2534発達障害の診断と治療 ADHDとASD
7/10

Leo Kannerによる「情緒的交流の自閉的障害」(1943) と題する症例報告1)が,最初の自閉症についての論文である.当時は治療対象とみなされていなかった精神薄弱児や,既存のどの診断にも当てはまらない「非定型児」のなかに,自閉的な孤立,強迫性と興味の断片化を特徴とする幼児たちがKannerによって「発見」され,名づけられたといえる.当時の精神医学会は早期児童期発症のschizophrenia(統合失調症)に関心を向けていたことから,Kannerは彼の自閉症児たちがschizophreniaとは異なると主張し,独立した診断類型としての地位の基礎を築いた2).発症時期については,自閉症児は生後まもなくから外界からの極端な孤立を示し,早期児童期発症schizophreniaのように発症前に正常発達の時期がない.自閉症の中核症状の自閉的孤立は,早期児童期発症schizophreniaとは異なり,人との情緒的交流に限局されており,物との「知的な」関係性とは対照的であ本項では,Leo Kannerの最初の症例報告1)から,今日まで約80年に及ぶ自閉症概念の変遷の歴史を振り返る.自閉症の診断的位置づけやよび名は時代によって何度も置き換えられてきた.それは科学的により完全で妥当な定義を求めて行われてきた,神経生物学的研究,臨床観察および追跡研究,家族研究,遺伝子研究などの歴史の反映でもある.る.経過についても,早期児童期発症schizophreniaとは異なり,本質的に変わらないものの,言語はより伝達的となり,食事を受け入れ,音と動く物への恐怖には耐性がつき,限られた人との接触は改善し,少なくとも子ども集団の近くで遊べるようになるなど進歩する(「初めは完全なストレンジャーであった世界の中に,用心深く触手をのばしながら,しだいに歩み寄っていく」).最初の論文1)に報告された11名の児童症例の概要については,本章の「1ライフコースに沿った臨床症状とその経過:d成人期」の表1(p.140)を参照されたい.一方,病因論に関して,「生まれてすぐから孤立がみられるということから,その原因を初期の親子関係のあり方で説明するわけにはいかない」(文献1のp.250)と養育環境と自閉症との単純な因果関係づけをはっきりと否定している.ただし,生来的な遺伝素因を想定したうえで,人格発達の初期に受けた「情緒的に冷たい」親の養育という環境要因の影響は除外していなかった.ここで注意しておきたいのは,11症例の親や親戚のプロフィールは,今日私たちが経験する家族と比較して際立って独特で,代表的なサンプルとはいえないことである.彼らは共通して「高い知性」をもち,「強迫的」で,「学問や芸術などにとらわれ」ていて,「人に対する本当の興味がない」人々であった.また当時の米国では,子どもを甘やかすと修復できないダメージを受け,将来,競争に負け,成功できなくなるといった偏った育児論が模範的とされていたという点も考慮すべきであろう3).114はじめにLeoKannerによる自閉症の発見第3章 ASD1障害概念の歴史的経緯と今日の診断分類

元のページ  ../index.html#7

このブックを見る