疾患概要排便機能が十分に備わる4歳以降になっても,排便すべきでない場所(床など)へ,意図的あるいは意図せずに排便を繰り返す状態であり,便秘を伴わない場合もある1, 2).便秘や心理社会的ストレスが発症の契機となる場合があり,便秘に対する薬物治療だけでなく,児童精神医学の面からの理解とアプローチも必要である.疫 学遺糞症はDSM-5では5歳児の約1%,『カプラン臨床精神医学テキスト』では4歳児の3%,10歳児の1.6%に認められるとされている1, 2).発生率は男児が女児より3~6倍高い2).遺糞症と遺尿症が併存する場合もある2).診断基準米国精神医学会の『精神疾患の分類と診断の手引(DSM-5)』では,遺糞症の診断には下記4項目を満たす必要がある1).①不適切な場所(床や衣服など)へ意図的あるいは意図せずに繰り返される便排泄②①が3か月以上,毎月認められること③4歳以上,または4歳相当の発達水準にあること④①が,便秘を生じるメカニズムは除き,緩下剤などの物質や他の基礎疾患によるものでないこと.さらに,遺糞症は「便秘と溢流性便失禁を伴うもの」と「便秘と溢流性便失禁を伴わないもの」に分類される1, 2).病態と臨床症状(図1)便秘を伴う場合,慢性的な便秘によって大きく硬い便塊が貯留する(便塞栓)ことによって肛門裂傷や排便痛を生じ,さらに排便を抑制するようになり硬い便がより貯留する悪循環が繰り返される.さらに,便塊による慢性的な直腸の膨張によって直腸壁が常に伸展することで直腸の反応性が低下し,排便の必要性を以前にも増して感じなくなり少量の液状便や軟便が漏れる溢流性失禁が生じる.①の「意図的な遺糞症」の例としては,両親に反抗するためや,両親の注意を引くことを意識して行われる場合がある.「意図しない,不随意的な遺糞症」としては,児が便意に気づいていなかったり,別の行為に夢中になっている間に衣服内や床に排便してしまう場合があり,その背景には排便機能に必要な肛門括約筋のコントロール不全があると考えられている1, 2).また,正常な排便習慣が確立した後であっても,さまざまな心理社会的ストレス(例:入学,転居,離婚,同胞の誕生,特定の場所で排便することへの不安)を契機に遺糞症を発症する場合があり2),性的虐待の経験や精神疾患があると遺糞症の発生率が高くなることも報告されている3).④の「便秘を生じるメカニズムは除き」という文言はDSM-5の原文では「with the exception of a mechanism involving constipation」と記載されており1),実際にどのようなメカニズムを除くのかやや難解な表現ではある.前述のように「意図しない,不随意的な遺糞症」では肛門括約筋のコント[第3章]便 秘D 原因と代表的な疾患内科的疾患 6▶▶遺糞症118
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