てんかん患者数約100万人に対して,てんかん専門医の数は約700人と圧倒的に少なく,日常のてんかん診療に携わる一般医は多い.てんかん発作は多種多様でとらえにくく,薬剤選択も簡単ではないため,てんかん診療をむずかしいと感じている一般医も少なくない.本書は,薬剤治療のノウハウを中心に,診療のポイントを図表とともにわかりやすく解説.また,どのような患者が脳神経外科治療の対象になるか,著者の豊富な経験を生かして伝授.薬剤師やメディカルスタッフの方にもおすすめの入門書.
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目次
てんかん診断・薬剤選択アルゴリズム(参考)
序にかえて
1 てんかんとはどのような病気?
2 てんかんの診断と治療の基本は何か?
3 てんかんの定義
4 てんかん診断のしかた
5 てんかんには4つのタイプがある
6 初診時の訴えと問診のコツ
1.てんかん診断の年代別予想
1―1 小児期(小中学生)の初発てんかん
1―2 高校生(若年者)の初発てんかん
1―3 成人の初発てんかん
1―4 高齢者の初発てんかん
2.初発のてんかん発作
2―1 全身けいれん発作
2―2 意識消失発作
2―3 記憶障害発作
7 てんかんの薬剤治療
1.適切な薬剤選択
2.抗てんかん薬の作用機序と副作用
3.女性患者には要注意な抗てんかん薬
4.抗てんかん薬の催奇形性
5.抗てんかん薬服用中の授乳について
6.若年全般てんかんに対する薬剤選択
7.焦点てんかんに対する第一選択薬
8.むずかしいてんかんはすぐに専門医に紹介しよう
9.薬剤治療を終わらせる判断
8 年代別てんかんの特徴と代表例
1.小児期のてんかん
1―1 良性小児てんかん
1―2 小児難治症候性焦点てんかん
2.若年者(高校生)のてんかん
2―1 若年ミオクロニーてんかん
2―2 若年欠神てんかん
3.成人に多いてんかん
3―1 内側側頭葉てんかん
3―2 症候性焦点てんかん
3―3 前頭葉てんかん
3―4 頭頂葉てんかん
3―5 後頭葉てんかん
4.高齢者のてんかん
9 高齢発症てんかん
1.一過性てんかん性健忘症候群
2.非けいれん性意識減損発作重積
10 てんかん診療の諸問題
1.新規抗てんかん薬の位置づけ
2.従来薬から新規抗てんかん薬への変更
3.抗てんかん薬の効かない場合はどうするか?
3―1 薬剤抵抗性(難治)てんかん
3―2 見かけの薬剤抵抗性てんかん
4.外科治療が薬剤治療よりすぐれるエビデンス
5.ジェネリック薬とサプリメント
6.薬剤治療がむずかしかった症例
7.血中濃度測定(血中濃度モニタリング)
8.アドヒアランス
11 てんかん患者の社会復帰のための諸問題
1.就職の問題
2.自動車運転の問題
3.障害者雇用促進法
4.その他の法律的制限
5.結婚の問題
6.公的援助と社会復帰支援
6―1 自立支援制度(医療費公費負担制度)
6―2 精神障害者保健福祉手帳(障害者手帳)
7.他の医療・福祉サービス
8.日本てんかん協会
付録 用語の解説
あとがき
参考文献
索引
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序文
序にかえて
なぜ,このような本を上梓しようと考えたのかを少し述べてみたいと思う.非専門医や一般医にとって,日常のてんかん診療がむずかしいと感じている先生は多いと思われる.筆者自身が若い頃てんかんの勉強をはじめる前はてんかん患者の外来診療が苦痛であった.非常に頻度の高い病気にもかかわらず,むずかしい病気であるという認識があるのはどうしてだろうか.その原因として,次のようなことが考えられる.
①てんかんという病気の症状であるてんかん発作が多種多様でとらえにくいこと.
②患者自身が自分の症状を知らないために医師がてんかん診断に苦労すること(多くの場合,意識障害や記憶障害
を伴うために患者は発作のあったことすら認識できていない場合が多い).
③患者が新生児から高齢者までほぼ全年齢層におよび,年齢によっててんかん発作の症状が大きく異なること.
④一般的には,全身けいれんだけをてんかん発作と考えている人が多いために,けいれん以外の発作症状を詳しく正
確に述べることができないために,発作診断が容易ではない.
⑤てんかんの診療を担当するのが,小児科,精神科,脳神経外科,脳神経内科など多くの科であり,各科の守備範囲
が微妙に重なると同時に乖離もあること.患者にとってはどの科を受診すべきか迷うことも多い.最近も精神科の
受診を嫌う患者は少なくない.
⑥多くの薬剤が上市されており,発作型によって薬剤選択が簡単でないこと.最近は新規抗てんかん薬のジェネリック
薬も登場していて,ますます複雑さやむずかしさを増している.
⑦全国的にみると,てんかん専門医の数は少なく,県や地域的偏在がみられること.
⑧てんかんの実地臨床を行っているのは,救急医,非専門医や一般医である開業医の先生方であって,てんかん専
門医でない先生方に多くは委ねられている現状があること.
⑨てんかん治療がうまくいかなくても,患者が亡くなるような不治の病というわけではないし,問題になることもないとい
う安易な考えが患者や医師側にもあること.
日本てんかん学会では,専門医制度を発足させるとともにガイドラインやガイドブックを作成しててんかん診療の専門レベルを担保する努力を続けている.しかし,多くのてんかん患者が一般開業医や非専門医の先生方によって治療されているということは,抗てんかん薬の処方量からみても明らかな事実と考えられている.そのため,非専門医や一般開業医の先生方のてんかん診療レベルも高める必要があると学会が考えているのも事実である.
筆者は現在,地方の総合病院でてんかん外来を担当して非専門医や一般開業医の先生方からの相談や紹介を受けている.なかには,てんかん診断の誤りや薬剤選択が間違っていてコントロールがうまくいかない例が多く含まれる.これまで,日本てんかん学会の理事を歴任し,ガイドライン委員やガイドブック編集委員長を務めたてんかん専門医として,ぜひ伝えたいと思うヒントや診療のコツなどまとめて提供できたらと思うようになった.これまでの経験を生かして,てんかんという病気とその症状であるてんかん発作についてできる限り平易に解説し,薬の使いかたなど診療のコツを伝授したいと思うようになった.
筆者自身は脳神経外科医であり,新生児や乳児の診療経験はほとんどない.そのため,この本は学童児以降,主として高校生から成人・高齢者までのてんかん患者を対象としていることをあらかじめお断りしておく.学童児未満のてんかん診療は専門の小児科の先生にお任せする.どんな患者がてんかん外科治療の対象になるかは少し補足したいと思っているが,この本の内容は筆者自身のエキスパートオピニオンであり,薬剤治療のノウハウを中心にまとめるつもりである.
てんかんとは何かという疑問に対して,脳の病気であることを疑う先生はさすがにいないと思う.脳がある動物であれば,てんかんという病気が出てもおかしくはない.イヌやネコでもけいれんするのをみたことがある人は多いと思う.ペットとして飼われている純血種はてんかん発作を出しやすいとされている.
てんかんといえば,昔は小児の代表的な病気の1つと考えられてきた.このなかには確かに遺伝素因のあるてんかんも含まれている.一方,脳の異常はそのほとんどがてんかん発作の原因になる.脳卒中,脳挫傷,中枢感染症や脳腫瘍など脳の様々な病気がてんかん発作を出す原因となり,てんかん発作が起きることで脳に病気があることが明らかになることも多い.
また,最近の高齢化の進行はてんかんという病気を増やし続けている.つまり,脳の老化(粗大な脳の病気はなく微細な脳血管障害があることが多いと考えられる)はてんかんの原因になるということであり,てんかんは高齢者の代表的な病気になりつつある.だれでも人生のどこかでてんかんという病気を経験するかもしれない.てんかんがますます身近な病気になりつつあるという現実を無視することはできない.すでに,頭痛と同じくらいに日常診療として,てんかん患者の診療を行わなければならなくなりつつある.
また,てんかんの病気をもっていた多くの偉人や有名人がいたことも知られており,てんかん発作を偉大な業績に生かした人も多いといわれている.このことから,てんかんが負だけの病気ではないことも明らかであり,患者にはもっと積極的にてんかんという病気に向き合ってほしいと思っている.
日本のてんかん診療を地域で支えてくださっている一般開業医には,感謝と敬意を表したいと思っている.われわれてんかん専門医だけではどうすることもできないくらい多くの患者が,てんかんという病気と向き合い,負けずにがんばって生活できているのはそのような先生方のおかげである.日本全国に講演に招かれて,てんかんの最近の話題についてお話ししてきたが,そのときの講演内容をもとにして,非専門医や一般開業医の先生方のてんかんの日常診療の参考にしていただける本を書きたいと思ったのが,この本を書きはじめた動機である.
また最近,薬剤師会での講演を機に,薬剤師の先生方にも読んでいただいて参考にしてもらいたいと思うようになった.ほかにもメディカルスタッフの参考書にもなるように,いつでも読めるように小型サイズの本にした.拾い読みしていただいても参考になると思う.筆者からのアドバイスであると思って読んでいただければありがたいと考えている.
追記
2017年に国際抗てんかん連盟(ILAE)からてんかん発作型分類とてんかん分類が改訂されて発表された.また,てんかん発作型の操作的分類の使用指針も発表された.さらに,2018年に日本神経学会からてんかん診療ガイドラインが改訂された.てんかん関連の分類や用語が次々に改訂されて,日本てんかん学会でも分類・用語委員会が立ち上げられ,学術集会で1つのセッションが組まれるほどとなっている.専門医でも新しい分類法や用語を完全に理解することが容易でない状況にある.この本では,この点も考慮したが,基本的には最も理解しやすく単純な1989年のてんかん分類に準拠して記述した.しかし,今後この新分類や用語に替わっていくことが考えられるため,根幹となるところは新しい分類も取り入れる努力をした.必要と判断されたところは併記するとともに,新旧分類の対比と解説を付録として追加し,解説した.
2020年6月
国立病院機構西新潟中央病院名誉院長
亀山茂樹