ダウン症リハビリテーションガイド 改訂第2版
定価:2,750円(税込)
改訂第2版序文
19世紀にJ. Langdon H. Down医師が共通する身体的特徴と知的障害を示す疾患概念をまとめ,Jerome Lejeune医師によって,それが染色体異常に起因することが報告されてから,すでに65年になります.その後,手術手技の向上や新薬の登場もあり,医療は進歩し,寿命は大きく伸び,今では60歳を超えようとしています.また,早期療育や福祉制度の充実などから最近は療育施設も増え,運動発達促進の指導も盛んになってきました.ダウン症への理解も徐々に進んではきましたが,しかし,まだ十分とは言えません.本書は,ダウン症のある子を授かった時から,家族と療育者が戸惑ったり,疑問に思ったりすることを体系的に整理し,単に運動発達促進にとどまらず,言語・コミュニケーション発達支援に力点をおいています.保育所・幼稚園での生活に必要な力を身につけられるようにすることは,その後の学童期,青年期,成人期へと続く社会の中で役立つ基本的な力を養成していることになります.いわゆる生涯発達支援です.具体的に実践できるように構成されていますので,療育関係者,保育・教育関係者,そしてご家族の方々の役に立つダウン症の療育実践本として最適なものになっていると思います.
2016年7月に本書の初版が発刊されましたが,2017年5月に共同編集者の里見恵子先生が,そして2021年12月には同じく初版にダウン症療育の基本的な考え方を執筆していただいた玉井邦夫先生がご逝去されました.おふたりの担当された項目には,ともに研究や実践してこられた執筆担当者がほぼ内容を維持しつつ,微修正させていただきました.ダウン症のある子ども達への愛情に満ちた両先生のお顔を思い出しながら,改訂第2版を世に送り出します.
2024年12月
大阪医科薬科大学 名誉教授
玉井 浩
初版序文
ダウン症候群(以下,ダウン症)は,写真がまだ一般的ではなかった19世紀後半に,イギリスのJ. Langdon H. Down医師が自身で撮りためた多くの「写真」を観察することによって,共通する身体的特徴をもち,知的発達の遅れを示す疾患概念を報告しました1).しかし,長らくその原因はわかりませんでした.20世紀に入り,フランスのJérôme Lejeune医師によって初めて染色体異常であることが明らかにされました2).染色体異常であることが判明してから,50年あまりの間に医学の進歩と相まって,合併症などの身体的特徴だけでなく,神経心理学的な特徴も次第にわかってきました.心臓疾患に対する手術成績も向上し,整形外科的疾患に対しても装具が進歩しています.学校や保育園・幼稚園の受け入れもよくなり,早期療育の進歩によって,運動発達や言葉発達の促進が図られています.このようにダウン症をもつ子どもをとりまく環境はずいぶん変化してきました.ダウン症療育に関する研究会も設立され,国際連合では世界ダウン症の日も制定され,世界ダウン症会議も開催されています.米国の先進的な病院ではダウン症の総合外来も設置され,ダウン症に関する研究もさかんにされています.世界はダウン症を障がいとみるより特性とみて,その子らしいパフォーマンスが発揮できるように支援するという空気に満ちています.
しかし,一方で社会からの偏見や家族内での意見の相違から,母親あるいは父親,あるいは両親が孤立する場合も現実には存在します.どのような環境のなかでも子どもが周囲の理解や援助を得ながら成長することによって,家族は次第に満たされていくものと信じて周囲は支援する必要があります.
ダウン症をもつ人のすべてが特別な優れた才能をもっているわけでもありません.しかし,健常の子どもと同じように応援や励ましに応えようとするごく普通の存在です.
本書が療育関係・保育・教育関係者,そして保護者の方々の役に立ち,ダウン症をもつ子どもが周囲の大人や友だちとうまくコミュニケーションがとれるようになり,幸せな暮らしができることを切望しています.
2016年7月
大阪医科大学小児科 教授
玉井 浩
1)Down JLH:Observations on the ethnic classification of idiots. Clinical Lecture Reports, London Hospital 3:259–262, 1866
2)Lejeune JM, et al:Etude des chromosomes somatique de neuf enfants mongoliens. CR Acad Sci 248:172 1, 1959
序文―玉井 浩
執筆者一覧
1 総論
A ダウン症児の特徴と育ちを理解する
1 疫学 玉井 浩
2 心身の特徴 玉井 浩
3 さまざまな合併症・健康管理 玉井 浩
4 ダウン症児の療育 玉井 浩
5 自立を目指した乳幼児期からの支援 福坂涼子
6 自立を目指した学童期からの支援―特別支援学校の立場から― 槙場政晴
7 ダウン症児をとりまく総合的な支援―とりまく人々の役割― 里見恵子,玉井るか
コラム:出生前検査の現況 玉井 浩
コラム:新しい小児慢性特定疾病 玉井 浩
B ダウン症児をもっと理解するために
1 ダウン症児の性格・能力・世界 玉井邦夫,玉井 浩
2 ダウン症児・者への誤解・対人関係・問題点 玉井邦夫,玉井 浩
3 対人的なかかわりへの消極性,指示を拒む,引きこもるなどの課題の理解 水田めくみ,里見恵子,玉井 浩
4 ダウン症児の見る力と支援 奥村智人
5 ダウン症児の不器用さに対する見方と支援 黒澤路子
6 食べる・飲むを支える―摂食機能訓練― 中川由紀子
2 実践編 療育
A ダウン症児に対する早期療育のプログラム
1 大阪医科薬科大学LDセンタータンポポ教室の取り組み 栗本奈緒子
B 日常生活における学びとコミュニケーション
1 発達のための基礎 中島順子,玉井るか
2 初期の発達を支える:赤ちゃん体操教室 玉井るか,中島順子,栗本奈緒子
3 小集団で遊びを支える:ことばとリズム(2~4歳) 中島順子
4 遊びを通じて学びを支える:ことばと学び(4~6歳) 栗本奈緒子
5 やりとりを支える:ことばとやりとり 中島順子
6 学びを支え続ける:フォローアップクラス(小学生) 竹下 盛
コラム:自立に向けて気持ちを支える 玉井 浩
C 日常生活・園生活での支援
1 自律神経発達の弱さを補う補助 玉井るか
2 集団生活で「わかる」「支える」支援 中島順子
3 実践編 インリアル・アプローチ
A 言語とコミュニケーションを育てる―インリアル・アプローチの基礎―
1 インリアル・アプローチとは 里見恵子,石井喜代香
2 ダウン症児の言語・コミュニケーションの発達の特徴 里見恵子,石井喜代香
3 ダウン症児へのインリアル・アプローチの適用 里見恵子,石井喜代香
B 実践事例
1 言語とコミュニケーション支援:幼児期
① 非言語コミュニケーションが上手なために,発話につながりにくい子ども 里見恵子,栗本奈緒子
② 聴覚障害を伴うダウン症児への取り組み 河内清美
③ 見え方に困難があり,やりとりが難しいダウン症児への支援 水田めくみ
④ 文字で文の指導を行い,伝達内容が豊かになった事例 栗本奈緒子
2 言語とコミュニケーション支援:学童期
① ダウン症児への文字の習得の支援 玉木啓之
② ASDの特徴を併存するダウン症児の支援 石田朋子
③ 会話段階のダウン症児のことばの問題 玉井るか
コラム:ダウン症としての特性と一人の子どもとしての個性 玉井 浩
C 成人期における支援
1 ダウン症者の生涯発達支援~幼児期から生涯を見据えた支援~ 菅野 敦
付録 ダウン症のある子どもの成長曲線
索引