正解はないかもしれない. ただ,この世代の力を信じ,背中を押したい.
8つの架空の事例,8つの施設の「AYA支援チーム」のチーム医療を通じて学ぶ,AYA世代のがんのサポーティブケア・緩和ケア.妊孕性の温存,親・きょうだい・子どもへの支援,造血細胞移植ドナーへの支援,治療と学業・就労の両立支援,ピアサポートなど,AYA世代に特徴的な問題への対応をまとめました.AYA世代をスルーしないための1冊です.
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目次
はじめに 清水千佳子,小澤美和
執筆者一覧
第1章 診断時
事例1●造血器腫瘍,21歳・女性─広島大学チームの取り組み
■ケアのアウトライン 一戸辰夫
1 がん告知 福島伯泰
2 妊孕性温存について 原 鐵晃
3 小児科との連携 福島伯泰
4 アピアランスケアについて 清本美由紀
5 診断時・告知後の本人・家族への精神心理的ケア 倉田明子,岩田尚大
6 きょうだい支援 武澤友弘
7 造血細胞移植に向けた支援 浅野悠佳
8 経済的な問題とその支援 瀬尾あゆみ
9 治療後の新規就労への支援 織田浩子
10 ピアの視点から─リハビリテーションの効用 窪 優子
Column 1 インターネット上の情報やソーシャル・ネットワーキングサービス(SNS)との付き合い方 日置三紀
事例2●ユーイング肉腫,18歳・男性─九州がんセンターAYAチームの取り組み
■ケアのアウトライン 白石恵子
1 受診の経緯・告知 横山信彦
2 入院生活のサポート 野口磨依子
Column 2 患者とのかかわりのなかで感じるAYA世代の特徴 野口磨依子
3 告知にまつわるフォロー:本人・家族 坂田 友
4 生殖機能温存について 古林伸紀
5 経済的支援─MSWの立場から 松尾由佳
6 術前リハビリテーション,術後リハビリテーション 進藤史代
7 入院中の生活に焦点を当てたかかわり 坂田 友
8 高校生の心理状態・人生設計の立て直し 白石恵子
9 ピアサポート 白石恵子
10 AYA世代患者のサポートを考える多職種カンファレンス 白石恵子
11 A世代患者の意思決定支援をサポートする 泊 由布子
TOPIC 1 初期治療終了後「AからYAへのtransition」 清谷知賀子
第2章 治療中
事例3●乳がん,32歳・女性─滋賀医科大学チームの取り組み
■ケアのアウトライン 河合由紀
1 治療の意思決定 河合由紀
2 がん治療の現場で考えるべき妊孕性の問題 日置三紀
Column 3 自施設で妊孕性温存ができないときの支援─看護師の立場から 椎野育恵
3 遺伝性腫瘍 勝元さえこ
4 治療と仕事との両立を支える 木村由梨
5 がんが家族に及ぼす影響と家族の支援 服部聖子
6 AYA 世代のがん患者の心理的負担とその対応 森田幸代
Column 4 乳がんと運動 森田幸代
Column 5 YA 世代で乳がんと診断されて 長谷川千晶
TOPIC 2 遺伝性腫瘍っていわれたけど,どうしたらいい? 西川智子
TOPIC 3 妊娠中にがんが見つかった!─妊娠中に発見されたがん 秋谷 文
事例4●傍精巣原発横紋筋肉腫,21歳・男性─名古屋医療センターチームの取り組み
■ケアのアウトライン 前田尚子
1 医療チーム体制づくりとニーズの把握・対応 前田尚子
2 医学的情報を整理して伝え,医療を提供するための考え方,注意点,意識する点
稀少がんであること,標準治療と臨床試験について情報提供を行う 前田尚子
予測される晩期合併症(身体面・心理社会面)について情報提供を行う 前田尚子
遺伝性腫瘍の可能性 服部浩佳,河合美紀
3 本人の身体的ケア,精神的ケア
がん治療に伴う諸種の副作用の対策:疼痛,悪心・嘔吐,味覚障害,食欲不振,体力低下など 岡本典子,松野英美
脱毛,やつれ,ボディイメージの変化などアピアランス関係 橘 延之
病気の受容 前田尚子
人生設計を変更しなければならないこと:留年・受験・進学・就活 橘 延之,前田尚子
がん罹患,闘病に伴う不安や恐怖,孤独,絶望感への対応 林 美千子,家田友里
4 親による支援,親に対する支援 林 美千子
5 きょうだい,パートナー,友人,闘病仲間(ピア)による支援 山田真弓,畑中めぐみ,家田友里
6 療養環境整備
本人が希望する療養環境の実現─治療と学生生活の両立 前田尚子
経済的に自立しておらず,保護者に依存するなかで,高額な医療費を支払うこと 橘 延之
生命保険加入など将来への保障はどうすればよいか? 橘 延之
第3章 初期治療終了後
事例5●子宮頸がん,29歳・女性─聖マリアンナ医科大学チームの取り組み
■ケアのアウトライン 鈴木 直
1 術後後遺症:卵巣機能不全に伴う合併症 澤田柴乃
2 術後後遺症:排尿障害等の泌尿器関連障害 遠藤 拓
3 術後後遺症:リンパ浮腫 横道憲幸,瀧音綾子
4 セクシュアリティ─性と生殖 久慈志保
Column 6 子宮頸がんの標準治療と生殖機能温存の適応 久慈志保
5 アピアランスケア 今井 悠
6 がんに罹患したことへのスティグマにどのように対応していくべきか 大原 樹
7 就労の問題 杉浦貴子
8 治療後の人生を支える心理支援のあり方 山谷佳子
9 ピアサポート 洞下由記
事例6●直腸がん,32 歳・男性─国立がん研究センター中央病院チームの取り組み
■ケアのアウトライン 鈴木達也
1 治療合併症 井上 学
2 健康管理:食と栄養 土屋勇人
3 再発不安 平山貴敏
4 社会復帰・復職支援 清水理恵子
5 子どもをもつこと 稲村直子
6 YA世代男性のアピアランスケアについて 藤間勝子
7 未成年の子どもがいる患者・家族支援―親子支援 小嶋リベカ
8 ピアサポートとSNS 平山貴敏
9 若年性大腸がんと遺伝性腫瘍 田辺記子
第4章 治療に抵抗性となってきたとき
事例7●肺がん,36歳・女性─聖隷三方原病院チームの取り組み
■ケアのアウトライン 森田達也
1 治療抵抗性となってきたときの患者・家族へのケア:概要 森 雅紀
2 治療抵抗性となってきたときの患者・家族へのケア:看護の役割 佐久間由美
3 AYA世代のがん患者の症状緩和の要点 森田達也
4 AYA世代の看護相談と在宅療養支援 大木純子
5 最期の数日からお別れのあと:看護の役割 佐久間由美
事例8●脳腫瘍(神経膠芽腫),20歳・女性─聖路加国際病院チームの取り組み
■ケアのアウトライン 吉原宏樹
1 A世代の終末期患者を扱う医療者が準備すべきこと 小川恵理子,吉原宏樹
2 A世代がん患者が「治らない」とわかったとき,医療者は本人とどう向き合うか? 吉原宏樹
Column 7 セカンドオピニオンの提示 吉原宏樹
3 予後を察知したA世代がん患者の精神面のケア 小川恵理子,前田邦枝
4 子どもを喪失する親・家族の悲嘆,葛藤 小川恵理子,吉原宏樹
5 A世代患者のきょうだい 小澤美和
6 終末期を過ごす場所の選択 山口絵美,鶴岡佳奈,牧 祥子
7 症状の進行に伴い,本人の意思表示が困難になっていくなか,本人の希望・喜びは何か 吉原宏樹
Column 8 病と向き合って…… 関口佳子
あとがき 森田達也
索引
心理士には「臨床心理士」「公認心理師」の資格がございます.公認心理師は制度化されて間もないこともあり,どちらかの資格をお持ちの方,両方の資格をお持ちの方など,職場職場で異なっておりますので,本書ではすべて「心理士」で表記を統一しております.
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序文
はじめに
国のがん対策推進基本計画にAYA世代という言葉が入って以降,「AYA(adolescent and young adults)世代」という言葉は,その日本語訳である「思春期・若年成人世代」という言葉以上に市民権を得てきているようです.しかし,国の方針に従ってAYA世代のがんの医療を改善し,ライフステージにあったがんとの共生を支援しようと思っても,具体的にAYA世代のがんの患者にどのようにかかわればよいかわからない,自信がないという声をよく聞きます.それは年間20,000人といわれる AYA世代のがんの稀少性のために,そもそも医療者がAYA世代のがん患者に出会ったことがないからかもしれません.もしくは,AYA世代のがんの多様性のために,地域や所属,診療科や職種,医療者や支援者が,それぞれのおかれた立場で描く「AYA世代のがん患者」像が異なり,イメージを共有することができないからかもしれません.一方で,当事者のニーズの個別性を考えると,「AYA世代のがん=遺伝性腫瘍」「AYA世代の支援=妊孕性の支援」のような,一律の対処の仕方も誤っているように思いますし,患者自身も自身の困難に気づいていなかったり,あえてニーズを声に出さなかったりする可能性があります.そして患者のニーズも時とともに変化していきます.
このようなAYA世代の特性を踏まえると,医療機関におけるAYA世代のがん患者の支援を考えるときに大切なことは3つあると考えています.それは,①AYA世代の患者を見逃さないこと,②患者のニーズを多職種で多角的に,そして継続的に評価すること,そして③個別のニーズに応じて必要な支援のリソースにつなぐことです.目の前に患者がいるのに,忙しさや不慣れなこと,患者が何も言い出さないことを理由に,患者のニーズをスルーしていませんか? スクリーニングシートを使って拾い上げたニーズを,きちんと相談・支援につなげられていますか? 地域にどのようなリソースがあるのかを把握し,支援のリソースが院内にないときに自信をもって院外のリソースに紹介できていますか? がんという困難にぶつかって,生き方を変えざるを得ないときにも,しなやかな感性で困難を力に変えることができるこの世代のもつ力を信じ,活用できていますか?
本書は,AYA世代のがん患者のサポートに関する教科書というよりも,むしろ,病院の多職種チームがAYA世代のがん患者に対応するときの参考となるように,事例を軸に,がんの診断時,治療中,治療終了後,そして終末期の臨床場面での困難にどのように対応していくかがわかるように構成しました.それぞれの事例は,数少ないながらAYA世代のがんの代表的な問題点が浮き彫りになるような設定を盛り込んだ架空事例です.思春期と若年成人への変化はグラデーションになっていて,発達には個人差もあり,年齢などで明確に区別できるわけではありませんが,心理的・経済的な自立の途上にあるA(思春期)世代と,自立した生活を送り始めたYA(若年成人)世代では,ニーズや対処の仕方が異なると思われるため,それぞれの臨床場面でA世代,YA世代の事例を掲載しました.また事例のなかに,現時点でわかっている医学的知識,行政等の支援リソースの情報を適宜盛り込みました.
8人の患者に対して,8つの施設の「AYA支援チーム」が,それぞれ悩みながら,それぞれの仕方でAYA世代への対応を模索する様子を想像しながらお読みください.お気づきのように各施設のAYA支援チームには,異なる専門性をもつ医師,看護師,メディカルソーシャルワーカー(MSW)だけでなく,薬剤師,リハビリテーション職,心理職,遺伝カウンセラーなどさまざまな専門職が登場しますが,チームの構成メンバーはそれぞれの施設で異なります.数の少ないAYA世代とのかかわりにおいて,必ずしも特定の資格を有する専門職がチームに参加していることは必須ではありません.チームに参加する各職種がそれぞれの専門性を最大限に生かしつつ,患者とのかかわりのなかからさらに想像力を膨らませ,チームに不足している部分をどう補うかを考えながらケアをコーディネートしていくことがより重要です.読み終えたときには,これが正解という方法はなくとも,それぞれの「AYA支援チーム」の対応のなかに,1人ひとりの患者と向き合い,患者のニーズを丁寧に分析し,ニーズに応じて必要な支援につなぐ,という共通の営みが透けてみえてくるのではないかと思います.
2022年7月吉日
清水千佳子,小澤美和