スポーツイベントが注目される今,時代の要請を受け,待望の改訂.今回,アスリートとギャンブル障害,発達障害,スポーツ障害からの復帰と心理的支援,サイコオンコロジーとスポーツなど新たに解説.トップアスリート,学生スポーツ,精神障害者スポーツ,精神医学におけるスポーツの役割から最新研究まで網羅した決定版!
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目次
第1章 スポーツ精神医学とは
1. スポーツ精神医学の歴史と定義 保坂 隆
2. スポーツ精神医学の役割 内田 直
第2章 スポーツにおける精神医学の役割
1. アスリートの抑うつ状態とオーバートレーニング症候群 山本宏明
2. アスリートのストレス関連障害 堀 正士
3. スポーツによる頭部外傷と精神障害 鳥居 俊
4. アスリートの睡眠管理 星川雅子
5. アスリートにみられる物質関連障害 山本宏明
6. アスリートとギャンブル 蒲生裕司
7. ドーピングと精神医学 西多昌規
8. アスリートと性別違和 正岡美麻
9. アスリートにみられる摂食障害 上原 徹
10. アスリートと発達障害(神経発達障害群) 山口達也
11. 青少年スポーツにおける諸問題 橋口 知
12. 大学生アスリートにみられる諸問題 堀 正士
13. スポーツ傷害からの復帰と心理的支援 武智小百合
14. オリンピック選手のキャリアトランジションに伴う諸問題 田中ウルヴェ京
15. トップアスリートにおける自殺 堀 正士
第3章 精神医学におけるスポーツの役割
1. 精神科運動療法の目指すもの 永井 宏
2. うつ病の運動療法 征矢敦至
3. 統合失調症とスポーツ 佐々 毅
4. 統合失調症患者への運動療法の実際 横山浩之
5. 認知症とスポーツ 水上勝義
6. 睡眠障害とスポーツ 西多昌規
7. てんかんとスポーツ 髙木俊輔
8. 小児にみられる精神障害とスポーツ 八木淳子
9. 女性アスリート特有の障害 能瀬さやか
10. サイコオンコロジーとスポーツ 保坂 隆
11. 薬物療法中の患者の運動療法における注意点 上里彰仁
12. 産業精神医学におけるスポーツ 吉野 聡
第4章 精神障害者スポーツ
1. 精神障害者スポーツの歴史と今後の課題 大西 守
2. 精神障害者スポーツと身体障害者・知的障害者とのスポーツ等での協働 髙畑 隆
3. 精神障害者スポーツ指導者の育成 田所淳子
4. 精神障害者バレーボールの動向 田所淳子
5. ソーシャルフットボールの動向 井上誠士郎
6. その他の精神障害者スポーツの現状 坂井一也
7. 精神科入院施設におけるスポーツの現状 遠谷 肇
8. 海外における精神障害者スポーツの動向 阿部 裕/中嶋希和
9. 知的障害者スポーツへの支援 宮崎伸一
10. 当事者によるスポーツ活動の取り組み 河合俊光
第5章 スポーツ精神医学の研究
1. 運動の抗うつ効果と脳機能 征矢茉莉子/征矢英昭
2. 睡眠薬の運動能力に対する影響 上村佐知子/神林 崇
3. fMRI(機能的磁気共鳴画像法)でみる統合失調症における運動の認知・脳機能への効果 髙橋英彦
4. 身体運動,競技能力と睡眠 守田優子
5. スポーツと疲労 塩田耕平
6. 運動・スポーツ活動とメンタルヘルス 澁谷智久/今野 亮
7. 体力と産業メンタルヘルス 市橋香代
8. 知的障害者スポーツの研究-競技性の高いスポーツにおける特徴 山口聖子
9. 身体活動・運動習慣定着へのアプローチ 武田典子
10. スポーツ心理学とのかかわり-精神医学の立場から 黒川淳一
11. スポーツ心理学とのかかわり-心理学の立場から 清水安夫
索引
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序文
刊行にあたって
日本スポーツ精神医学会の第1回学術集会が故永島正紀先生を会長として開催されたのが,2003年秋のことである.その後,われわれが何をやるのかを示すために教科書を作らなくてはいけないという使命のもと,「スポーツ精神医学」の初版は,2009年7月に発行された.したがって,初版の原稿を準備しだしてからは10年の歳月が流れている.この10年間には,スポーツ精神医学は大きく拡大し変化もした.
その変化として,スポーツ精神医学は大きく認知された.スポーツ精神医学の認知は,二つの分野にまたがっている.一つは,臨床スポーツ医学であり,もう一つは臨床精神医学である.臨床スポーツ医学においては,精神科医の果たす役割は少なくとも15年前にはほとんどなかった.アスリートも,様々な精神医学的な問題を抱えるわけであるが,これらの多くは,整形外科などを専門とするスポーツドクターが担っていた.そして,精神科専門医の診療が必要になるときには,同じ病院や知り合いの精神科医に依頼をして,診察をするという状況が主であった.スポーツドクターは,アスリートとともにある時間が長く,アスリートの心性をよく捉えている.こういったなかで,臨床スポーツ医学においても精神医学の役割が大切であると認識されてきた.変化の一つは,日本体育協会認定スポーツドクター資格取得のカリキュラムのなかに,スポーツ心理学と並んでスポーツ精神医学の時間が盛り込まれたことである.
一方臨床精神医学においても,精神医学において身体運動を含めた,生活改善は非常に重要な要素となっている.厚生労働省の健康日本21では,休養・心の健康の項目のなかで,運動の重要性が示されている.これは,身体的な健康と精神的な健康は切り離すことのできない一体のものであって,精神的な健康を得るためには,いわゆる生活習慣病の予防治療と同様に,運動,食事,睡眠といった生活の要素をより健全なものにしていくことが重要であることが示されたものである.こういったことに伴い,実際の臨床精神医学の場においても,運動を奨励する臨床家が確実に多くなっている.過去においては,うつ病には休息が重要で十分な休息を取ることが大切であると考えられていた.現在も,休息が重要であることに間違いはないと思うが,多くの臨床家が生活の改善として,バランスのよい食事や,睡眠による休息のほか,適度な運動をすることが回復をはやめると考えている.詳細については,第1章?2「スポーツ精神医学の役割」のなかで述べるが,スポーツ精神医学のもっている役割が次第に明確になってきたように思う.
これに伴って,スポーツ精神医学を志す人たちが次第に多くなってきているのも嬉しい点である.学会の会員数は次第に増加している.しかし,活動はまだ十分とはいえず,また関連学会との連携も必ずしも十分ではない.先に述べたように,スポーツ精神医学に関連する臨床医学の分野は,臨床スポーツ医学と臨床精神医学の二つの分野がある.これらの分野において,さらに活動が浸透し,多くの精神科医,スポーツドクター,そしてスポーツと医療に関連した人々がこの分野に興味をもってもらえるようになるとよいと考えている.
われわれは,これらを踏まえて次の10年へ歩んでいかなくてはならない.現在の,スポーツ精神医学の分野における知識は,本書にアップデートされたものである.しかし,過去10年間を振り返ってわかるように,この分野は日々変化をしている.この変化が,次の10年においてさらに多くの関連分野との連携を生み,そして競技スポーツにかかわる分野においても,臨床精神医学にかかわる分野においても,精神的な問題を抱えた人たちを心身ともにより健康な状態に導く役割を担っていく方向に発展していくことを願っている.
2018年11月
日本スポーツ精神医学会理事長
内田 直
編集にあたって
「スポーツ精神医学」の初版が2009年7月に出版されてから,約10年の歳月が流れたことになる.この10年の間に,スポーツも発展し,精神医学も大きな変化を遂げている.具体的には,アメリカ精神医学会による精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)が2013年に第5版,すなわちDSM-5に改訂された.世界保健機関による国際疾病分類(ICD)も,約30年ぶりに第11回改訂版(ICD-11)が2018年6月に公表された.
国際的な診断基準の変遷だけでない.わが国ではうつ病の増加が問題となっていたが,近年では発達障害についての診断と対応や,アスリートにみられる摂食障害に伴う行動異常,アンチドーピングの問題なども,徐々に知られるところとなってきている.睡眠負債や体内リズムへの関心,脳神経科学の発展など,研究面でも変化の質・量とスピードは10年前の比ではなくなっている.
改訂第2版では,既存の重要項目に対しては適宜アップデートを加え,新規の問題については新たに項目を設けている.具体的には,アスリートとギャンブル障害,発達障害,産業精神医学とスポーツ,スポーツ傷害からの復帰と心理的支援,サイコオンコロジーとスポーツなどの項目を新設した.執筆者も大多数は一新し,最新の知見を執筆できる陣容を整えた.
さらに改訂第2版では,深刻ではあるがあまり知られていない,アスリートの自殺問題も取り上げた.また,うつ病をもった方のスポーツ活動への取り組みを,当事者の方自身が執筆する項目を設けたことは特筆すべきところである.進歩の著しい研究面では,トピックとなる新規項目を追加し,気鋭の研究者が筆を執って
いる.
10年ぶりの改訂に伴う編集作業を担当したうえでの個人的感想は,精神医学の劇的な変化と,専門家の間でも知られていないスポーツに関連した精神医学的問題の多さとバリエーションである.その意味でも,スポーツと精神医学とを融合させた教科書はわが国では本書しかなく,この領域を学びたい者にとっては,代替のきかない書籍であると自負している.
なお,“disorder”,“disability”の略である「障害」については,現在「障害」「障碍」「障がい」という表記がある.本書では,固有名詞以外は「障害」に統一した.
最後に,編集に尽力してくださった診断と治療社の柿澤美帆様,岡部知子様に感謝の念を表したい.類書が乏しいなかで,不慣れな編集委員長はじめ編集委員をサポートし,入念かつ緻密な編集・校正作業を行ってくださった.さらに執筆者,執筆をご助力くださった会員を含む関係者の方に謝意を表して,編集委員長の序文を締めくくる.
2018年11月吉日
日本スポーツ精神医学会?編集委員会委員長
西多昌規
日本スポーツ精神医学会の
設立の経緯と本書の出版について
日本スポーツ精神医学会の設立の経緯は,日本スポーツ医学会の初代理事長である故永島正紀が,学会誌「スポーツ精神医学」の創刊号に寄稿した文章1)に非常に詳しい.
“さて,わが国にはスポーツ精神医学について論じた論文はわずかしかない.筆者(永島)は 1993 年に『スポーツ精神医学』の総説2)を書いたが,興味を示した臨床医は数少なかった.2002年に筆者の臨床経験から『スポーツ少年のメンタルサポート―精神科医のカウンセリングノートから』3)を出版した後,スポーツ精神医学の存在を知る精神科医が現れた.臨床精神医学誌が座談会『スポーツとメンタルヘルス』を企画,スポーツと精神医学に関する論文を公募した.これらを契機に,2002年11月に『日本スポーツ精神医学会』設立発起人会が開かれ,2003年9月20日に学会が誕生し,第1回総会・学術集会の開催の運びになった.ようやくわが国にもスポーツと精神医学に関する専門的な研究を行い,成果を世に発表する方向が進展することになった.(p.3)”
永島を中心として現在の理事が集まり,2002年11月30日に日本スポーツ精神医学会設立発起人会が開催され,2003年9月20日に日本スポーツ精神医学会
(Japanese Association of Sports Psychiatry;JASP)が発足した.永島は
2007 年に他界したが,学会は,上記の目的を達成すべく活動を続けている.しかしながら現状では,一般の医学界やスポーツ周辺領域からの認知度はまだ十分ではないと考えている.本書の出版は,そのようななかで,“スポーツ精神医学”が,どのような事柄を扱う学問であるのかを示し,知識を普及し,共通の興味をもつ仲間を集め,学会活動を盛んにすることによって,このような分野で治療を求めている人たちに,適切な治療が行われることが本書の出版の第一の目的である.
◦文 献
1)永島正紀:スポーツ精神医学の現状と課題.スポーツ精神医学 2004;1:2-5
2)永島正紀:スポーツ精神医学.日大医学雑誌 1993;52:183-186
3)永島正紀:スポーツ少年のメンタルサポート―精神科医のカウンセリングノートから.講談社,2002
2009年7月
日本スポーツ精神医学会理事長 内田 直