
小児科外来で診る 子どものこころプライマリ診療ガイドブック
定価:5,280円(税込)
はじめに
~子どものトラウマ治療のいま~
本書は,子どものトラウマ治療のテキストである.「トラウマ(trauma)」とは医学用語では単に傷のことであるが,「こころの傷(心的外傷)」も同じトラウマという用語が用いられるようになった.それは,身体の傷もこころの傷もともに相互に影響を生じるからである.本書を出版する時点における,わが国の子どもの状況を述べておきたい.
わが国において,少子化が続いている.2024年はどうやら,年間出生数70万人を切りそうである(最近の少子化がそのまま続くと,2720年に日本の子ども人口は1人になるという〈吉田 浩:2024年版子ども人口時計〉).ところが,このような極端ともいえる少子化にもかかわらず,以下に列挙するように,子どもの問題は増え続けている.
・不登校は2007年には小学校児童の0.3%,中学校生徒の2.9%であったのに対し,この数年急増し,2023年には小学校児童の2.1%,中学校生徒の6.7%となった(文部科学省調査,2023).
・神経発達症(発達障害)が増え続けていて,通常クラスにも数人いることが普通である.
・いじめをめぐる問題が深刻化していて,しばしば子どもの自死を招いている.
・希死念慮をもつ子どもが増えていて,中学生女子の5割近くに達する.
・マルトリ(虐待やネグレクト)の対応件数はこの数年間,20万件を推移している.
これらの項目はそれぞれ相互に絡み合っているが,多くにおいて,トラウマが関連することに注目してほしい.
特に注意が必要なのはマルトリである.マルトリの実数が対応件数の半分としても10万人であり,すでに何年間も年間出生数の1割をはるかに超えている.その結果,すでに子どものどの現場においても,被虐待児に出会わないということはないという状況が生じている.
一方,その治療の現状はどうか.そもそもマルトリが減らない理由は,これまで治療を行ってこなかったからである.わが国のマルトリへの対応システムには決定的な欠陥があり,子どもの保護だけで,家族への治療を行ってこなかった.マルトリは家族の病理であり,加逆側の養育者もまた,元被虐待児であり,現在は複雑性PTSDという診断の者も多い.
子どものトラウマへの治療は,当然ながら家族への治療も含む必要がある.こうして,わが国の子どもの状況を振り返ると,本書の意義がおのずから明らかになるのではないだろうか.本書は臨床の現場での実践を目的に書かれており,子どもとその家族のトラウマの「今日の治療」である.手元に置いていただき,対応に苦慮する症例に出会ったそのときに,臨床の場でめくって役立てていただきたい.
2025年2月
杉山登志郎
口 絵
はじめに ~子どものトラウマ治療のいま~ 杉山登志郎
執筆者一覧
第1章 いわゆる子どものトラウマとは何か?
A 傷ついた脳も回復する─マルトリとトラウマの関係と支援─ 友田明美
B 神経発達症(発達障害)とトラウマとの関係 水野賀史
C いじめの影響は深刻で,長期にわたっている 和久田学
D 社会の価値感が生む教育虐待 武田信子
E トラウマとPTSDの違い 倉田佐和
F マルトリの生物学
1 エピジェネティクス 藤澤隆史
2 脳機能画像 マルトリによる脳の変化 滝口慎一郎
3 脳形態画像 マルトリによる脳の変化 牧田 快
第2章 マルトリの臨床的アセスメント
A マルトリによって起こる多彩な症状─子どもの場合─ 藤澤玲子
B マルトリによって起こる多彩な症状─大人の場合─ 若山和樹
C 複雑性PTSDの診断 鈴木 太
D 臨床に役に立つアセスメント,心理テストの活用法 篠崎志美
第3章 子どものトラウマにおける治療と最新情報を知る
A 治療総論 杉山登志郎
B インターネット認知行動療法 濱谷沙世
C TF-CBT(トラウマフォーカスト認知行動療法) 石島洋輔
D TSプロトコール 杉山登志郎
E 自我状態療法 杉山登志郎
F TFT(思考場療法) 森川綾女
G ホログラフィートーク 嶺 輝子
H 入院による治療 古橋功一
I 子どものトラウマに対するナラティブ・プレイセラピー 水島 栄
第4章 共同子育てという視点
A 施設養育のいま 明石秀美
B ペアレント・トレーニングによる子どもの実行機能改善 矢尾明子
C 子どもたちへの社会的スキル促進のための介入 山本知加
Index
おわりに 友田明美