インフォームド・コンセントにかかわる際に,注意すべきこと,重要なこととして示し,“トリセツ”的にわかりやすく明確に,一言で示した指針の書.会話例をもとにインフォームド・コンセントの過程を具体的に解説.コラムでは難解な言葉の解説や古今東西の事例・判例を紹介し,知識をより深めることができる.医療従事者のみならず,インフォームド・コンセントの対象である患者さんにもぜひ読んでいただきたい一冊.
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目次
第1章 インフォームド・コンセントとは
Ⅰ 人間の尊厳と基本的自由がインフォームド・コンセントの基盤
Ⅱ 患者の自律と自己決定
1 自律の考え方
2 自己決定への歩み
Ⅲ 自律は“毒薬”か:二種類の自律
Ⅳ 患者の権利と医師の義務
1 患者の権利
2 患者が責任をもつ範囲と医師が責任をもつ範囲
3 医業に付随する課題
Ⅴ 治療拒否は「選択の自由」にすぎない
1 真に有用な医療は意外に少ない
2 治療拒否は治療方針の選択の一つにすぎない
3 必要とされる医療措置を拒否する
4 施行中の医療行為の拒否
5 良質の医療に反する行為は要求できない
Ⅵ インフォームド・コンセントの説明はどうしたらいいのか
1 患者に説明すべき事柄
2 説明義務という視点
3 どこまで説明する必要があるのか
4 適切な“説明”とは
5 患者の理解とその確認
Ⅶ 患者・医師関係
1 患者・医師関係の4型
2 診療録(カルテ)開示をインフォームド・コンセントに利用する
小括
事例1 患者を置き去りにした医療
事例2 自律と自己決定の重みを否定した判決
事例3 がん患者も自律を発揮する
事例4 インゲルフィンガー物語
事例5 患者の秘密保持
事例6 命にかかわる情報の扱い(カリフォルニア州のタラソフ事件)
事例7 患者の秘密保持の例外
事例8 死に逝く患者に延命措置をしてはならない
事例9 業務上過失致死罪に問われた医師が無罪になった例
事例10 無茶な要求に応える必要はない
事例11 受けないほうがよかった無用な医療
事例12 利益相反開示の意味
事例13 アメリカの白内障手術における形式的な同意
事例14 頻発する副作用は重症でなくても説明を要する
事例15 インフォームド・コンセントは危機管理
Column
・医療従事者の責務を定めた法律
・自律と自立
・診療開始を決めたのは医師であった
・インフォームド・チョイスとは
・生命至上主義
・日本は名だたる人権後進国
・黙示的同意
・包括的同意
・推定同意
・ジェスティとジェンナー
・利益相反
・ロビンソン判決と名古屋がん告知訴訟判決
・インフォームド・コンセントは臨床試験と臨床現場で別に展開してきた
第2章 インフォームド・コンセントの臨床
Ⅰ 膵がん患者のインフォームド・コンセント
1 事例:糖尿病を契機として見つかった膵がん患者
2 初診において
3 検査に伴うインフォームド・コンセント
4 初診の検査の結果
5 精密検査
6 手術に向けて
7 手術と術後抗がん剤療法
8 事例のまとめ
Ⅱ 悪い情報を伝えるには配慮が要る
1 事例:対応に苦慮した進行膵がん患者
2 面談する前に準備すること
3 患者への気づかい
4 進行がん,不治性がん患者への説明
5 予後告知について
6 誰にとってもむずかしい受容
Ⅲ インフォームド・コンセントと家族ケア
1 家族ケアの必要性
2 告知に消極的な家族への対応
3 告知反対に固執する家族への対応
4 家族のケア:高齢者と小児
小括
事例16 覚悟せよといわれた進行胃がん患者
事例17 みるに堪えない蘇生術をみせつけられて
事例18 何歳から成人とみなされるのか
Column
・膵疾患と糖尿病
・医師は白衣姿のほうが私服より好まれる傾向にある
・「万が一」という言葉
・小児の検査の多くは侵襲的
・クリニカル・パス(クリティカル・パス)
・生存率の考え方
・膵がんに対する化学療法
・電話で重大事項は伝えない
・がん患者の自殺念慮
・スピリチュアル的苦痛
・インターネット時代の医療情報の扱い
・インフォームド・アセント
・子どもの権利
・子どもケアの専門職
・死に逝く子と死について話しても後悔する親はいない
第3章 インフォームド・コンセントに付随する課題
Ⅰ 理解する能力・同意する能力:現実的なとらえ方
1 かなりトリッキーな同意能力
2 新生児・幼児の場合
3 認知能に障害のある患者の場合
Ⅱ セカンド・オピニオン
1 セカンド・オピニオン制度は,インフォームド・コンセントの一環である
2 セカンド・オピニオンの実際
Ⅲ インフォームド・コンセントに有用な事前指示
1 事前指示の意義
2 事前指示の現状と課題
3 事前指示を意思決定に役立てる
Ⅳ インフォームド・コンセントには例外がある
1 公衆衛生上の緊急事態
2 救急救命の場
3 判断能力のない患者
4 治療により恩恵がある場合
5 患者が自己決定権を放棄
6 自己決定により自分または他者へ被害が生じる場合
7 文化的に自己決定という概念がない
8 人権の停止措置
Ⅴ インフォームド・コンセントにかかる様々な圧力
1 インフォームド・コンセントへの圧力
2 インフォームド・コンセントへの圧力は強まっている
Ⅵ インフォームド・コンセントに戸惑うとき
1 緊急時のインフォームド・コンセント
2 患者の意思決定代行者が医療方針を決定する場合
3 受けないほうがいい医療を患者が希望する場合
4 誤解をしている患者の場合
5 倫理委員会の勧告に患者や家族が納得できないとき
6 介護老人保健施設におけるインフォームド・コンセント
7 臨床におけるプラセボのインフォームド・コンセント
8 代替療法のインフォームド・コンセント
9 遺伝子医療とインフォームド・コンセント
10 信仰をもつ患者には
小括
事例19 判断能力に関して一里塚的となった判決
事例20 介護者のいうことをきかずに怪我をする高齢者
事例21 セカンド・オピニオンに助けられた患者
事例22 脅されて良質の医療に反する手術を強要された例
事例23 操作から乱診乱療へ
事例24 患者の誤解は深刻な事態を招く
事例25 花粉症に漢方が効いた?
Column
・親権停止制度(2012年民法改正)
・地域社会における共生の実現に向けた関係法律の整備
・事前指示が生まれた背景
・エンディングノート
・「家族の代理決定を認めない」という意見に論理性も倫理性もない
・母体か胎児か:それが問題だ
・医学論文のねつ造
・最善の医療
・倫理委員会
・臨床倫理士(clinical ethicist)
・自由診療はインフォームド・コンセント違反が多い
・混合診療の問題点
・中医とアーユルベーダ医学
・予防的乳房・卵巣切除術の効果
第4章 医療の課題とインフォームド・コンセント
Ⅰ 医療の幻想とインフォームド・コンセント
1 古代から過剰な医療は戒められてきた
2 医学医療の幻想を助長してきた「患者第一の医療」
3 EBMの役割
4 頼りにならない診療指針
5 EBMは医学医療の幻想を打破できるか
Ⅱ 公衆衛生のインフォームド・コンセントは別扱いされない
1 フッ素洗口と水道水フッ化物添加のインフォームド・コンセント
2 「公衆衛生におけるインフォームド・コンセント」から
3 フッ素物添加とワクチン義務接種(強制接種)の課題は異なる
Ⅲ 性差医療と生殖補助医療のインフォームド・コンセント
1 性にまつわる情報の微妙さ
2 産婦人科診察への配慮
3 生殖補助医療への配慮
4 胎児診断について
5 死産児の扱いについて
Ⅳ 在宅医療におけるインフォームド・コンセント
1 在宅医療
2 在宅緩和ケア
3 入院から在宅診療への移行にあたって
Ⅴ 臨終期ケアのインフォームド・コンセント
1 終末期・臨終期の臨床倫理
2 臨終期ケアで留意すること
3 臨終期ケア:看取りのインフォームド・コンセント
4 死別ケア
Ⅵ 医療事故にもインフォームド・コンセントの理念を
1 医療事故と医療過誤
2 医療事故へのインフォームド・コンセント
3 患者の安全文化を創る
4 なぜ薬害はなくならないのか
小括
事例26 医原性に患者を悪化させていることに気づかない医師
事例27 死別にあたっては家族ケアを重視する
事例28 救急医療の専門性と診療義務が焦点になった裁判
事例29 医療過誤に訴訟を選択しなかった
Column
・貝原益軒の『養生訓』にある
古代中国の言説
・病気喧伝とは
・医療化(medicalization)
・臨床試験における一次(主要)評価項目の大切さ
・NNT(治療必要数)の正しい理解
・多死社会の到来
・エンゼル・メイク
第5章 インフォームド・コンセントのトリセツ
Ⅰ “他山の石とする”
Ⅱ インフォームド・コンセントはむずかしい?
Ⅲ インフォームド・コンセントは医師の免責のため?
Ⅳ 形式的・形骸化されたインフォームド・コンセントを避けるには
Ⅴ 医療は自動車とは異なる
Ⅵ これからの医療に向けて
結論
Column
・医師の職業倫理確立は世界的課題
第6章 インフォームド・コンセントQ&A
Ⅰ 理念や原則に関する疑問・質問
Ⅱ 手続きや仕組みに関する疑問・質問
Ⅲ 臨床に関する疑問・質問
Ⅳ 多岐にわたる疑問・質問
参考図書・文献
索引
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序文
はじめに
“インフォームド・コンセント”という言葉も,かなり広まりをみせている.医療界ではほとんどの人が知っているし,マスコミも含めて一般にも広がっている.ただし,広まったお陰で多様な用いられ方がされ,中には「それって,違うんじゃない」といった“インフォームド・コンセント”まである.
実際,言葉先行で,医療従事者にもインフォームド・コンセントに関する十分な理解がないのが現実であろう.その大きな理由は,インフォームド・コンセントの背景に「個人の自律」という概念があるからと思われる.なぜなら,日本には「自律」という文化がないので,インフォームド・コンセントが適切に理解されにくい.
そのうえ,「至れり尽くせり」の傾向はますます高まり,要らぬことも「余計なお世話」で提供される.人々は待っていれば何でも与えられるようになり,「自律」が必要とされない社会情勢になってきた.人間の尊厳や基本的自由から導き出された自律がおろそかにされることは,個人が大切にされないことを意味してしまう.それら野放図な状況のためか,一方で医療従事者は患者の権利を尊重せず,他方では患者や家族は「権利」に基づかない要求を医療従事者側に突きつける現状となっている.
このように,医療を取り巻く状況には混迷が深まっている.その源の日本文化について,あれこれいってもはじまらない.それらの文化から様々な軋轢が臨床に生じているが,少なくともその大きな部分はインフォームド・コンセントの理念を適切に運用することによって解消されるであろう.
筆者は,インフォームド・コンセントの“標準テキスト”として『インフォームド・コンセント その誤解・曲解・正解』を2006年に上梓したa).そこには,インフォームド・コンセントの理念から実践まで,初心者にもわかりやすく記している.今でも,とくに追加する点は見当たらない.ところが,当初から「かえってわからなくなった」などの評価に遭遇した.
確かに,『インフォームド・コンセント その誤解・曲解・正解』には,臨床の場における患者と医療者の具体的な対話を描いた場面は少ない.臨床現場ではわかりやすい具体的手法はとても大切である.その支援のために用意されたのが,筆者も参加した『「ともに考える」インフォームド・コンセント』であるb).そこに提案されているインフォームド・コンセントのコツは,医療の提供者と受給者双方のやりとりの際にとても役に立つ.
本書は,『インフォームド・コンセント その誤解・曲解・正解』と『「ともに考える」インフォームド・コンセント』を補完し,インフォームド・コンセントの具体例を示すことにある.つまり,現場で起こりがちなよくある事例を紹介し,インフォームド・コンセントの過程を具体的に示している.すべてを取り上げることはできないので主だった課題を扱っているが,そこでは不適切な例も示すなどしてわかりやすくを旨とした.
ただし,お手本を示すのは結構むずかしい.元来,日本の案内は,“案内される必要のない人”に向けられるという大きな特徴がある.つまり,道路案内も構内案内も,目標近くまで案内なしに辿り着ける人(大体の道筋を知っている人)のためにある.案内があるところまで辿り着ければ,あとは案内なしで行けるので,案内は無用の長物が多い(最近はかなり改善されてきたが).多分,案内を作る人は“自分が知らない所に案内を設置できない”ので,“自分が知っている所”から案内をはじめるからであろう.本書にもその傾向があるのではないかと危惧するが,可能な限り“はじめ(離れた所)から目標近くまで辿り着きたい”人に配慮し,具体的には“トリセツ”(取扱説明書)形式とした.すなわち,インフォームド・コンセントを取扱うにあたって,注意すべきこと・重要なことを中心に,可能な限り一言で表現し,端的に目に触れるようにしている.ある部分は,過激(?)に思える表現もあるかもしれないが,わかりやすさを第一としたためである.読み進めていただければ,意図は十分納得いただけると思う.
インフォームド・コンセントは,自律という基本概念から日本文化への挑戦である.そこで,本書“トリセツ”は,まず基本理念を押さえることからはじめる.臨床に直結するところは,関連する臨床課題のところでも解説する.取り上げる課題数は限られるが,内容はすべてに通じるので,容易に応用が可能であろう.また,折々に必要な対話術,コミュニケーション技能についてもふれる.それらを通じて,臨床でしばしば遭遇する困惑する病態あるいは状況に応じて求められるインフォームド・コンセントの“トリセツ”をわかりやすく解説する.最後のQ&Aでは,患者や家族からの疑問・質問にも答えるようにして,医療従事者のみならず一般の方にも理解しやすいように工夫した.
なお,前著に挙げた文献の再掲載はせず,新しい文献のみを表している.それらの出典を知りたい方は,ご面倒でも前著a)を参照することをお願いしたい.また,インフォームド・コンセントについては基本を述べるだけとするので(それでもかなり濃密となっているが),その詳細については『インフォームド・コンセント その誤解・曲解・正解』a)と『患者の権利』c),および『ユネスコ生命倫理学必修』d)を参照されたい.特に,後二者からわかるように,本書に記されていることは国際的に認められる標準的な自律や患者の権利,インフォームド・コンセントの理念に基づいている.
筆者が現在従事している在宅診療では,医師が主導することはなくチームで活動している.インフォームド・コンセントでも同様である.本書に“医師”と表示してある部分は,多くの場合は“医療従事者”と読み替えたほうが適切であり,看護師や薬剤師,コメディカル,医事担当者なども含まれることを確認しておきたい.
また本書は一般の方々にも読まれることを念頭に置いている.ただ,そうはいっても,一般あるいは患者や家族には少しむずかしいかもしれない.しかし,医療の現場において自分の意思が通じない,あるいは軽視されたなどといった疑問や危惧を覚えた方には,ご自分の経験と照らし合わせることによって,少なくともインフォームド・コンセントの課題に関しては,対処できるまでに理解が深まると思う.アメリカでは,アナス氏の本c)をベッド際に置いておくだけで,医療従事者の対応が違ってくるという.本書にも,その効能が期待できることを願っている.
2013年9月
谷田憲俊
文 献
a) 谷田憲俊:インフォームド・コンセント その誤解・曲解・正解.大阪:医薬ビジランスセンター,2006.
b) 患者と医療者で「ともに考える」インフォームド・コンセントの手引き.http://www.ishisengen.net/pdf/tomoni.pdf
c) ジョージ・J・アナス著,谷田憲俊監訳:患者の権利 患者本位で安全な医療の実現のために.東京:明石書店,2007.
d) 国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)人文社会科学局著,浅井 篤,高橋隆雄,谷田憲俊監訳:ユネスコ生命倫理学必修〈第1部〉授業の要目,倫理教育履修課程.大阪:医薬ビジランスセンター,2010.