Prader-Willi症候群の病因・病態や特徴を遺伝学,内分泌学,神経学,心理学、栄養学,理学療法学など,さまざまな観点から解説.さらに,ホルモン補充療法をはじめ,食事療法,運動療法や側彎症の外科治療,性格障害などへの取り組みといった,本症の多彩な臨床症状に対する治療法のほか,成人期に向けてのフォローアップやトピックス,今後の課題について,それぞれの分野のエキスパートが具体的に示した.Prader-Willi症候群の診療やケアに携わるすべの人が必要な知識を網羅した待望の決定版.
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目次
序 文 ……… 永井 敏郎
編集・執筆者一覧
Ⅰ 基本概念 ……… 永井 敏郎
Ⅱ 病因と診断法
1.遺伝学的基礎 ……… 太田 亨
2.診断手順と技法 ……… 齋藤 伸治
Ⅲ 臨床的特徴
1.自然歴 ……… 大橋 博文
2.成長パターン:成長曲線 ……… 永井 敏郎
Ⅳ 内分泌・代謝学的特徴
1.成長ホルモン・IGF系 ……… 田中 敏章
2.視床下部・下垂体・性腺系 ……… 安達 昌功
3.甲状腺 ……… 長崎 啓祐
4.副 腎 ……… 田島 敏広
5.耐糖能 ……… 堀川 玲子
6.脂質系 ……… 都 研一
Ⅴ 神経・精神学的特徴
1.筋力低下
……… 村上 信行
埜中 征哉
2.側彎症 ……… 村上 信行
3.知能,不適応行動と脳機能 ……… 大野 耕策
Ⅵ 生命予後と死因 ……… 永井 敏郎
Ⅶ 治 療
1.食事療法-肥満治療としての薬物療法,
外科的療法も含めて ……… 伊藤 善也
2.運動療法 ……… 岡田 泰助
3.成長ホルモン補充療法 ……… 永井 敏郎
4.性ホルモン補充療法 ……… 長谷川奉延
5.性格障害・行動異常の治療 ……… 長尾 秀夫
6.側彎症の外科的治療 ……… 中村 豊/飯田 尚裕
7.呼吸障害の治療 ……… 川﨑一輝
8.糖尿病の治療 ……… 位田 忍/里村 憲一
Ⅷ 成人期のPrader-Willi症候群 ……… 外木 秀文
Ⅸ 最近のトピックス
1.高齢出産に伴うPrader-Willi症候群病因の変化 ……… 松原 圭子/緒方 勤
2.Prader-Willi症候群と生殖補助医療 ……… 松原 圭子/緒方 勤
Ⅹ 鑑別診断 ……… 岡本 伸彦
XI 遺伝カウンセリング ……… 鳴海 洋子/福嶋 義光
XII 今後の課題
1.DNAメチル化試験の保険適用 ……… 横谷 進
2.成長ホルモン製剤の体組成改善に対する適応 ……… 横谷 進
XIII Prader-Willi症候群児・者親の会
「竹の子の会」からのメッセージ ……… 石井 弘美
索 引
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序文
Prader-Willi 症候群は 1956 年,スイス,チューリッヒ子ども病院の内分泌科医の Prader と神経精神科医の Willi によりはじめて報告された内分泌・神経・奇形症候群である.内分泌学的異常として,肥満,性腺機能不全,低身長,糖尿病など,また神経学的異常として,筋緊張低下,独特の性格障害・異常行動を示す.他に,アーモンド様の目,色素低下,前頭部狭小,小さな先細りの手足などの奇形徴候を伴う.本症の頻度は約 15,000 出生児に対して 1 人といわれており,人種差はない.わが国では,年間約 70 人の患者が出生していると推定される.病因は,従来の遺伝学(Mendel 遺伝学)だけでは説明不可能で,ゲノム刷り込み現象(genomic imprinting)と片親性ダイソミー(uniparental disomy)の概念ではじめて説明可能な疾患である.すなわち,遺伝子の由来が父親由来か母親由来かによりその遺伝子の働きが異なるという現象がはじめて示された疾患で,本症では染色体 15q11-13 領域の父性発現遺伝子の欠失により発症する.
本症の自然歴はすでに解明されており,その一番の特徴は症状が年齢を追うごとに変化することである.そのため,年齢ごとに患者とその家族を悩ませる症状が変化していく.新生児期は筋緊張低下,哺乳障害,色素低下,外性器低形成などで,幼小児期は 3 歳頃からはじまる過食,肥満,頑固な性格など,学童~思春期は発達遅滞,性格障害,二次性徴発来不全など,思春期~成人期は高度肥満,糖尿病とその合併症,呼吸障害など多彩な症状を示す.本症の死因は,幼小児期はウイルス感染時の突然死,成人期では肥満・糖尿病・呼吸障害などに起因した突然死である.
本症の治療法は,過去 10 年間で大きく進歩してきている.染色体異常に起因するため根本的治療法がないとされ医療から放置された時代を経て,現在では早期診断,早期介入により患者の QOL 改善を目指した治療が積極的に実施されてきている.治療法の根幹は,①食事療法,②運動療法,③成長ホルモン補充療法,④性ホルモン補充療法,⑤性格障害,異常行動への取り組み,の 5 本柱で実施されてきており,最近では,これらに加えて側彎症,糖尿病,呼吸障害など具体的な対応課題が加わってきている.これらの治療法の中で,2002 年からはじまった成長ホルモン補充療法は患者の QOL を画期的(多くの医療従事者の予測を上回る)に改善している(身長獲得,体組成改善,筋力向上など).しかし,わが国での小児慢性特定疾患対象としての成長ホルモン適応には低身長の縛りがあるため全患者の約半数にしか使用することができず,さらに成人では適応がないことなどまだまだ解決しなければならない問題がある.性ホルモン補充の必要性は,理論的には多くの医師が認めるところではあるが,男性ホルモン補充による攻撃性の増加などが危惧され,いまだ開始されていないところが多い.生涯にわたり大きな問題となる性格障害・異常行動への対応は,いまだ手付かずの状態である.
その病因が複雑で臨床症状が多彩であることから,そのケアには遺伝学,内分泌学,神経学,心理学,栄養学,理学療法学など多くの職種の協力もとでの包括医療が不可欠である.また,患者の性格障害・異常行動には家族,学校教師,近隣の人々の対応が大切であり,医師には細やかなケアマネージメントが求められる.
2002 年に,本症に対する成長ホルモン使用に関して小児慢性特定疾患の認可が得られたのを契機に,本症の知名度,社会の関心,治療法,遺伝学的研究などが飛躍的に進歩した.同時に,患者家族会(支援団体)の整備も着実に行われ,家族会と医者サイドの連携も着実に進展している.多くの知識を皆が共有し,患者の QOL 改善のため,本書が少しでも役立つことを願っている.
獨協医科大学越谷病院小児科教授
永井 敏郎