な不安定性や損傷細胞の増加を導き細胞ががん化します.3.がん化により中枢から末梢の生体リズム制御機構が変化する 転移性の乳がん患者で,唾液中のコルチゾールの日周リズムが変容しています10).コルチゾールの日周リズムを維持している患者は,コルチゾールの日周リズムが変容している患者と比較して,延命が促進されます.また転移性の大腸がん患者において,睡眠覚醒のリズムが変容しています11).睡眠覚醒の日周リズムを維持している患者では,睡眠覚醒の日周リズムが変容している患者と比較して,延命が促進されます11).大腸がん患者の治療で,生体リズムの調整により,生存率やQOLを向上できます11,12).

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