貧血は,循環赤血球またはヘモグロビン(Hb)の量が低下した状態である.Hb値の基準範囲は,年齢・性別・人種によって異なり,新生児では13 g/dL,乳幼児は11 g/dL,学童は12 g/dL以下が貧血の目安となる. 貧血の病因は,赤血球の①喪失・分布異常,②破壊亢進,③産生障害に分類される.①は外傷や月経過多による出血が代表的である.②は自己免疫性溶血性貧血や新生児溶血性疾患に代表される.③は鉄欠乏性貧血や巨赤芽球性貧血,サラセミアでは赤芽球系細胞のアポトーシスによって無効造血が起きる. 貧血では酸素を臓器に十分に供給できなくなる.中枢臓器への血流集中と血液粘度の低下によって心拍出量が増加して,貧血は代償される.また,赤血球の2,3‒ジホスホグリセリン酸が増えて酸素親和性は低下し,臓器への酸素供給が補われる. 先天性溶血性貧血を学ぶと赤血球生理の理解が進む〔第I部/第1章/2/a.赤血球(p.16~18)と第II部/第1章/A/5.先天性溶血性貧血(p.376~380)を参照〕.赤血球は変形能に富み,毛細血管を容易に通過できる.しかし,日本最多の先天性溶血性貧血である遺伝性球状赤血球症では,赤血球膜の裏打ちをする構造蛋白に異常があり,赤血球の変形能は低下して溶血する.世界最多の遺伝性疾患であるグルコース‒6‒リン酸脱水素酵素(glucose‒6‒phosphate dehy-drogenase:G6PD)欠乏症では,NADPH産生障害から還元型グルタチオン減少をきたして酸化ストレスに脆弱となる. 動悸・息切れ・易疲労性・めまいを自覚する.出血や溶血による急激な貧血は,ショックを引き起こす.一方,赤血球の産生障害や慢性出血による慢性的な貧血では自覚症状に乏しく,貧血の程度と臨床症状は必ずしも相関しない.Hb値が7~8 g/dLとなるまで症状が出にくく,高度な貧血も気づかれないことがある.身体所見では,眼球結膜の蒼白や眼瞼結膜の黄疸,出血斑・肝脾腫・リンパ節腫大に注意する.ビリルビン尿を伴わない黄疸は,間接ビリルビン高値を示し,溶血を示唆する.舌粘膜の萎縮は鉄やビタミンB12(VB12)欠乏を疑わせる.指骨や爪に異常があれば先天性骨髄不全に注意する.甲状腺機能低下症や鉄・VB12欠乏症では神経症状が現れる. 短時間,安価,低侵襲で診断に到ることが強く望まれる.問診と身体所見は依然として最も有用であり,いつごろから貧血症状があったか,下血や月経過多などの出血の有無,食餌内容・発熱・先行感染・黄疸・薬物内服歴について聴取する.小児では遺伝性疾患が多いので,家族歴や既往歴(反復性)を詳細に聴く.家族の黄疸や胆石,胆囊・脾臓摘出術,輸血,出血傾向に注意する. 鑑別する小児疾患は,年齢によって大きく異なる.新生児期の貧血・黄疸では血液型不適合妊娠,遺伝性球状赤血球,G6PD欠乏症が有名である.生後6か月以内の鉄欠乏性貧血は早産児に限られ,正期産児にはまれである.また,この時期の発症は,Hb変異・サラセミア・Diamond‒Blackfan貧血など先天性疾患を示唆する.性別・人種・出生地も大いに参考になる. 初期検査として,血算,網赤血球数,血液像,生化学(I.Bil,LDH,BUN/Cr,血清鉄),尿と便の潜血を調べる.赤血球産生能を示す網赤血球数は,赤血球数に対する%または‰で表記するよりも,絶対数で評価するのがよい.炎症性疾患や感染症を考えるときは赤沈やCRP,蛋白分画もみる. 平均赤血球容積(MCV)と網赤血球数から鑑別診断を始めるのが簡便かつ効率的である(表1).小球性貧血は,Hb合成障害を反映し,小球性貧血では鉄欠乏性貧血が圧倒的に多い.血清鉄が低下し,二次a.貧血定義・概念病因・病態・疫学臨床徴候診断・検査第Ⅰ部 総論30血液・造血器総論5血液・造血器疾患のおもな症候と鑑別第1章
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