2613子どもの精神保健テキスト 改訂第3版
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3. 心的外傷後ストレス障害(post‒(図2)が提唱された.特に中心的な特徴としてあげられるのが,感情調節の困難さである.心の中に自らを慰め落ち着かせてくれるアタッチメント対象を育めなかった子どもは,感情を爆発させるか締め出すかという選択をとらざるを得ず,それゆえにさらなるトラウマに晒される危険性があることは留意しておきたい.なお,DTDは診断名として採用されていないが,その重症なものは後述の複雑性PTSDとほぼ一致する病態である.感情調節の困難さのほか否定的な自己概念と対人関係の構築困難が診断基準にあげられており,これからの臨床診断としては複雑性PTSDが用いられるだろう.traumatic stress disorder:PTSD)74⿟概念 強い恐怖体験に引き続いて生じる特徴的なストレス症状群である.⿟疫学と病因 成人では,トラウマ体験に曝露された場合,急性ストレス反応を生じ,さらにPTSDに発展することが示唆されている.子どもでは,身体的あるいは情動的な外傷を受けた場合,PTSDに発展するが,報告にかなり幅があり,個人のもつ要因が発症とかかわっている可能性が示唆されるため個別的な観察が必要とされる. 仮説として,基本的信頼の崩壊,認知情報の過剰な負担,通常であれば何でもない刺激が不安を拡大するメカニズムなどがあげられている.PTSDの発現と持続には,コルチゾールなどのホルモンの分泌や自律神経の調節機能に変化が起こり,二次的に発達や認知機能の異常をきたすなど,神経発達的因子の関与も想定されている.⿟出来事の基準 災害,暴力,深刻な性被害,重度事故,戦闘,虐待など.そのような出来事に他人が巻き込まれるのを目撃することや,家族や親しい者が巻き込まれたのを知ることも含まれる.また災害救援者の体験もトラウマとなりうる.伝聞によるトラウマ体験は近親者あるいは養育者に生じたものに限られており,特にメディア・画像を通じてのトラウマへの曝露は除外されている.子どもは大人よりも圧倒的に社会的に弱い立場にあり,また神経系の発達途上にあることから,トラウマ体験が起こりやすい一方で症状があいまいであるため,子どもの出来事の基準については今後検討を要する.⿟症状①侵入症状 トラウマとなった出来事に関する不快で苦痛な記憶が突然蘇ってきたり(フラッシュバック現象),悪夢として反復される.また思い出したときに気持ちが動揺したり,動悸や発汗などの不安による身体反応を伴う.子どもの場合には,全般的な活気の乏しさやトラウマに特徴的な遊び(地震や津波を模倣したものなど)の存在を通じて,再体験症状を評価することが可能である.②回避症状 出来事に関して思い出したり考えたりすることを極力避けようしたり,思い出させる人物,事,状況や会話を回避する.子どもの場合は退行現象(赤ちゃん返り)がみられることが多い.それまで自立してできていたことができなくなり,親から離れられない分離不安症状が強くなる.新しい体験をさけてひきこもろうとすることや,時間感覚や視覚などの知覚異常も指摘されており,無表情であったり,喜びを感じられなくなることもある.③認知と気分の陰性の変化 否定的な認知,興味や関心の喪失,周囲との疎隔感や孤立感を感じて,陽性の感情(幸福,愛情など)がもてなくなる.④覚醒度と反応性の著しい変化 トラウマ体験から自分を守るための生理的反

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