2597ライソゾーム病改訂第2版
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D123 薬理学的シャペロン療法(pharmacological chap-erone therapy:PCT)(またはケミカルシャペロン療法〈chemical chaperone therapy〉)は,低分子化合物を用いて,変異酵素の活性を回復させる治療法である.ライソゾーム病(lysosomal storage dis-ease)のなかでは,ファブリー病(Fabry disease)の治療薬のみPCTが実用化され日常診療において使用されている.本項では,ファブリー病に対するミガーラスタット(migalastat)療法を中心に,開発の経緯,PCTの適応,有効性について紹介し,他のライソゾーム病も含めた開発の現状と将来展望を概説する. シャペロン(chaperon)の語源は,フランス語に由来し,社交界などで,若い女性の介添人のことを意味していた.分子生物学において,細胞内で蛋白質が新規に合成される際に,介添え役を果たす分子メカニズムが解明されるなかで,この介添え役の分子がシャペロンと名づけられた.シャペロンは,合成された蛋白質の正常な立体構造を形成するのを助け(フォールディング,folding),蛋白質の凝集や分解を防ぐ働きがある.シャペロン作用をもつ生体内の分子は複数発見されており,シャペロニン(chaperonin)と名づけられた.シャペロニン自体は巨大な蛋白複合体を形成している.低分子化合物を用いたPCTと区別する際には,生体内で発見される分子は,分子シャペロン(molecular chaperone)とよばれる. 1993年にSuzukiらは,ファブリー病の病因となる変異酵素が,基質であるガラクトース(galac-tose:Gal)存在下で安定化し,酵素の活性が回復する現象を初めて報告し,PCTの概念を提唱した1).ガラクトースの類似の構造を有し,α-ガラクトシダーゼ(α-galactosidase:α-GAL,GLA)に競合阻害作用をもつ1-デオキシガラクトノジリマイシン(1-deoxygalactonojirimycin:DGJ)(ミガーラスタット)の少量投与により変異酵素が安定化され,ライソゾーム(lysosome)内への輸送を増加させることを報告した.細胞レベルのみならず,この低分子化合物を疾患モデルマウスに経口投与することで,標的臓器における変異酵素活性が回復することが示された2).その後,製薬企業主導の非臨床試験,臨床試験を経て,まず欧州(EU)で2016年5月に承認され,2018年3月に日本で承認された.アメリカでは日本で承認後の2018年8月に承認されている.D-7 薬理学的シャペロン療法(PCT) │ 123 ライソゾーム酵素(lysosomal enzyme)は,細胞内の小胞体で合成され,翻訳後修飾を経てライソゾーム内へ輸送される.酵素はライソゾームへ輸送されるまでは中性の環境に保たれているが,ライソゾーム内でpHが酸性となり,酵素活性を発揮する.変異GLAに対してDGJが酵素活性を回復させる作用機序としては,GLAの新規合成過程で,DGJが酵素の活性中心に結合し,蛋白質の正常なフォールディングを助け,変異酵素の凝集や分解を防ぐ.活性中心にDGJが結合したままでは基質との結合を阻害してしまうため,ライソゾーム内の酸性環境下ではDGJとの結合は弱くなり酵素活性を発揮するものと考えられている(図1). PCTは原理的に変異酵素の活性を回復するこはじめに薬理学的シャペロン治療(PCT)の発見大阪公立大学大学院医学研究科発達小児医学 濱崎考史ライソゾーム病での薬理学的シャペロン療法(PCT)の作用機序と課題薬理学的シャペロン療法(PCT)ライソゾーム病の治療D-7

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