株式会社 診断と治療社

自閉症かな?と思ったとき 寝返り,ハイハイ,お座り,歩行からわかること

自閉症の診断は子どもが2歳以上にならないと明らかにできないのが常であるが,テイテルバウムらの約20年にわたる研究によって,自閉症やアスペルガー症候群の可能性は,赤ちゃんのうちからその兆候が見つけられることがわかった.専門医に限らず母親やその保護者が見分けられる方法を多数のイラストによって具体的に提示,適切な診断・療育を初期段階から始めることがいかに効果的であるかを説く道標の書.
定価:
3,080円(本体価格 2,800円+税)
発行日:
2014/04/28
ISBN:
9784787820891
頁:
135頁
判型:
B5
製本:
並製
在庫:
在庫あり
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序文

謝  辞
Acknowledgments

 本書で述べたわれわれの研究は,長い時間かけて広まり,多くの人々によって支持されてきました.ここに感謝の意を表したいと思います.
 アメリカやイスラエルに住むご家族らが,自分たちと同じ悩みを抱えている家族の不安が軽減されることを願って,子どものビデオ記録を送ってくださいました.彼らがいなければ,この研究はできませんでした.
 われわれの最初の支持者であるPat Amosは,本書の基礎をなすデータ収集を手伝ってくれました.
 Cure Autism Now(CAN)*1のPortia IversenとJohn Shestackは,われわれの研究に支援が必要なとき,手をさし伸べてくれました.
 Danny Homanは原稿を執筆する際,ともに粘り強く取り組んでくれました.
 コンピュータの専門家であるJoshua B. Fryman博士は,その時点での最新のコンピュータ設備を用いてデータを分析し統合してくれました.
 Joe KellyはJoshuaが学校を卒業するために学業に専念している間,コンピュータ関連の仕事を引き継いで,われわれの研究に関するウェブサイトをデザインしてくれました.
 Jim Qualizzaはエレクトロニクスやデジタル関連すべてのことに加えて,それ以外にもわれわれを援助し続けてくれました.
 小児科医であるTom Benton博士は自身の発達クリニックで,進んで傾斜テストを行ってくれました.
 フロリダ州ゲインズビルにあるA. C. G. セラピーセンター*2(www.acgtherapycenter.com)のCaroline Niederkohrと彼女のチームは,われわれが自閉症児の親と連絡をとる際に協力してくれました.
 Andrea Princeの枯れることのないエネルギーと舞台裏での貢献によって,われわれは研究に集中することができました.また,Tana Bleserによるデジタル面での援助は,本の完成まで長く続きました.そしてKathy Bergerは最近チームに加わり,文献検索や利用可能な治療センター,セラピーを調べることに尽力してくれました.
 イスラエルの共同研究者Helen Horwizは,Kibbutz Merchavia*3で保育所を運営しています.彼女の何年にもわたって赤ちゃんに働きかける熱意と洞察力,そして彼女の熱心な援助が定型発達児研究を大いに支えてきました.
 Uchma ShafranとAvner Shafranは,イスラエル滞在中,われわれが必要としたことは何でも(会議,技術的援助,子守でさえも),いつも楽しそうに進んで手伝ってくれました.
 Noga Reichmanは非常に多くの支援をしてくださいました.
 発行人であるRudy Shurとわれわれを結びつけたのは,神のご加護でしょう.博識で,非常に細部まで注意深くわれわれを導いてくれました.彼のおかげでわれわれは骨の折れる出版過程を乗り切ることができました.どんなに感謝してもしきれません.
 本書の出版による恩恵の一つに,編集長Joanne Abramsとともに働く機会を得たことがあります.何事も見落さない彼女の綿密で鋭い知性により,われわれの仕事は最良の形で結実したのです.
 子どもたちの運動パターンの挿し絵は,本書の重要な部分(核心)です.これらのイラストを忠実に描いてくれたアーティストCathy Morrisonに感謝します.
 冬休みを使って原稿を読んでくれた,現在スタンフォード大学に通う息子Jonathanに感謝します.われわれの研究を日常的な言葉で説明するのはたやすい作業ではありませんでしたが,彼の聡明な耳と言語能力がそれをなし得ました.
 最後にわれわれは,世界中の自閉症児の母親と父親に感謝の意を表したいと思います.多くの場合,親は養育者という責務を担っています.自閉症児がもっと暮らしやすい社会を作るための彼らの日々の闘いは,見事というよりほかありません.われわれは本書で,赤ちゃんの運動発達の初期の段階で使用可能な簡便で実用的な方法を呈示しています.自閉症の分野においてもっとも急がれるべきことは,低年齢で診断されることであると信じています.

*1
【訳者注】Cure Autism Now(CAN)
は自閉症の子どもをもつPortia IversenとJohn Shestackが1995年に設立した親,臨床家,科学者の団体で,自閉症の生物学的研究に助成金を支給している.2007年にAutism Speaks(「資料」参照)と統合された.

*2
【訳者注】A. C. G.セラピーセンターは,言語聴覚療法,作業療法を提供する外来治療サービスを行っている.

*3
【訳者注】北部イスラエルの都市.



発行によせて
Foreword

 私たちの第1子であるDovが生まれて数か月間,子どもの様子がなにかおかしいと感じ,とても心配しました.それはなにか特別なことというほどではなく,また妊娠中に買った赤ちゃんの本に書かれているようなことでもありませんでした.診察した小児科医は正常ではないということを感じてはいましたが,なにか対処したほうがよい事態であるとは認識していませんでした.
 息子のDovは生後21か月のときに自閉症と診断されました.それまで言葉を発することがなく,対人的相互作用(人とのやり取り)には興味を示さず,その代わりに偏った興味・関心をもつようになっていました.いまDovのビデオを見返してみると,生後6か月ですでに,自閉症と診断できる一連の症状が数多くみられます.両親や医師に認識されていないこれらの症状が,まさに本書の重要なテーマです.
 Dovが3歳になったとき,夫のJohn Shestackとともに,Cure Autism Now基金を設立しました.その直後の1998年に,私は自閉症の人々の運動障害について書かれたOsnat TeitelbaumとPhilip Teitelbaumの最初の論文*1を読み,とても興奮しました.なぜなら彼らは,自閉症を定義するためにこれまで使われてきた社会的行動に対する主観的な指針ではなく,客観的で定量可能なものを用いて自閉症を診断していたからです.1999年に私は,OsnatとPhilipをCure Autism Nowの年次総会の基調講演に招待しました.その講演に参加した研究者たちは今でもまだ,その講演のことは決して忘れられないと口を揃えて言います.Teitelbaumの講演の特別ゲストは6歳の双子の兄弟で,彼らは3歳のときにスタンフォード大学で自閉症の診断を受けていました.兄弟はともに集中的な早期介入を受けており,6歳の時点で1人は定型発達児と区別ができないほどでしたが,もう1人は重篤な自閉症を示していました.本書で述べられている初期の運動発達の差異の研究などについて講演したのち,Philip Teitelbaumは双子の1歳時のホームビデオを見せ,自分たちが示した基準を用いると,2人の子どものうちどちらがのちに自閉症を示すようになったと思うか,という質問しました.どのようなことに注目すればよいか知っていれば,それはすぐにわかることでした.双子のうちの1人は,Teitelbaumが述べたような運動徴候のすべてを示したのに対し,もう1人の児はそれをまったく示していませんでした.
 Teitelbaumの仮説は単純ですが独創的です.つまり,自閉症児・者にみられる異常な運動行動は,発達のもっと初期の段階で発見できるのではないか,ということです.これは,超早期診断が可能であることを意味しています.またそれは,自閉症が社会性およびコミュニケーションの障害として現れても,その基礎にある原因はそれとは違う可能性があることも意味しています.後者の意味するところは非常に重要です.なぜなら,過去10年間にわたって自閉症研究が盛んに行われてきたにもかかわらず,70年前にKannerが確立した行動モデルにいまだ規定され続けているからです.そして,ここ10年でテクノロジーや分子生物学,脳の研究が大きく進歩したにもかかわらず,自閉症はいまだ,特定の行動に対して推察される意味づけをもとにつくられた基準に基づく,主観的な行動観察によって診断されています.
 Teitelbaumが発表した最初の論文*1から9年が経ちましたが,この重要な研究がそれほど普及しなかったこと,臨床診断に活用されてこなかったこと,他の研究室で追試されなかったこと,そしてわれわれの研究パラダイムにいまだに影響を与えていないこと,あるいは自閉症の遺伝型と表現型を関連づける研究が進まなかったことは,非常に残念なことです.私が本書の発行を歓迎するのは,こういった理由によります.なぜ,この分野で研究の追試が行われてこなかったのかをPhilip Teitelbaumに尋ねたところ,彼は以下のように説明してくれました.「科学の進歩は比較的早いけれども,この場合,おもな理由は,自閉症分野の他の科学者たちがEWMN法(Eshkol-Wachman運動表記はテルアビブ大学のNoa Eshkol名誉教授とその学生たち,ならびにAvraham Wachman名誉教授によって1958年に作り出された運動解析システムで,詳細はhttp://www.movementnotation.com/とhttp://biology.mcgill.ca/perspage/ew_page.htmを参照のこと)をもたないことです.これは,Louis Pasteur*2の研究と共通する部分があります.彼が顕微鏡を用いたことで,今まで見ることのできなかった微生物を見ることができるようになりました.加えて,他のすべての分野(音楽,数学,コンピュータ,ソフトウェアなど)と同様,情報を収集し,その分野を統合する概念を定式化するには,ふさわしい方法論(と装置)が必要なのです.」
 本書でTeitelbaumらは,読者がしり込みするような複雑なテーマを,非常に読みやすく,かつ理解しやすく説明しています.自閉症の可能性を示す初期の徴候は,おもに三つのカテゴリーに分類されます.それは,運動,対称性,運動発達の三つで,それぞれ利用しやすい,実用的な方法で記述されています.そして保護者が子どもの発達に疑わしい点を見つけたならば率先して調べるよう奨励し,その方法を説明しています.Teitelbaumは,自閉症の診断については専門家に任せるべきだとしていますが,一方で親ほど子どものことを理解している者はいないと繰り返し述べています.現在でも,Teitelbaumが主張する「自閉症を見極めるのに,児童発達の専門家である必要はない」という考えは,極端な考え方だと見なされています.
 Teitelbaumの研究は,専門家ではなくわれわれ親の観察や記録によって自閉症の診断や定義が可能になる,という歓迎すべきパラダイムシフト(枠組みの転換)です.しかし,おそらくもっとも重要なことは,親や医師が子どもに早期から現れる徴候を見つけて,子どもが発達の道筋から外れるかもしれない可能性に気づくことで,早期に介入が開始できる,ということです.
 本書が自閉症の研究分野を占有してきた古い行動モデルからの脱却を促し,そしてTeitelbaumらの重要な研究がさらに拡大・普及する刺激となることを願います.PhilipやOsnatと同様,私は親こそがわが子のことを1番よく知っているのだから,自らの観察を信じるようにと自閉症児をもつ親を勇気づけたいと思います.私はPhilipとOsnatの素晴らしい研究内容を知る幸運に恵まれました.彼らが子どもたちを援助するためにたゆまぬ献身を捧げてくれることに感謝します.
Portia Iversen
Cure Autism Now共同創設者
「Strange Son」の著者

*1
【訳者注】Teitelbaum P, et al. Movement analysis in infancy may be useful for early diagnosis of autism. Proc Natl Acad Sci USA 1998;95:13982-13987.
すでに自閉症と診断された17人の子どもが赤ちゃんのときのビデオをみて運動を分析し,自閉症児の赤ちゃんの頃の運動スキルの問題について考察している.「序文」参照のこと.

*2
【訳者注】フランスの化学・細菌学者.光学異性体の発見,狂犬病ワクチンの開発など,その分野で多くの業績を残した.



序  文
Preface

 のちに自閉症と診断される赤ちゃんの運動パターンの観察は,友人であるRalph Maurer博士の講義にPhilipが参加したことから始まりました.自閉症研究の先駆者であるMaurer博士は講義の中で3~11歳の自閉症児のビデオを見せ,彼らの非定型的な足取り(歩行パターン)をParkinson病患者のものと比較しました.すると,自閉症児と高齢のParkinson病患者との間に顕著な類似性がみられました.
 このことにPhilipは興味をもち,もし自閉症児が3歳時にすでに非定型的な運動を示しているならば,これまで自閉症の診断が可能とされていた年齢よりももっと前,つまり赤ちゃんのときから異常な運動パターンを示すのではないかと推察しました.この考えが正しいかどうかを突きとめるため,われわれは後に自閉症と診断される子どもの赤ちゃんの頃のビデオを観る必要がありました.誰がこのようなビデオをもっていたかというと,子どもたちの親です.
 われわれは自閉症児の親を支援するために作られた地方団体の広報誌に住所を掲載してもらいました.するとまもなく,ビデオテープが送られてきました.Osnatはそれらを観て,運動を記録し始めました.運動の記録にはEshkol-Wachman運動表記(Eshkol-Wachman Movement Notation:EWMN)*1という特別な分析システムを用いました.これは,Noa EshkolとAvraham Wachmanが1958年にはじめて発表したもので,運動言語の一つです.EWMNを使うことで運動パターンを観察し,記録し,読むことができます.そして,混沌として無意味に思われる運動パターンに法則を見出すことができるのです.EWMNによってはじめて,自閉症の赤ちゃんと自閉症でない赤ちゃんの運動の比較が意味づけされるのです.一般的に,英語のような音声言語は運動について述べることを意図して作成されていません.たとえば,もし誰かが頭の上に手をあげるように言うと,さまざまな解釈ができます.前方から弧を描くように手をあげることもあれば,横から弧を描くように手をあげることもあります.しかしEWMNによって,運動は曖昧さのない方法で記録できることになります.
 一連の運動の流れの中からターゲットとなる運動のみを取り出さなければならないので,運動を観察し記録するという作業には非常に時間がかかっていました.ビデオは通常,誕生日や休日,長期休暇といった特別な出来事があるときにのみ撮影されていました.そのため,ビデオテープのなかから中断されていない一連の動きが観察できる箇所を見つけ,さらに,そのなかから四肢の軌道のみを抽出して別々に記録するのは非常に時間がかかりました.しかしその結果,記号を用いて連続的な「画像」を作ることができました.この作業中Osnatは,画像をとめたり,重要な動きを速度を変えてみたりはせず,何度も繰り返して映像をみました.音声を消して映像をみることで運動に焦点をあて,社会的文脈を排除しました.このような研究方法で子どもたちの運動に関する最初の研究を終えるのに5年かかりました.
 寝返りをうったり,座ったり,立ったり,歩いたりする子どもの様子をOsnatが観察していると,ある非定型的な運動パターンが繰り返し現れ始めました.生後数か月の児でさえ(自閉症と診断されている子どもに言語や社会的な問題行動が認められるよりもずっと以前に),どこかおかしいと思われる徴候がみられました.のちに自閉症と診断される子どもの多くは,寝返りやお座りといった生後1年間で習得する運動スキルに問題があるか,またはこれらのスキルをまったく習得できないかのいずれかでした.
 Osnatは異常な運動パターンに気づくたびにPhilipと議論し,Philipは運動をもっとよく理解するため神経学的な背景を探究しました.この作業もまた簡単ではありませんでした.自閉症児に何がおきているのかをもっとよく理解するため,床に座ったり横になったりして,観察した運動の再現を試みました.
 1998年にアメリカ科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences:PNAS)に掲載されたわれわれの原著論文“Movement Analysis in Infancy May Be Useful for Early Diagnosis of Autism”は,17人の子どもの観察に基づいています.論文が掲載されてほどなく,ニューヨークタイムズ紙にわれわれの発見に関する記事が掲載されたことにより,自閉症とAsperger障害の子どもの親からたくさんのビデオテープが送られてきました.そこでわれわれは初めの頃と同じように,この送られてきたビデオテープをみて異常な運動を何度も繰り返し観察しました.そして現在,ゆうに100本を超すビデオテープから異常な運動を見つけました.
 送っていただいたビデオテープには,子どもの親からの手紙が添えられていました.多くの親は早期から自分の赤ちゃんがどこかおかしいとわかっていたのですが,医師にそれを理解してもらえなかったという事実に衝撃を受けました.p. xivに掲載している手紙は,われわれが受け取った手紙のなかの一つです.
 全国の自閉症の子どもをもつお母さんやお父さんからビデオテープと手紙を受け取ることに加えて,われわれは学会会場でもしばしば声をかけられました.それは,のちに自閉症やAsperger障害と診断された子どもが赤ちゃんだった頃の行動について発表したあとのことだったので,親からは「まさに私たちの子どものことについて話してくれた」と言われたものでした.そしてまもなく,多くの親が支援を必要としていることがはっきりしました.赤ちゃんに自閉症やAsperger障害の危険性があるかどうかを見極めるため,親はどのような行動が自閉症やAsperger障害にみられるかを知る必要がありました.また,なかには成長しても運動スキルの問題を持ち続ける子どもがいること,そして特定の非定型的な運動が長期間みられる場合は,自閉症と関連した神経学的障害を示す可能性があるということを理解している保育の専門家を必要としていました.
 自閉症に対する考え方は自閉症団体ごとにそれぞれ矛盾があり,また,それらはしばしば相反する内容です.一方,自閉症の専門家の意見が一致するであろうと思われる重要な点として,早くから自閉症を診断し介入を始めれば,子どもの支援される機会が多くなるということがあげられます.本書が自閉症の診断アプローチの新たな扉を開くことを願っています.そうすれば,親と専門家が早期から等しく子どもを支援できるでしょう.そして,そのときにこの支援は非常に価値あるものとなるでしょう.

*1
【訳者注】EWMN表記では,時間軸におけるある時点での身体の位置を三次元上の点として表し,それを時間に沿って連続的につなげることで運動の軌道を明確にする.四肢体幹の運動の状態を線画によって表現する.



監訳者の序

 本書を日本で出版することができ心より嬉しく思うのと同時に,一抹の不安も覚えます.出版を考えたとき,この内容が果たして日本で受け入れられるものかどうか考え込んだからでした.最初にお断りしておきたいのは,本書が決して育児不安を煽ろうとしているものではないということです.また,乳児期早期に発達障害の確定診断が可能であると言っているわけでもありません.著者らが強調していることは,発達障害を示すかもしれない徴候が想像以上に早期にみられるということです.もちろん,その徴候は他の疾患(脳性麻痺,神経・筋疾患,代謝性疾患など)と区別がつかない場合も多々あります.ですが確定診断はさておき,発達に懸念を抱くことがあれば,待つことなく介入を始めてみようではありませんか,そう読者に呼びかけているのです.よりよく観察することは,よりよくかかわることに繋がると思います.
 本書はTeitelbaumらの研究について,一般の方向けに書かれた平易な内容になっています.そのため翻訳に際しても,できる限りわかりやすい表現にするよう努めました.まず,Chapter 1~4で自閉症の概観と運動発達の問題に関する基本概念を総論的に紹介し,Chapter 5~8ではそれぞれの運動のマイルストーンについて各論的に運動の詳細が述べられています.本書の優れている点は,ただ運動の問題を指摘するにとどまらず,家庭で何に注目して運動を観察し,支援として何を実践したらよいか具体的に提示していることです.さらにChapter 9では,アメリカで行われている支援の実際が細かく紹介されています.専門用語に関しては,巻末の用語解説で著者らが説明を加えています.さらに,解説が不十分と思われる箇所や,日本の現状に沿っていないと思われる箇所には訳者注を付けました.用語については基本的に「小児科学会用語集」「小児神経学会用語集」に準拠しましたが,訳者が適宜和訳しています.また,“parents”の訳語は「親」に統一しました.
 本書が出版されるに至った経緯をご紹介したいと思います.私は8年前に広島市こども療育センターに赴任し,発達障害臨床に携わる日々を本格的にスタートさせました.毎日,発達障害と思われる子どもたちと出会い生育歴を尋ねてみて,ある疑問に行き当たりました.それは,「発達障害は言語発達のみならず運動発達にも問題がある」ということでした.「うちの子はハイハイをしませんでした」「つかまり立ちしてから寝返りしました」「生後10か月でお座り,ハイハイ,つかまり立ちを同時に始めました」「身体がぐにゃぐにゃして柔らかい赤ちゃんでした」など,保護者から聴く子どもの発達過程はさまざまでした.それ以前にも発達障害臨床に携わってきましたが,ここまで運動発達に対して明確な問題意識をもったことはありませんでした.また逆に,運動発達遅滞を主訴に当センターを受診する赤ちゃんの中には,最終的には正常範囲内で独歩を獲得し,問題が運動から言語にシフトして広汎性発達障害と診断される児もいます.2008年,日本小児科学会広島地方会で後者の症例について発表するにあたり文献を探していたところ,本書を紹介してくださったのが児童精神科医の大澤多美子氏でした.
 Philip Teitelbaum,Osnat Teitelbaumの研究には衝撃と感銘を受けました.彼らはすでに,発達障害と診断された子どもの赤ちゃん時代のビデオをEshkol-Wachman運動表記という科学的手法を用いて後方視的に解析し,発達障害と赤ちゃんの運動の問題を解き明かしていたからです.はからずも,私はこの解析方法にすでに触れたことがありました.遡りますが,福井医科大学で私が小児科医となるきっかけとなった師,福井医科大学小児科助教授の小西行郎氏(現・同志社大学赤ちゃん学研究センター教授)は,赤ちゃんの自発運動(general movement:GM)の専門家でした.師のもと東京女子医科大学乳児行動発達行動学講座で研究を行っていた折,共同研究者であった東京大学教育学部助教授の多賀厳太郎氏(現・東京大学大学院教育学研究科教授)の研究室で,私はEshkol-Wachman運動表記を用いて赤ちゃんのGMのデータ入力をしていました.以前からGM解析は脳性麻痺の早期発見に貢献すると期待されていましたが,当時,GMの文献を紐解くと,GMに異常のある赤ちゃんの中にのちに発達障害と診断される者がいると指摘され始めていました.本書に出会ったとき,私はまさにそのことを思い出したのでした.
 その後,発達障害と運動の問題に関する研究は,すでに発達障害と診断された子どもの同胞に関する前方視的な研究へと発展し,広島大学の研究グループの下で継続しています.残念ながら当センターでは客観的な運動解析の導入はできていませんが,広島修道大学の吉本美穂氏との運動と認知に関する共同研究へと広がっています.
 もうひとつ翻訳の原動力となった研究会についてご紹介します.翻訳を思い立った2010年,広島市にある三つのこども療育センターの職員有志がともに学ぶため自主研究会を発足させ,大澤多美子氏を含め,さまざまな職種の同僚とともに,2年間にわたって毎回1章ずつ,本書の内容検討会を開催してきました.時には小西行郎氏に講演していただいたり,共訳者である三ケ田智弘氏の参加もお願いしました.この自主研究会での討論は,本書を翻訳するにあたって大いに参考になりました.そして,この研究会は今でも自由な発言の場として,テーマは異なりますが存続しています.慌ただしい臨床に忙殺されながら翻訳作業を継続できたのは,この自主研究会の存在があればこそと思っています.
 本書との出会いのきっかけを作り,発達障害に関して多くのことをご指導いただいた大澤多美子氏,2009年のある研修会で出会い意気投合し共訳を快く引き受けて下さった三ケ田智弘氏,さらに本書の翻訳書出版にご尽力くださり,たびたび示唆に富んだ指導をしていただいた小西行郎氏に心より感謝します.遅筆である私を温かく見守ってくださった診断と治療社の堀江康弘氏,粘り強く翻訳作業を支え的確な編集作業によって翻訳書完成に導いて下さった福島こず恵氏にも深く感謝します.最後に,研究に快く参加してくださった発達障害の子どもたちとその保護者の方々,そして発達障害に関して多くのことを教えてくださったすべての子どもたちとその保護者の方々へ,言葉に言い表せないほど感謝しております.
2014年3月
広島市こども療育センター小児科
坪倉ひふみ

目次

謝辞
発行によせて
序文
監訳者の序

序論
Chapter 1 自閉症とは
Chapter 2 対称性
Chapter 3 反 射
Chapter 4 運動発達の階段
Chapter 5 寝返り
Chapter 6 ハイハイ
Chapter 7 お座り
Chapter 8 歩 行
Chapter 9 支援を求める
結論

用語集
資料
推薦図書
参考文献
観察日誌
質問票
索引
原著者紹介
翻訳者紹介

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