3)トラウマと虐待 戦争や災害によるトラウマは,その地域の人間に共通して起こり,トラウマを受けた者同士に連帯感が生じることなどもあるが,虐待は基本的にその子どもやきょうだいなどだけに起こる特異的なトラウマであり,連帯感や周囲からの援助は受けにくい. トラウマ状態が日常でかつ,トラウマを癒す場の欠如があるため,発達に様々な影響があることが脳画像などの所見からも明らかになってきた. 被虐待児がADHD児と類似した行動をとることがあり,ADHD like syndromeとよばれることがある.しかし,被虐待児のADHD症状は,外傷体験から自分を守るための生理的反応であり,ADHDの子どもと比べて,場面により症状が大きく変化し一貫性がない.4)逆境的小児期体験(ACEs) トラウマによる傷つきの要因はさまざまであるが,幼少期の体験は人生に大きな影響をもたらすことが明らかにされている.「逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences:ACEs)」に関する研究では,18歳までの虐待や家族の機能不全といった出来事を数多く体験するほど,成人期以降の心身の疾患や社会適応の状態を悪化させ,暴力の連鎖や寿命の縮小につながることが明らかとなっている(図1).このACEs研究は,幼少期の体験が長期にわたって影響をもたらすことを示すもので,現在起きている行動や症状を過去のトラウマ体験から理解するトラウマインフォームドケアのアプローチの根拠にもなっている. 安全ではない環境に置かれた子どもは,常に危険に備えて覚醒レベルをあげて対応するよりほかなく,結果的に,身体的・社会的な成長に使うべきエネルギーを浪費してしまい,脳や神経系の発達への深刻なダメージを被るのである.特に被虐待体験におけるトラウマは,日常生活のなかで生じることが大きな特徴である.72対する反応としては,接近と回避,気楽にさせようとすることへの抵抗,冷ややかな警戒心をあらわにすることなどがあげられる. 脱抑制型対人交流障害(Disinhibited Social Engagement Disorder:DSED)はDSM‒5で新たにカテゴリー化され,重要度が増した.それほどよく知らない人間に対しても過度の馴れ馴れしさを示すなど,愛着の対象を選ぶことをしないという特徴がある. 小児期早期では,その年齢で期待される社会性の発達が達成されていない.生後2か月では追視や反射性微笑の欠如,生後5か月では抱き上げてもらおうと手を伸ばすことをしない,生後8か月では親に対して愛着や接触を求めるようなはっきりした行動を示さず,抱っこされることに対する抵抗を示す,などである. 反復的ないし常同的な行動パターンが認められないことで,ASDの対人性の障害と区別することができる. なお,基本的な考え方は,ASDの対人性の問題は生得的要因,アタッチメント障害/愛着障害は後天的要因であるが,両者が混在,あるいは区別がむずかしいことも少なくない.対応と治療 基本的な内科的治療,十分な養育の提供,親の教育と精神科的治療がしばしば必要となり,法的な介入が適用される場合もある.内科的介入と精神科的介入を組みあわせる場合は,入院適応となることが多い.入院や治療により著明な臨床的改善がみられることで診断を確定できるが,逆に改善が思わしくない場合は,その他の障害の存在や治療前に身体的損傷を伴う内科的合併症が生じていたことを考慮する必要がある. 適切な支援が得られれば,改善が期待できる.介入が遅れれば,たとえ体の成長が改善しても,情緒的な問題や発達の遅延が残る場合がある.
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