新版いやされない傷診断と治療社 | 書籍詳細:新版いやされない傷
児童虐待と傷ついていく脳
福井大学大学院医学系研究科附属子どものこころの発達研究センター教授
友田 明美(ともだ あけみ) 著
初版 B5判 並製 168頁 2012年01月11日発行
ISBN9784787819123
定価:4,840円(本体価格4,400円+税)冊
虐待による脳への影響をわかりやすくまとめた『いやされない傷』の新版.新たに厳格体罰,暴言虐待,両親間のDV曝露に関する新知見を,筆者の豊富なデータとともに追記し大幅増補した.発達障害と虐待との関わりについても言及し,子どもたちの脳とこころをケアし守っていくためには何が必要かを,本書を通して伝えている.医療従事者や地方自治体関係者,保育や学校関係者など,子どもたちと関わりをもつ全ての方に役立つ一冊.
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目次
第Ⅰ章 児童虐待の実態を知る
1.児童虐待の分類
ネグレクト
身体的虐待(フィジカル・アビュース)
性的虐待(セクシャル・アビュース)
精神的虐待(バーバル・アビュースや両親間のDVへの曝露など)
2.アメリカの児童虐待事情
アメリカにおける児童虐待の実情
乳幼児が圧倒的に多い児童虐待の犠牲者
アメリカにおける児童虐待防止に対する取り組み
3.国内における児童虐待の実態
虐待の連鎖
第Ⅱ章 虐待がひきおこす精神的トラブル ―― 生体・心理・社会に及ぼす影響
1.人生のあらゆる時期に出現する“虐待を受けた影響”
児童虐待がひきおこす精神的トラブル ―― 思春期・青年期
子ども時代の虐待と大人になってからの精神的トラブル
2.虐待の影響によるさまざまな精神症状
① 気分障害
② うつ
③ 不安障害
④ 心的外傷後ストレス障害(PTSD)
⑤ 解離性障害
⑥ 境界性パーソナリティ障害
⑦ 物質使用障害
⑧ 反社会的行動
3.虐待の後遺症としての精神的障害
性的虐待がひきおこす精神的トラブル
身体的虐待がひきおこす精神的トラブル
ネグレクト・精神的虐待がひきおこす精神的トラブル
4.児童虐待に対するアプローチの歴史
社会心理学的立場からみた児童虐待の被害者
Teicherらが提唱した神経生物学的発達抑制説
5.これまでの精神的トラブルに関する画像解析研究
数少ない精神的トラブルのない虐待経験者の画像解析研究
PTSD患者の脳画像解析
うつ病患者の脳画像解析
境界性パーソナリティ障害患者の脳画像解析
解離性同一性障害患者の脳画像解析
第Ⅲ章 虐待によって生じる脳の変化
1.脳の解剖
主な脳領域の役割
ヒトの脳の発達
虐待によって生じる脳の変化
2.虐待を受けた子どもたちの脳波異常
3.虐待されている“脳”
海馬の形態的変化 ―― 海馬が最もダメージを受けやすい
その他の脳領域の形態的変化
左半球と右半球のバランス異常
脳梁の形態的変化
小脳への影響
視覚野の影響
視覚野の役割と感受性期
脳の発達と感受性期
暴言虐待(バーバル・アビュース)の脳への影響
両親間のDV(ドメスティックバイオレンス)曝露の脳への影響
厳格体罰の脳への影響
第Ⅳ章 虐待を受けた子どもたちのケア,治療
1.被虐待児の治療とこころのケア
2.ケアのための心理療法
① トラウマ(心的外傷)に対する心理療法
② 愛着(アタッチメント)に対する心理療法
第Ⅴ章 児童虐待において知っておくべき知識
1.乳児揺さぶり症候群
2.愛情遮断症候群
3.ストレスの脳への影響
4.虐待を受けた子どものこころのケアの重要性
5.発達障害をとらえ直す
児童虐待と発達障害の接点
発達障害をとらえ直す――スペクトラム再考
発達性トラウマ障害――発達障害としてのトラウマ関連障害
今後の課題
索引
ナレッジボックス
・アミン酸化物と“虐待の連鎖”との関連
・うつとセロトニントランスポーター遺伝子多型との関連
・PSTDとアセチルコリンエステラーゼとの関連
・養育経験やネグレクトの後の精神的トラブル発症との関連
・シナプスの刈り込み現象(pruning)と脳の発達
・性的虐待経験者の持続遂行課題
・性的虐待経験者のワーキング・メモリ
・子どもの心因性難聴の新しい知見
・「愛着障害」について
・被虐待児症候群(battered child syndrome)
・マルトリートメント症候群(maltreatment syndrome)
コラム
・司祭による児童性的虐待をめぐるスキャンダル
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序文
『新版 いやされない傷』
推 薦 の 辞
私は2001年に開院した新しいこども病院,あいち小児保健医療総合センター心療科(児童精神科)に子ども虐待の専門外来を開設した.それから約十年が経過するが,いまだにわが国における唯一の子ども虐待の専門外来である.子どものみならず,その親にもカルテを作り,親子並行治療を実践し,数多くの被虐待児とその親の治療に取り組んだのであるが,そこで出会った子ども,そして親の重症さにわれわれは驚かされた.また子ども虐待と発達障害とが複雑に絡み合うことにも気付いた.
知的な遅れのない,いわゆる軽度発達障害の児童は子ども虐待の高リスクになるのであるが,同時に,子ども虐待によってもたらされる後遺症は,発達障害に非常に類似した臨床像を呈するのである.多くの症例を経験するうちに,発達障害が基盤ではない症例においても,子ども虐待の症例が,兄弟のように類似した臨床像を呈し,それが加齢とともに同じ変化をし,一つの発達障害症候群と言わざるを得ない状況に展開していくことに気付いた.世界的な子ども虐待の権威van der Kolkが,この問題について発達性トラウマ障害という呼称を既に提示していることを後に知った.
そしてもう一つ,子ども虐待による慢性のトラウマが,脳の器質的,機能的な変化を引き起こすという報告は,ミレニアムを経て少しずつ登場するようになった.これらの論文を調べてゆくうちに,一人の日本人研究者がこの領域で世界を驚かす報告を積み重ねていることに出会った.この日本人研究者こそ,『いやされない傷』の著者である友田明美先生である.友田先生は,ハーバード大学のTeicher先生とともに,この領域の研究に一貫して取り組んできた.その成果は,これまでのトラウマによる脳への影響という文脈を突き抜け,トラウマ関連性障害が発達障害症候群と同様かひょっとするともっと大きな臨床症候群を形成し,成人に至ったとき,さまざまな精神科疾患にそして身体疾患に展開するという可能性が,地道な脳機能画像研究を通して導き出されていた.
私は学会において友田先生を探し求めた.出会ってみると,世界レベルの研究者であるにも関わらず率直で謙虚な美しい方であり,その人柄に私は魅了された.
友田先生による旧版『いやされない傷』は内容の濃密さに比して,わが国できちんとその真価が評価されたとは言い難い.今回,新版が出版された.これは新版というより,この数年の猛烈な脳研究の進展と,友田先生による新たな成果,そして掘り下げの深化による,全く別の,新しい本である.そしてこの本は,「トラウマ関連性障害」という,精神医学全体に改変を求めざるを得ないテーマを巡る,わが国の,そして世界でも,最初のテキストである.この本には,現時点での子どものトラウマと脳を巡るすべての必要な最新情報がもれなく詰め込まれている.
この本が子どもに関わるすべての人に読まれて欲しい.それだけでなく特に成人を対象とする(解離性障害に対して何もするすべのない)精神科医に広く読まれて欲しい.
この本が出版されたことを,深く喜びたい.
2011年12月
浜松医科大学児童青年期精神医学講座特任教授
杉山登志郎
『新版いやされない傷』発刊に寄せて
この本は児童虐待に関するこれまでの私たちの生物医学的研究の成果や,たくさんの研究者が報告してきたことを友田教授が統合的に総説したものです.もちろん,友田教授自身が携わってきたコンピュータサイエンスを駆使した,虐待経験者の脳画像解析に関するさまざまな研究成果もこの本の中に含まれています.
友田教授は,私たちの発達生物学的精神科学研究プログラムに2003年から約3年間留学しました.帰国後も,日米科学技術協力事業「脳研究」分野グループ共同研究日本側代表者として,私たちとの共同研究を情熱をもって継続してきました.そして,暴言虐待による脳への影響,厳格体罰による脳への影響,そして両親間のDV曝露による脳への影響など,センセーショナルな成果を世界に発信してきたことは皆さんがよくご存知のことと思います.
現在,アメリカだけでなく日本でも増え続けている児童虐待やDVを予防するには,虐待そのものを防ぐこと,および虐待の連鎖を絶つためのさまざまな児童虐待防止プログラムやDV防止教育を実施していくことが必要となります.さらにこの根本的な予防となるのは,社会構造を変えていくことだと思います.そういう意味で,科学は社会構造の変革に寄与することができる分野でしょう.日本の皆さんが本書を通して,児童虐待被害者の脳に起こりうる生物学的事実を理解され,児童虐待発生防止に対してより一層認識を深めてくださることを希望します.
友田教授は小児神経科医としてスタートし児童精神医学へと進みましたが,その中でも小児期および思春期のPTSD領域に特別の興味をもっています.彼女が私の研究室に来て3年目に入ったときに,本書のタイトルである「いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳」を執筆し,児童虐待の脳画像解析について,広く日本の読者に紹介したいという決意を私は打ち明けられました.私の研究室で行われた,子ども時代に性的虐待を受けた経験のある女子大学生の被験者や,暴言による虐待を受けた経験のある被験者の脳MRIを使った一連の脳の画像解析(VBM,フリーサーファー)の研究成果は,すべて彼女の貢献によるものです.私の個人的な経験によれば,本を執筆することがどれほど大変で時間がかかる仕事かよくわかっています.あることを成し遂げることは,本当に偉大なことだと思います.この達成感を糧にして,友田教授にはさらに着実な臨床研究を続けていかれることを期待します.また,これからも彼女との共同研究を大いに楽しみたいと思います.
2011年12月 Boston, MA USAにて Martin H Teicher
ハーバード大学医学部精神科学教室准教授
マサチューセッツ州マクリーン病院発達生物学的精神科学研究プログラム主任
序
2011年3月11日に発生した東日本大震災により子どもたちが受けたトラウマの大きさは,計り知れないものがある.トラウマが子どもの脳に与える影響や被災した妊婦のトラウマが胎児に与えるエピジェネティックな問題など,子どもが健やかに成長することを見守る立場の我々に,緊急の課題が突きつけられている.
一方で,震災と同様に子どもたちにとって大きなトラウマとなる児童虐待は実に年間55,000件以上も発生しており,とどまるところを知らない.虐待による身体発達の遅れは早期に改善するが,精神面での症状は後年になって現れることも多く,その影響はより深刻である.生命の危機に至らないケースでも,被虐待児は心的外傷後ストレス障害(PTSD)をはじめとする重い精神症状を患うことが多く,またそれは衝動的な子どもや薬物依存の増加といった社会問題とも関係している.
こうした震災や虐待などのトラウマは,単回性か慢性的かの違いはあれ,トラウマとして子どもたちに重篤な影響を与え,その発達を傷害するように働くことがある.そしてそれは,従来の「発達障害」の基準に類似した症状を呈する場合がある.こうした子どもたちのもつ障害を発達障害としてのトラウマ関連障害と名づけてもさしつかえないであろう.しかし,児童虐待に関する研究に心的外傷(トラウマ)という視点が加わったのはまだ約20年前からのことであり学問的な歴史はまだ新しい.
児童虐待という概念を最初にとりあげたのはケンペKempe(1962)である.ケンペが“Battered Child Syndrome(被虐待児症候群)”という言葉を提唱したように,虐待はまず身体的虐待が関心をもたれた.身体的虐待は外から虐待の跡が観察されたり,時としては生命に関わるものであるからである.いっぽう,チャイルド・マルトリートメント(Child Maltreatment)は不適切な養育と訳す.近年,養育者に加害の意図があったか否かは無関係に,作為的もしくは不作為的な「不適切な養育」によって,18歳未満の小児に急性もしくは慢性の身体的・精神心理的症状が生じている場合,または健康な身体的成長や精神的発達が阻害されたと考えられる場合,これを「マルトリートメント症候群」と称するようになってきた.「不適切な養育」とは,子どもの健全な身体的成長・精神的発達を阻害する可能性のある養育であり,「子どもの権利条約(WHO,1994)」に定める子どもの権利を侵害していると考えられる養育でもある.これまで,高頻度に報告されてきた欧米と比べると,日本では比較的少ないとされていた.しかしながら少子化現象が進んでいるにもかかわらず,児童虐待は国内でも年を追うごとに増えているのが現状である.虐待という言葉のイメージは,非常に残酷な響きがある.虐待には殴る,蹴るといった身体的虐待や性的虐待だけでなく,不適切な養育環境や心理的虐待なども含まれるということを忘れてはならない.
筆者が児童虐待の症例に小児科医としてはじめて遭遇したのは,某市立病院で研修医をしていた1987年のことである.ある日の深夜,同病院救命救急センターに救急車で運ばれてきた3歳の男の子は,頭部打撲による頭蓋内出血と診断された.この不憫な男児の身体には,タバコの吸い殻で付けられた無数の火傷痕が残っていた.当時診察にあたった医長と筆者は互いに何もいわずとも,患児が児童虐待のケースだということを瞬時に悟り,ただちに警察に通報したことを今でも鮮明に覚えている.もちろん,当時の筆者の意識の中に児童虐待がひきおこす悲惨な一つのドラマが深く刻み込まれたのは事実である.大変残念なことに,この男児の命を救うことはできなかった.しかし,たとえもし無事に救命され彼の身体的な傷が完全に治ったとしても,発達過程の“こころ”に負った傷は簡単にはいやされなかったであろうことが,これまでの研究で明らかになってきた.
その後,筆者は2003年に留学するために渡米した際,改めて驚いた事実は児童虐待が日常的に発生していることであった.地元ニュースなどの報道でよく悲惨な児童虐待の事件が流される.毎年アメリカの児童福祉局には300万件以上の虐待やネグレクト(養育の放棄や怠慢)の通報があり,そのうち100万件以上には虐待の明らかな証拠がある.“児童虐待”は今,日本社会でも,子育てや教育の現場,マスコミの現場で,また医療の現場でますますクローズアップされつつあるテーマの一つであろう.この事実が「児童虐待」というテーマをできるだけわかりやすく医学生理学的に紹介してみたいという本書執筆の強い動機づけになった.
「21世紀は脳科学の時代である」といわれて久しい.その一方で「ヒトの“こころ”とはいかなるものなのか?」という半ば哲学的なこの問いかけに,太古の昔から多くの人が頭を悩ましてきたに違いない.切れやすく,非行や暴力に傾く現代の青少年の“こころ”をどのように科学していくのか,小児精神神経学の観点からこの疑問の解明に一歩でも迫るべく研究したところが,ちょうど3年前に渡米した筆者の留学先,アメリカボストンのマサチューセッツ州マクリーン病院発達生物学的精神科学教室であった.正確にはマサチューセッツ州ベルモント市にあり,主に神経・精神疾患のケアを目的としたマサチューセッツ州ジェネラルホスピタルの分院で,研究面ではその原因や治療開発を目的としている.子ども時代に悲惨な虐待を受けた経験をもつ子どもたちの脳に“子ども時代の虐待のエピソードがどういった影響を及ぼしていくのか,その過程や成り立ちに迫る”というのが,筆者のアメリカでのボスで小児神経科医から精神科医に転身されたMartin H Teicher(マーチン H タイチャー)先生から与えられた課題であった.はじめて筆者が彼とのインタビューで会ったとき,「子どものときに激しい虐待を受けると,脳の一部がうまく発達できなくなってしまう.そういった脳の傷を負ってしまった子どもたちは大人になってからも精神的なトラブルで悲惨な人生を背負うことになる」と彼が話してくれたことは,筆者に強い衝撃を与え,その後の研究生活にとって,大きな転機となった.そしてこれらの事実を児童虐待が急増している日本社会に,きちんと伝える必要があると痛感した.
筆者は約3年余りの留学生活を終え2005年に帰国したが,その後も日米科学技術協力事業「脳研究」分野グループ共同研究の日本側代表者として,日本とアメリカのボストンを頻回に行き来し,暴言虐待による脳への影響,厳格体罰による脳への影響,そして両親間のDV曝露による脳への影響などを詳細に検討する機会を得た.筆者は,今日まで多数の講演や講義を通して,「児童虐待は子どもたちの心身の発達に強い影響を及ぼすだけではなく,成人後の犯罪,嗜癖(薬物依存),精神障害との間にも関連があり,恐ろしい虐待の連鎖に繋がっていき,社会に深大な影響を与える」ことを訴え続けてきた.
筆者は本書を通して,子ども時代に虐待という悲惨で激しいストレスを受けることで,被虐待児や被虐待経験者の脳がいかに傷ついていくのか,ヒトの“こころ”の摩訶不思議な働きとその結果を紹介できればと願っている.しかし,本書のタイトルである“いやされない傷”は決して“治らない傷”だとは考えていない.本書でもふれた愛情遮断症候群の発育障害が,患児を劣悪な環境から切り離すことで急速に改善するように,虐待の現場から子どもたちを救い出すことは“いやされない傷”を“いやされる傷”に変えていく可能性がある.それゆえに,いうまでもなく,現在も虐待を受け続けているであろう罪のない多くのあどけない子どもたちへの,一刻でも早い介入が実現することを切に希望している.
今回の新版では,厳格体罰,暴言虐待,そして両親間のDV曝露による脳への影響に関する新知見を追記した.さまざまな虐待による深刻な脳への影響をわかりやすくまとめるよう努力した.
本書により,この分野の最新の知識が得られ,臨床あるいはトラウマ研究にお役に立てれば筆者としてこれに勝る喜びはない.本書が,児童虐待の脳への影響に関する理解に役立ち,さまざまな個人的体験を契機に,今もなお精神症状に悩んでおられる方にとって,多少なりとも問題解決に寄与することができれば何よりと考えている.
最後に,本書の刊行に際して,編集の労をおとりいただいた診断と治療社編集部関係者各位にこころから御礼申し上げます.
2011年12月 福井にて 友田 明美