2534発達障害の診断と治療 ADHDとASD
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▒第2章 ADHDレビューではなく実際に米国の臨床で成人ADHDと診断されている人が,実際にどのような症状と病歴をもっているのか示した研究であり,実在の成人のADHDの臨床像からその実態を帰納的に描き出そうとした画期的な論文である.これらの成人のADHDの症例は,小児期にすでにADHDの診断を受けていたと考えるのが当然であるが,驚くべきことに全症例のうち,小児期~青年期にADHDと診断されていたのは,全体の25%に過ぎなかったのである.著者らはこの結果を,ADHDに対する社会的認知が進んだため,あるいは成人になって就業や結婚などによって,本人の社会的責任や制約が増したためにADHDの症状が顕在化したからではないかと推論している.ADHDが生得的な障害であるという大前提(DSM-5診断基準B: 「不注意,衝動性・多動の症状のいくつかは12歳以前にみられる」)を揺るがす結果であり,成人期発症の「ADHD」が本当に従来の定義によるADHDであるのか議論がある.Moffittらは,この問題を解決するために,ニュージーランドの出生コホートを使って38年間にもわたる追跡調査を行っている5).このコホート研究は1972~1973年にニュージーランドのDunedin市で生まれた1,037人の乳児を38歳になるまで追跡したものである.対象児が11,13,15歳のときにDSM-IIIの診断基準でADHDの診断が行われた.DSM-IIIの診断基準に従ったため,ADHDと診断された61人(有病率:5.9%)はすべて7歳以前に発症している.38歳まで追跡できた1,007人の対象者に対しては,DSM-5の診断基準をもとにした成人の行動様式に合わせた27項目の症状の有無を,訓練を受けた面接官が構造化面接によって確認し,31人が(成人)ADHDと診断された(有病率:3.1%).そこで小児期と成人期の診断を受けた個人を比較したところ,小児期にADHDと診断された対象者のうち,38歳時にADHDの診断基準を満たしていたのはたった3人であり,残りの28人は小児期にADHDと診断されていなかったことが明らかになったのである.このMoffittらのコホート研究結果は,ブラジルでのCayeらによる5,249人というさらに大きな規模の出生コホート研究によっても再現されている6).Cayeらの研究では診断年齢がMoffittらと少し異なり,11歳と18~19歳の2回ADHDの診断が行われ,11歳時には393人(8.9%),18~19歳時には492人(12.2%)がADHDと診断された.Moffittらの結果と同じく,成人期にADHDと診断された症例のうち,小児期からADHDと診断されていたのは60人に過ぎなかったのである.MoffittとCayeの結果をまとめると,小児期にADHDと診断された症例で成人期にもADHDと診断されたのはそれぞれ0.5%,17.2%,逆に成人になってADHDと診断された症例のうち,小児期から診断されていたのはそれぞれ1.0%,12.6%となる.こうした小児期と成人期のADHDの疫学像の相違から,成人期のADHDはもはやDSM-5の神経発達症(neurodevelopmental disorder)とはいえないのではないかという議論もあるが,Cayeらは統合失調症を例にあげて,生得的あるいは遺伝的要因による障害であることと,その発症が成人期であることには矛盾はないと主MoffittとCayeの研究には,小児期と成人期のADHDの症例の間のオーバラップが少ないこと以外に際立った共通点がある.それは男女比である.Moffittの研究では,小児期の男女比は4:1であったが,成人期では3:2に,Cayeの研究では男女比はさらに縮まり,小児期2:1,成人期では逆転して2:3になってしまっている.44子どものADHDと成人のADHDは同じ障害なのか?

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