脊髄くも膜下麻酔診断と治療社 | 書籍詳細:脊髄くも膜下麻酔
日本医科大学名誉教授
横山 和子(よこやま かずこ) 監修
東海大学医学部附属八王子病院麻酔科教授
益田 律子(ますだ りつこ) 編著
東京慈恵会医科大学附属第三病院麻酔科教授
近江 禎子(おうみ さちこ) 編著
国立成育医療センター手術集中治療部麻酔科手術室臨床部長
田村 高子(たむら たかこ) 編著
初版 B5判 並製 356頁 2020年02月10日発行
ISBN9784787824332
定価:10,780円(本体価格9,800円+税)冊
JSA用語委員会の名称変更(2000)に伴いタイトルを「脊髄くも膜下麻酔」と改め,全面改訂を実施した.この間,使用薬品や穿刺機器の開発・改良はもとより手術における脊麻の立ち位置も変化してきたが,「あまたある麻酔法の中で,唯一確実に鎮痛と筋弛緩が得られるすばらしい方法」(「はじめに」より)として,現在もその価値は揺るぎない.今後の高齢者増加を鑑みれば,その適用範囲はさらに広がり再評価されるであろう.
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目次
I 総論
1 歴史と展望
2 適応
3 禁忌
II 基礎編
4 解剖
5 生理
6 薬理
III 臨床編
7 手技
8 一般外科
9 整形外科
10 産科麻酔
11 泌尿器科
12 臨床応用─脊髄くも膜下鎮痛法
13 日帰り手術
14 合併症と併発症
15 小児の脊髄くも膜下麻酔
付録1─脊髄くも膜下麻酔と抗血栓薬
付録2─超音波ガイド下くも膜下穿刺手技
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序文
1988年,「臨床医のための脊椎麻酔─基礎知識からペインクリニックまで」(HBJ出版局)というタイトルの本を出版した.30年も昔である.なぜこの本を書いたか─振り返ってみたい.
1984年,筆者は日本医師会の医賠責調査委員を拝命した.当時,脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔:以下「脊麻」と略)による事故がしばしば発生しており,その原因を検証したところ,脊麻の基礎原理や手技,施行後の全身管理,事故発生時の対処法などといった基本的な知識が,施行医師に欠如していたことが原因であることがわかった.その裏には,施行医師の多くが麻酔科専門医ではなく,「脊麻なら簡単にできる」という認識の甘さが根底にあったことも見逃せない.こうした事故を防ぐために適切な脊麻の知識を普及する必要を痛感した筆者は,誰にでもわかりやすく,しかも学問的な参考書の発行を企画したのである.1991年には同じ出版社から改訂新版を発行した.第1版が2刷を重ねて品切れとなったこと,まだ購入希望があること,初版発行から3年を経過していることなどから,改訂発行が妥当と判断された.幸い,初版の執筆スタッフも揃って在籍しており,作業はほぼ順調に進められた.
2000年の「脊椎麻酔─正しい知識と確実な手技」は,前の外資系出版社が日本から撤退したため,制作担当者が(株)診断と治療社に替わって発行された.前の改訂版から10年ほどが過ぎ,脊麻事故は減少傾向にあった一方で,麻酔科医の脊麻への関心は高まっていた.先立つ1997年に,日本麻酔科学会「医療の安全に関する研究会」から「脊椎麻酔の安全指針」が発表されていたこともあり,改めて脊麻のstandard bookを書こうという機運が盛り上がった.しかし,年月の経過とともに執筆スタッフは散り散りになり,それぞれの業務も忙しくなり,簡単な統一事項を協議するにも隔靴掻痒の感が否めない状態が続いた.かなり時間はかかったものの,成書と言える一冊を上梓することができたのはスタッフの努力の賜物と感謝している.
2019年,本書「脊髄くも膜下麻酔」がまとまったが,その道のりはさらに遠く険しいものであった.10年以上前から改訂版の話はあったものの,筆者の定年,執筆スタッフの忙しい立場と職場の変遷など,お互いの連絡も取りにくく,しばしば立ち消えになっていた.また,この約20年の間に「脊椎麻酔」は「脊髄くも膜下麻酔」と変更され,表題を変更するかどうかから協議しなければならず,これら新しい時の流れをどのように埋めるかも問題であった.幸い,編著者のひとりである益田律子教授が多忙な日常業務のかたわら,その特段の忍耐と大いなる努力を傾けてまとめ作業引き受けてくださり,また,若い執筆者たちにもご参加いただき,ここに,脊麻の歴史を踏まえ,現状に即した,より充実した内容の脊麻参考書がようやく誕生したのである.
今回の出版に当たり,筆者の思いを記したい.
筆者が歴史の重要性に気付いたのは,50歳になった頃である.それまでは,現実直視的考えに基づいて麻酔科学を理解,実行していた.ふと立ち止まると,すべての現実は歴史の上にあることに気付いた.脊麻の歴史を顧み,事故予防のためには,基本的知識の必要性と麻酔中の全身管理・監視(看視)の重要性を痛感した.
なぜ,脊麻事故は発生するのか? その原因の究明を始めると,脊麻に使用される器具,その使用法,消毒法,麻酔高の判定法,麻酔後の全身管理の重要性など,脊麻の長い歴史の中で,どのような変遷を辿ったかもわかってきた.麻酔効果のみが重要視され,麻酔中の全身管理と事故に関する解明は後回しにされてきた歴史が,そこにはあった.
事故を予防するには,医師として堅持すべき基礎知識と技術が要求される.何事も一日にして成るものではないことを肝に銘じ,日々努力を重ねて初めて,その本質に到達できることを知ってほしい.
脊麻にはまだまだ応用の余地がある.しかし,安易に脊麻を施行してはならない.人の命を預かるのだから,真摯に取り組んでほしい.書籍では得られない手技(匠の技)の伝達は,歴史を紡ぐ上で非常に重要だが,次の世代にこれを伝えることは他の手法をもってしても大変難しい.本書が少しでもその役に立てたなら,この上ない悦びである.
現実的見地に立てば,医療界において脊麻は簡単な麻酔法と認識され,全身麻酔に比して低い査定を強いられているが,それは,間違いだと言いたい.脊麻は,あまたある麻酔法の中で,唯一確実に鎮痛と筋弛緩が得られるすばらしい方法なのである.そのための全身管理を軽んじてはならない.医療関係者は,この点を正しく認識・評価すべきである.
今後,高齢者の増加に伴い,脊麻の適応範囲はさらに広がり,その効用も再評価されるに違いない.
2019年12月
執筆者を代表して(横山和子)