2509産婦人科医療裁判に学ぶ
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2第1章 総論 図1は,近年の医療関連事件(民事)の訴訟件数の推移です.1990年以降2000年初頭にかけて訴訟件数が増加し,1999年には患者取り違え事件(最高裁平成19年3月26日決定)*1,消毒薬誤投与事件(東京地裁平成16年1月30日判決)*2といった重大な医療事故事件が起きました. これらの事件が医療現場における医療安全への取り組みに与えた大きなインパクトから,2000年は医療安全元年ともよばれています.これ以降,患者識別方法やダブルチェック,インシデントレポート等の具体的な取り組みが全国的に広がっていきました. 福島大野病院事件(福島地裁平成20年8月20日判決)*3が起きた2006年当時は,医療関連事件の訴訟件数が増加の一途をたどっていた頃でした. 福島大野病院事件での医師の無罪判決などを経て,訴訟件数はいったん減少に転じ,近年は横ばい,または多少の増加傾向にあります.なお,産婦人科領域の訴訟件数は,医療関係訴訟全体の5%超で推移しており(図2),近年は,2009年の産科医療補償制度の創設〔コラム「産科医療補償制度」(p.76)参照〕の影響もあってか,やや減少傾向にあるようです(図3). 医療における不確実性や,ヒューマンエラーを完全に防ぐことの困難さもあり,どんなに幅広く深い医学的知識や経験をもってしても,ときとして望ましくない結果の発生は不可避で医療事件の訴訟件数の推移医療過誤における様々な責任1.医療過誤が起きた場合に医師はどのような責任が問われるのでしょうか?*1: 1999年,大学附属病院において,同じ病棟から1人の病棟看護師が手術室隣の交換ホールに,弁膜症の手術をする患者Aと肺腫瘍の手術をする患者Bとを同時に連れて行ったところ,交換ホールにおいて,AとBに面識のない手術室看護師が患者の引き渡しを受け,Aに対し,「Bさん,よく眠れましたか」と声をかけたところ,難聴のあったAが「はい」と返事する等したため,AとBを取り違えて各手術室に搬送してしまいました.各手術室でも,それぞれ名前をよびかけながら準備が進められましたが,A,B2人ともそれぞれ間違った名前に対して応答してしまったこともあり,そのままAに対して肺の手術が,Bに対して心臓の手術が行われてしまいました.関与した病棟看護師1名,手術室看護師1名,麻酔科医師2名,執刀医2名が刑事責任を問われて罰金刑が確定し,業務停止の行政処分を受けました.*2: 1999年,総合病院病棟において,消毒薬ヒビテン®をヘパリン生食と勘違いして静脈内投与された患者が死亡した事案です.患者は,慢性関節リウマチのため左中指滑膜切除術を受け,術後経過は良好でしたが,看護師が抗生物質の点滴を行った後にヘパリン生食を注射すべきところを誤って,別の患者に使用する消毒液ヒビテン®・グルコネートを注射してしまい,その結果肺塞栓症を起こし,1時間44分後に死亡してしまいました.病院の開設者には,危険回避が可能なシステムを構築せずに危険な医療を提供してきたという組織構造上の過失が認められましたが,誤投与した看護師の過失は否定されました.なお,死亡後の対応において,原因究明義務および情報開示・説明義務違反があった点について病院長,主治医の過失が認められています.*3: 前置胎盤のための帝王切開時に出血多量となり母体が死亡した事案において,執刀医が業務上過失致死と医師法違反の罪で逮捕起訴されました.裁判所は,女性の死因は大量出血によるものであり大量出血は予見できたとしたうえで,医師には胎盤剝離の措置を中止する義務はなく,胎盤剝離は標準的な措置だったとして過失責任を否定し,医師法違反については警察への届出の対象となる異状死にあたらないとして,いずれも無罪が確定しました.

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