2535筋学を築き上げた人々
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事の始め 誰が最初に切開された皮膚の下に筋肉からなる「身(chair)」を見つけ,驚嘆したのだろうか? 誰が筋肉に運動の役割を認めたのだろうか? もし古代のガレノスの言葉を信じれば,もし現代にずっと近いドロシー・ニーダム(Dorothy Needham)1)の分析を信じれば,それはアレクサンドリアのヘロフィルスのようだ.ヘロフィルスは筋肉,神経,腱,腱膜,靱帯を紀元前3世紀の初め頃に区別していたようだ.彼が登場するまでは皮膚の下に骨,神経,靱帯が一つの塊となって混ざり合っている詰め物だというコス島の主,ヒポクラテスの考えが主流だった.つまり血管を内包していると認識されていた.アリストテレスは四肢の動きを見てその幾何学的な論理について考えていたが,皮膚の下のことには関わらなかった.ただ,無限に分割しうる唯一の物体であると見なしていた「身」には,触覚があると考えていた.ここでもガレノスの言葉を信じれば,ヘロフィルスはもう少しこの考え方の先を行っていて,脳室の中に存在するとされていた魂が運動機能を担うと見なしていた当時のドグマからは距離を置いていたらしい.彼は筋肉-神経-腱という一体のものに動きを始める力があると見なしていた.皮膚の下にある紐に似た臓器の解剖学的発見ののち,筋肉に収縮する力があると認めて,この収縮についての最初の理論を打ち出したのはヘロフィルスの若い弟子エラシストラトスだったようだ.心的霊気(pneuma psychiké)が脳室を降り,動脈によって分配され,筋肉は膨らみ短くなって,収縮するのだと想像していた. 実際のところ,筋肉に動きに関わる機能があることを認め,筋肉が血液由来の粒子の単純な混合物とは異なる構造物であると考えたのは,紀元前2世紀にエフェソスに住んでいたムソニウス・ルフスという名の人物だったようだ2).血管と血管の間にあるこの固い「身」の中に,彼は線維質で弾力のある塊としての筋肉(muscle)を同定した.このはるか遠い昔の時代でさえ,今日でもまだなおそうだが,誰が最初にそれを発見したのかという論争が起こりうるようだ.第1章「身」から筋肉へ 古代のガレノスら,ヴェサリウスら,ファロピオら,コロンボら,機械屋ボレリ,バルテス,偉大なウインスローののちに・・・またその他の多くの近代の解剖学者,生理学者ののちに,動きの生理学についてなすべきことが果たして残っているのだろうか?デュシェンヌ・ドゥ・ブーローニュ『運動の生理学』の序文

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