慢性疾患の臨床において,アドヒアランスの低さとうつは治療を妨げる大きな要因となっている.本書は心理士や患者ケアにかかわるその他医療スタッフに,慢性疾患患者に適用できるアドヒアランスとうつの問題に焦点を当てたCBTプログラム”CBT-AD”を紹介.同時発売の,患者さんに手渡す『ワークブック』と併せて活用ください.
関連書籍
ページの先頭へ戻る
目次
・推薦の辞
・原書のシリーズ監修者による序文
・監訳の辞
第1章 セラピストのための基礎知識
1 背景となる情報と本プログラムの目的 2 問題の焦点:慢性疾患におけるうつとアドヒアランス 3 うつのさまざまなタイプ:診断基準 4 プログラムの作成とエビデンス 5 CBT-ADの概念的基礎 6 本治療プログラムのリスクと利益 7 代わりとなる治療 8 薬物治療の役割 9 本治療プログラムの概略 10 ワークブックの利用
第2章 疾患ごとのアドヒアランスのポイント
1 AIDS/HIV感染症 2 糖尿病 3 CBT-ADが適用できるその他の医学的問題 4 まとめ
第3章 モジュール1:CBTについての心理教育と動機づけ面接
1 アジェンダ設定 2 CES-Dによるうつの重症度のふり返り 3 アドヒアランスと医学的な変化のふり返り 4 うつとアドヒアランス 5 うつの要素 6 うつのCBTモデル 7 うつのサイクル 8 治療の焦点 9 うつを緩和することへの動機づけ 10 動機づけのたとえ話 11 動機づけ練習:変化するメリットとデメリット 12 治療のフォーマット 13 治療についての考えを取り扱う
第4章 モジュール2:アドヒアランス向上練習(ライフステップ)
1 アジェンダ設定 2 CES-Dによるうつの重症度のふり返り 3 アドヒアランスと医学的な変化のふり返り 4 前のモジュールのふり返り 5 ライフステップ:アドヒアランスとセルフケアの向上 6 ライフステップ 7 手順のふり返り 8 フォローアップ(任意で)
第5章 モジュール3:活動計画
1 アジェンダ設定 2 CES-Dによるうつの重症度のふり返り 3 アドヒアランスと医学的な変化のふり返り 4 これまでのモジュールとホームワークのふり返り 5 活動計画 6 活動リスト 7 週間活動記録表
第6章 モジュール4:認知再構成(適応的な考え方)
認知再構成 パートⅠ
1 アジェンダ設定 2 CES-Dによるうつの重症度のふり返り 3 アドヒアランスと医学的な変化のふり返り 4 これまでのモジュールとホームワークのふり返り 5 認知再構成 6 考え方のくせ 7 自動思考 8 次のセッション
認知再構成 パートⅡ
9 アジェンダ設定 10 CES-Dによるうつの重症度のふり返り 11 アドヒアランスと医学的な変化のふり返り 12 これまでの資料とホームワークのふり返り 13 合理的反応 14 コーチングについてのたとえ話 15 合理的反応の形成 16 現実の状況で自動思考を検証する 17 中核信念
第7章 モジュール5:問題解決
1 アジェンダ設定 2 CES-Dによるうつの重症度のふり返り 3 アドヒアランスと医学的な変化のふり返り 4 これまでのモジュールとホームワークのふり返り 5 問題解決 6 問題解決練習
7 問題解決の五つのステップ 8 大きな課題を扱いやすいステップに分ける方法
第8章 モジュール6:リラクセーション練習と腹式呼吸
1 アジェンダ設定 2 CES-Dによるうつの重症度のふり返り 3 アドヒアランスと医学的な変化のふり返り 4 これまでのモジュールのふり返り 5 呼吸法の再練習 6 腹式呼吸法 7 リラクセーション法(漸進的筋弛緩法)
第9章 今までのふり返りとメンテナンス・再発予防
1 アジェンダ設定 2 CES-Dによるうつの重症度のふり返り 3 アドヒアランスと医学的な変化のふり返り 4 前回のセッションのふり返り 5 これまでのモジュールとホームワークのふり返り 6 患者が自分自身の治療者になっていくことについて話し合う 7 患者の進歩 8 治療ツールの有用性 9 メンテナンス,再発予防,治療の終結
参考文献
索 引
・原著者紹介
・訳者一覧
ページの先頭へ戻る
序文
推薦の辞
いわゆる身体疾患の治療で,身体へのアプローチだけでなく,精神面へのアプローチが重視されるようになってきたという話を近年よく耳にするようになりました。ところが,精神面へのアプローチといわれてもどのようにすればよいか,具体的なアプローチがわからず戸惑っている医療関係者が少なくないように思います。
そうした人たちの心強い味方である治療者用のセラピストガイドと患者用のワークブックが,ついに日本でも翻訳,刊行されました。この2冊は,原書のシリーズ名がTreatments That WorkTMとなっていることからわかるように,効果が実証されているアプローチを具体的かつ実践的に紹介する内容になっています。しかも,セラピストガイドとワークブックを提供することで,治療者と患者が力を合わせて治療に取り組めるようになっているところが,いかにも臨床的です。
内容もきわめて臨床的で,慢性疾患の治療に好ましくない影響を与える二つの要因であるうつ病と低い治療アドヒアランスに焦点が当てられています。身体疾患にかかった人がうつ病などの精神的不調を体験するようになることが多いことは種々の調査から明らかになっています。そうすると,身体疾患の治療経過に好ましくない影響が現れてきます。
うつ病は,自律神経やホルモンの変調,免疫機能の低下などを通して,直接身体疾患に影響してきます。さらに,うつ病になると,治療に取り組む意欲が薄れてきて,アドヒアランスが低下してきます。いくら医療者が的確な指示を出しても,その指示をきちんと守ることができず,結果的に治療効果が上がらなくなります。もちろんアドヒアランスは,うつ病にかかっていない人の場合でも,身体疾患の治療の大きな阻害要因になります。このように慢性疾患の治療に強く影響するうつ病とアドヒアランスに対して認知行動療法が有効であることがこれまでの研究から実証されてきていますが,この2冊の本ではその具体的な方法が詳しく紹介されています。また,これまで国内外で行動医学の実践に取り組んでこられた堀越 勝先生と安藤哲也先生が監訳されたこともあって,とても読みやすくできあがっています。
セラピストガイドとワークブックを多くの方が手にとっていただき,臨床に生かしていただくことを願っています。
一般社団法人 認知行動療法研修開発センター
大野 裕
原書のシリーズ監修者による序文
―Treatments That WorkTMについて
過去何年にもわたり,ヘルスケアは驚くべき発展を果たしてきました。しかしながら,これまでに広く受け入れられてきたメンタルヘルスと行動医学における介入や治療戦略が,益がないばかりでなく害を引き起こすことさえあるというエビデンスが研究により示され,疑問が呈されるようになりました。また別の介入法は,エビデンスの最も厳しい基準に照らして効果が認められ,その結果として,そうした介入法の実践を社会全体へと広めていくことが推奨されるようになりました。こうした変革の背景には,次のようないくつかの発展があります。第一に,心理的,身体的双方の病理学についてより深い理解ができるようになったことで,新しい,より正確にターゲットを絞り込んだ介入法が開発されるようになってきました。第二に,研究手法が十分に改善され,内的・外的妥当性を脅かす要因の影響を統制できるようになってきたことで,臨床現場により直接的に応用できるアウトカムをもたらすことができるようになってきています。第三に,ケアの質を向上すべきだということ,そのケアはエビデンスに基づくものであるべきだということ,そしてその実現を確実にすることが公共の利益にかなったことであることに,
世界中の政府やヘルスケアシステムや政策の立案者が合意しました(Barlow, 2004;Institute of Medicine, 2001)。
もちろん,臨床家がいつも直面する主要な障害は,新たに開発されたエビデンスに基づく心理学的介入にアクセスできるかどうかです。ワークショップや書籍があったとしても,せいぜい,最新の行動医学的な介入に対して開かれた臨床現場と患者を持っている責任感のある良心的な臨床家たちだけに有益でした。そこで,この新しいシリーズTreatments That WorkTM*は,そうした刺激的な新しい介入法を,実践の最前線にいる臨床家に届けるために作られたのです。
本シリーズのマニュアルとワークブックには,特定の問題や診断を査定し,治療する際の手続きが,順を追って詳細に記されています。しかし,このシリーズは,単なる書籍やマニュアルの域を超えて,手続きを実施する臨床家にとってのスーパービジョンに似た援助が得られるような補助マテリアルを提供しています。
今のわれわれのヘルスケアシステムにおいては,エビデンスに基づく実践を行うことが,メンタルヘルスの専門家にとって最も信頼のおける行動指針であるというコンセンサスが育ちつつあります。すべての行動的介入を用いるヘルスケアの臨床家は,自分の患者に,できうる限りの最良の治療を提供したいと,こころから望んでいます。このシリーズでわれわれが目指したものは,現場で行われているサービスと,最新の科学的知見とのギャップをなくし,現場でそれを実践できるようにすることです。
本書と,同時刊行のワークブックは,慢性疾患を抱え,うつが併発している人に対する,うつとアドヒアランスをターゲットとした認知行動療法(cognitive behavioral therapy;CBT)について著したものです。うつは慢性的な病気によくみられるものであり,その人たちが病気とうまくつき合っていく能力を著しく損ないます。うつ状態にある人は,セルフケア行動をあまりしなくなる傾向があります。たとえば,処方されたとおりに薬を飲まなかったり,飲むことをまったく忘れてしまったり,診察の予約を忘れてしまったり,運動や食事を健康的なものにしようとしないなどです。そうした一連のセルフケア行動を積極的に行うようになることが,このプログラムで焦点を当てるところです。治療はうつに対するCBTで用いられる標準的な介入に依拠していますが,慢性疾患を抱える人のために(内容を)精選し,修正しています。とりわけ,セルフケア行動と医療のアドヒアランスについて強調しています。患者は,自分自身でよりよいケアができるようになるために,問題解決や認知再構成といった中核的なスキルを学びます。患者はまた,症状や副作用に対処するために,リラクセーションと呼吸法についても学びます。こうした特有の介入法を伝えるための段階的な指示を備えた本書は,メンタルヘルスの専門家と彼らがかかわる慢性疾患を抱えた患者にとって計り知れないリソースとなるでしょう。
*Oxford University Pressのシリーズ企画。本書の原書“Coping With Chronic Illness:Therapist Guide”は,同シリーズのなかの1冊である。
デイビッド・H. バーロウ
Treatments That WorkTMシリーズ監修者
マサチューセッツ州ボストン
参考文献
Barlow, D. H.(2004). Psychological treatments. American Psychologist, 59, 869−878.
Institute of Medicine.(2001). Crossing the quality chasm: A new health system for the 21st century. Washington, DC: National Academy Press.
監訳の辞
「病は気から」という言葉があるが,ある意味で古人は身体疾患と精神症状の関係,いわゆる“mind and body”の関係に気づいていたことになる。「病」が先か「気」が先かについては議論の余地があるとしても,おそらく古人は身体疾患のなかには「気が滅入る」,「落ち込む」などの精神的な症状を併存するものがあることを体験し,格言としてそれを残したと考えられる。こうした生活の知恵は,われわれに治療における精神面への介入の重要性を再認識させるのではないだろうか。近年の身体疾患に伴う“comorbidity”(併存症)の研究は,特定の身体疾患に伴う精神症状の存在を明らかにしている。なかでもうつは身体疾患に伴う精神的症状として知られており,2型糖尿病,高血圧,喘息などの慢性疾患に伴ううつは周知のところである。うつは生活の質を落とす疾患の第2位と報告されているように(Vos T. et al,Lancet 2012),単独でも患者に与える影響は非常に大きく,慢性疾患患者の多くは身体的苦痛と精神的苦悩の両面に悩まされていることになる。そこで,慢性疾患患者の治療にうつへの介入を含むという案は非常に理にかなったことだと考えられる。
うつに対する介入法としては従来からの薬物療法に加え,近年注目されているものの一つとして認知行動療法(cognitive behavioral therapy;CBT)をあげることができる。CBTは近年諸外国で注目されている精神療法であり,医療,教育,産業など多岐にわたって応用されている。わが国でも,2010年に保険適用が始まり,おもに医師によるCBT介入が実施されるようになった。現時点では諸外国に比べ,わが国のCBTは十分に均霑化されているとは言い難いが,医療分野を中心に徐々に広がりをみせている。CBTについては,治療効果において,無作為割り付け試験を用いるなど強度の高いエビデンスによる有効性が示されており,ある意味で「効く」精神療法という認識も定着してきている。したがって本書が示すように,慢性疾患を抱える患者が自らの病と付き合うためにうつへ介入すること,とくにCBTの常套手段である心理教育から始まる,認知再構成,問題解決技法,行動活性化,リラクセーションなどの一連の手法を用いることは非常に有効な手段であると思われる。さらに,本書では慢性疾患患者を意識して,まず治療を止めずに続けること(アドヒアランス)ができるように働きかけることに重点をおいている。慢性ということは「ずっと長く病んでいる」ということである。したがって,「ずっと治療すること」を重視する必要があるということである。言い換えるならば,本書を邦訳することの意義は,本書が単なる慢性疾患患者のうつに対するCBTの本なのではなく,慢性疾患患者への介入にはうつと同時に治療を続けること,つまりアドヒアランスにも働きかけることが不可欠であることを示している点にある。
本書が慢性疾患を抱える方々,またその治療にあたる専門職の方々にとって,使いやすく有効なツールとなることを願ってやまない。
国立精神・神経医療研究センター
認知行動療法センター センター長
堀越 勝
監訳の辞
日本では,ほとんどの人が一生のうちに何らかの生活習慣病やがん,アレルギー疾患などの慢性の身体疾患にかかります。慢性身体疾患の診断を受け,そのことを受容し,疾患を抱えながら生きていくということは,ごくありふれたことですが,それは決して容易なことではありません。実際,本書でも述べられているように,多くの慢性内科疾患患者がうつや治療へのアドヒアランスの問題を抱えていることがわかっています。援助を必要とする無数の患者さんがいるのです。本書がメンタルヘルスの専門家に,この領域に関心をもっていただく機会になることを願っています。
慢性内科疾患の治療を急性疾患の治療と比較した場合の特徴として,患者にとってメリットは漠然としてわかりにくいが,デメリットは明確に実感できることがあげられます。本書のなかで本アプローチが有効な疾患の例としてHIV感染症や糖尿病,高血圧などが記述されていますが,これらの疾患では日和見感染発症,重篤な合併症の発症するまではほとんど自覚的な症状はなく,病状は検査の値でしか知ることができません。そのうえ何年,何十年先の合併症のリスクを減らすという治療の目標や効果は,頭では理解できたとしても,いま一つ危機感を持ちにくいものです。一方で,食事療法・運動療法・禁酒・禁煙などによる欲望や自由の制限,定期的な服薬やモニタリングの負担,不快な薬の副作用はすぐにはっきりと体験されます。アドヒアランスがよくないのにはそれなりの理由があることなのです。
身体疾患患者に心理療法を導入するときに気をつけなければならないのは,しばしば患者の主訴と治療のターゲットとの間にギャップがあるということです。本アプローチの場合であれば,からだの治療を受けに来たのに,うつの治療をされることへの戸惑いや不快感,アドヒアランスの問題を非難される不安などが予想され,十分配慮することが必要と思われます。担当する患者の疾患やその治療についてよく知ること,疾患による苦痛や治療の苦労をよく聞いて,共感的に理解しラポールをつくることや,心理教育や動機づけに力を入れることはその後の段階をスムーズに進めるための鍵となることでしょう。
本書が少しでも多くの臨床家の役に立ち,患者さんの助けになることを願っております。
国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 心身医学研究部ストレス研究室長
安藤 哲也