小児救急現場のバイブルとして好評を博した前版が,各領域の精鋭執筆陣による最新の知見を得てアップデート.総論と主要徴候,おもな救急疾患に分けて執筆された各項目では,必要なページにすぐアプローチでき、具体的な診療の手順、治療法、使用する薬剤、保護者への説明のポイントまで、診療の場で有益な情報がわかりやすく伝えられる.小児救急に携わるなら必ず手許に置きたい1冊.
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目次
執筆者一覧
Ⅰ 総 論
A 小児救急医療の特徴……市川光太郎
B 小児救急外来トリアージ……市川光太郎
C 小児呼吸管理の基本……西村奈穂
D 小児心肺脳蘇生の基本……新田雅彦
Ⅱ 主要徴候
A ショック……志馬伸朗
B 多臓器不全……齊藤 修
C 重篤感染症・SIRS/sepsis……柳井真知
D 意識障害……河野 剛
E けいれん重積……石井雅宏,下野昌幸
F 不整脈……久保 実
G 呼吸困難……田村卓也
H 胸 痛……中村太地,太田邦雄
I 高熱・不明熱……明神翔太,笠井正志
J 脱 水……岡本吉生
K 腹痛・下血……靍 知光
L 嘔吐・吐血……山内勝治,米倉竹夫
M 紫斑・出血傾向……安井昌博
N 発 疹……富田一郎,天本正乃
Ⅲ おもな救急疾患
A 中枢神経系疾患
1.急性脳炎・急性脳症……大前禎毅
2.化膿性髄膜炎……長村敏生
3.熱性けいれん……石橋紳作
4.無熱性けいれん……天本正乃
B 呼吸器疾患
1.下気道感染症……尾内一信
2.百日咳……岡田賢司
3.気管支喘息・喘息性気管支炎……種市尋宙
4.気 胸……吉元和彦
5.急性細気管支炎……加納恭子,平井克樹
6.クループ症候群・急性喉頭蓋炎……黒崎知道
7.急性呼吸窮迫症候群……北村真友
8.頸部感染症……市川光太郎
9.生後3か月未満児の発熱……大田千晴
C 循環器疾患
1.先天性心疾患の救急医療……松裏裕行
2.心筋炎・心筋症……山本英一
3.感染性心内膜炎……寺井 勝
4.川崎病……浜田洋通
D 消化器疾患
1.イレウス……吉村翔平,松藤 凡
2.急性虫垂炎……渡井 有
3.感染性胃腸炎……松永健司,竹迫倫太郎
4.腸重積症……久保 実
5.急性腹症……浮山越史
E アレルギー疾患
1.アナフィラキシー・食物アレルギー……津田文史朗
2.IgA血管炎(アレルギー性紫斑病)……泉 裕之
F 代謝・内分泌疾患
1.低血糖・代謝性アシドーシス……李 知子,竹島泰弘
2.糖尿病……泉 維昌
3.甲状腺疾患……林 眞夫
G 血液疾患
1.貧 血……興梠雅彦
2.出血性疾患……稲垣二郎
3.腫瘍性疾患……神薗淳司
4.ウイルス関連血球貪食症候群……永井功造,石井榮一
H 泌尿器・生殖器疾患
1.急性腎不全・急性腎障害……島袋 渡,郭 義胤
2.急性腎炎……大部敬三
3.ネフローゼ症候群……西尾利之
4.尿路感染症……高野健一
5.外科的泌尿器・生殖器疾患……山口孝則
6.子どもの産婦人科救急疾患……増﨑英明
I 境界・事故関連の傷病
1.誤飲・誤嚥……西山和孝
2.頭部外傷……荒木 尚
3.腹部外傷……杉山正彦
4.四肢外傷~特にその応急処置~……井上信明
5.溺 水……有吉孝一
6.熱 傷……西山和孝
7.中 毒……林 卓郎
8.熱中症……平本龍吾
9.児童虐待……市川光太郎
10.急性中耳炎・急性鼻副鼻腔炎……河野正充,保富宗城
11.ヘルニア嵌頓……伊崎智子,田口智章
12.歯の損傷……平野慶子,仲野道代
13.精神症状および心理社会的問題……奥山眞紀子
14.思春期危急疾患……市川光太郎
15.突然死への対応……村田祐二
16.予防接種……岡田賢司
付録 小児救急現場における使用薬剤一覧
1.心肺蘇生薬と集中治療薬……阿部世紀
2.抗けいれん薬……伊藤陽里
3.喘息治療薬……林 拓也
4.ステロイド薬……中林洋介
5.鎮静・麻酔薬……植松悟子
索 引
執筆/市川光太郎
Column
Column 1 腹痛・嘔吐時にはすぐに末梢循環状態,脈拍,血圧,SpO2のチェックを!
Column 2 溶連菌性膿痂疹はKaposi水痘様発疹と酷似!
Column 3 炎症反応軽微な細菌性髄膜炎は皮膚洞を探せ!
Column 4 胸部X線の読影は慎重にかつCTRも常に計測するくせをつけるべき!
Column 5 血痰に,ヘモジデリン貪食細胞陽性!
Column 6 「喉が切れた」と片づけられた肺ヘモジデローシスの血痰!
Column 7 先天性喘鳴のはずが,pulmonary slingだった?
Column 8 斜頸はよく遭遇するが,時に珍しい疾患が!
Column 9 発赤・腫脹しているし,頸部化膿性リンパ節炎のはずが…!
Column 10 3か月未満児の発熱はどこまで検査するの?
Column 11 再び寄生虫疾患が増えている!?
Column 12 年長児の腸重積症は必ず器質的疾患はあるものと考えるべし!
Column 13 腸重積ではイチゴジャム,Meckel憩室ではブルーベリージャムの血便が!
Column 14 重症食物アレルギー児のアナフィラキシー発作の原因はダニだった!
Column 15 貧血,血小板増多,高蛋白血症で見つかったCastleman病
Column 16 病巣不明熱の精査では腹部造影検査も不可欠かも!?
Column 17 母親指導はもしものことも一言加えていたほうがよい!
Column 18 母親は育児で孤軍奮闘している! 育児ストレスへの配慮が不可欠!
Column 19 誰も知らない,子どもの骨折! 誰かがしたはずなのに!
Column 20 虐待を疑う熱傷とは?
Column 21 銀杏中毒では催吐は禁忌!
Column 22 耳鼻科で押さえつけられたから頭が腫れた!?
Column 23 なぜ,そこまでするの? 自傷
Column 24 ガス壊疽感染症!? 母親を心配させるための自傷行為だった!
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序文
改訂第4版の序
市川光太郎先生のご逝去から約半年がたとうとしています.最近になってふとした瞬間,市川先生のご不在を改めて実感するようになりました.新しい病院で新しい研修医を迎えたこの春,喪失感から立ち直り市川先生が命を削りながら作って来られた小児救急の理想を形にして第一歩を踏み出さなくてはいけないと気持ちを新たにしています.
市川先生は常々,小児の救急受診は軽症で当たり前,重症化する手前ですくい上げ適切な治療を提供しお返しする,地域格差なくどこに住んでいても適切な医療が受けられる,明け方,夜間にしか受診できない家庭が存在する今の子供を取り巻く環境を理解する,それが本来の小児救急のあるべき姿であると言われてきました.
また昨今は心身障害を有した複合疾患の増加に心を痛め,次への取り組みを開始されていました.虐待を主とした不適切な養育環境で育てられ誰にも気づかれない,救われない要保護児童,医療難民となりがちな思春期の子供達の自殺企図や不登校など,今までともすれば一般小児科医が避けようとしてきた,遠い位置にあると思われてきた現実を,小児救急の現場で確かに自覚すること,救急現場はそういった生命の危機をかかえる子供達の最初の受け入れ先になってきていることを強調されてきました.虐待を気づく観察力,洞察力,知識を身につけ,小児救急における1つの学問として発展させ,声なき子供達の叫びを絶対に見逃すなと何度も言われてきました.小児救急に係わる行政には地域毎の温度差は間違いなく存在し,また熱い思いはあっても医師数の地域格差により小児救急を小児科医のみが担うことが不可能な地域など自治体が抱える様々な問題も山積みです.
常に謙虚に!
これからの日本を,世界を,引き継いでいく次の世代を守り慈しみ,そして今後の小児救急医療を担っていく小児科医が,今おかれているそれぞれの場所で市川マインドを心の片隅にとどめて頂けることを切に望んでいます.そして市川光太郎先生が病の床から最後まで情熱を注ぎ監修をされ続けたこの書が末永く子供の医療に携わるすべての医療従事者の一助として側に置いて頂けることを心から願っております.
令和元年5月
北九州市立八幡病院 副院長
北九州市立八幡病院小児救急・小児総合医療センター
天本正乃
改訂第3版の序
社会の年齢構造の変化により,医療環境が2025年を迎えるにあたって大きく様変わりせざるを得ないと危機感が漂い始めている.また政策医療により,入院医療から在宅医療の充実へ大きくベクトルが変わろうとしている.小児医療においても,ワクチン等の増加と普及で,危急感染症の様相も変化してきている.こと小児救急医療においては,侵襲的細菌感染症が減少したため,救急診療における医療側の精神的背景が随分と軽くなった気がしている.あと10年後の2025年には,成人・老人医療のみならず,小児医療・小児救急医療も大きく様変わりしているであろう.
しかし,相変わらず小児救急医療における地域格差は強く,小児科専門医が少なく,すべての保護者の要望に応えられていない現状は続いている.ただ,一時期のような専門医志向の昂揚は感じなくなり,小児救急医療においてもER医や一般救急医の努力等もあり,小児科専門医志向が以前ほどではなくなっているのではないかと思われる.小児科医に限らない多くの小児救急医療提供者の真摯な医療姿勢が,家族に受け入れられてきているのであろう.今こそ地域の医療関係者と連携し,小児救急医療講習会等を行いながら,地域の小児救急医療のさらなるボトムアップをすることが求められているのかもしれない.
ここで,小児救急医療の専門性の多様性という観点から考えてみると,小児の災害医療の専門性の確立と拡充が,今後,喫緊の課題である.また,在宅医療児の増加に伴う救急医療対応の確立や小児救急医のアウトリーチの充実などが求められる.一方では,虐待を含めた不適切養育の子どもの増加に伴う,要保護児童・要支援児童等への救急対応も否応なく求められるであろう.加えて,子どもの疾病構造も単なる身体的疾患(bio‐morbidity)から,心身複合的障害を有した疾患(co‐morbidities, new morbidity)に激変してきている.すなわち,思春期の子どもへの救急対応も小児科医が率先して行うべきである.医療難民といわれる思春期の子どもの自殺が年々増えていることは小児科医としてはいても立ってもいられないことであり,ある意味で小児科医の面目を果たしていないといっても過言ではないであろう.このような子どもたちの心身の変化,そして保護者の不安の多様性を理解し,子どもたちの将来的な健全成育を目標に,長期的視野に立っての継続性のある小児救急医療提供も行われるべき時に来ている.
以上のような多様なニーズが小児救急医療に求められていることからも,小児救急医療実施者は可能な限り「総合小児救急医療」を行うべきである.確かに疾患の重篤度で救急医療は初期~高次と分類はされているが,こと小児救急医療においてはそのような次元ごとの対応ではなく,総合的に対応すべきである.土台,子どもの傷病が重篤にならないようにすることが保護者の務めであり,われわれ小児医療関係者もその予防に力を入れるべきである.この観点からいけば,小児救急医療現場に軽症の子どもが殺到するのは当然であり,このことを少なくとも小児救急医療者が「不要不急の受診者」という喩えはすべきではないと考える.子どもの傷病をいかに軽症で済ましてあげるかが小児救急医療の大きな柱である.このことを心に刻んで,小児救急医療に対峙すべきである.
総合小児救急医療という視点からは,小児内科的救急疾患のみならず,事故外傷中毒症例等の初期対応にも関わり,子どもの成長における将来的な受益を考慮した対応が必要である.このためには,ER医,一般救急医や小児外科医,集中治療医などと協働で医療を行い,お互いの医療技術の交換を行い,保護者をも巻き込んで,包括的な総合小児救急医療提供に努めるべきである.つまり,専門の「小児科救急」ではなく,総合的な「小児救急」としての医療姿勢を小児救急医療提供者は有して対応すべきである.
本書はこのような考えに立って企画され,多くの第一線の小児救急医療者に賛同していただき,わが国の子どもたちを健全に育て次世代に託すという気概で執筆されている.救急医療現場で子どもを診る際には,小児科医も非小児科医もその職種,経験年数によらず,是非とも本書を座右の書としていただき,ことあるたびに読み返していただきたい.そのことがわが国の子どもたちの未来を護ることになると信じ,また本書の活用によって,不安だらけの保護者の安心も一緒にプロダクトされることを願っている.最後に,執筆の諸先生方に感謝するとともに,多くの子どもたちとその保護者の幸せを心から祈っている.
平成27年2月
市川光太郎
改訂第2版の序
小児救急医療の充実に向けて,関係機関の努力,そして医療側,保護者側の理解の深まりは最近とみに強くなって,その背景は追い風と称されている.確かに保険診療点数等における処遇の改善もみられる.10年前には,医療者であれば誰でも診療可能である小児初期救急医療であり,十分にその役割は果たしていると当時の厚生省の救急医療問題検討委員会の中間報告でなされたことを思い浮かべれば,ずいぶんな進歩ともいえる.しかし,それ以上に時代背景は高度化・専門化していることも事実であり,小児救急現場にもその波は押し寄せている.そして,外国との比率でも幼児死亡率は決してよくないことがこの数年強調され,その原因がどこにあるのか検討され始めた.すなわち,わが国の小児救急医学が学問的体系化されることなく,一般小児科医・内科医の片手間に行われ続けてきたことに大きな一因があると思われる.従来の応急診療ではなく,いかに成人救急と同じように救急マインドを持って,最上・最良の完結可能な救急医療提供を行うかが重要である.この点を医療提供側が認識してその対応に努めないと,単に小児救急は不要不急の患児ばかりであると言い続けても保護者との意識の乖離は埋まらないし,かえって医療への信頼感の失墜に拍車がかかると思われる.
小児救急医療においては区別がつけにくいという特性もあり,初期~高次救急医療までその提供は連続性をもって対応されるべきであり,その医学的な質の向上,あるいは医療社会学として,人的資源の確保などの課題の解決が必要である.しかし,小児科医不足と言いながらも,これまでの小児科医の小児救急医療への関わりは決して十分といえるものではなく,応急診療としての関わりの域を出ていない.小児科医は,養育姿勢などへの関心を含んだ予防医学をはじめとして,もっと小児救急医療に幅広く関与していくべきである.特に,小児内科的救急疾患のみならず,事故・外傷・中毒症例等の初期対応にも関わり,子どもの成長における将来的な受益を考慮した対応が必要である.このためには,ER医・救急医や小児外科医,集中治療医などと協働で医療を行い,お互いの医療技術の交換を行い,包括的な小児救急医療提供に努める時期にきていると考えられる.つまり,「小児科救急」ではなく「小児救急」としての医療マインドをもっと多くの小児科医が持ち,実践すべきである.
一方,わが国の養育環境は決して楽観できるものではなく,劣悪化した養育環境が不安視されている.このような負の養育環境で育たざるを得ない子どもたちの疾病構造も,単なる身体的疾患(bio‐morbidity)から心身複合的障害を有した疾患(co‐morbidities,new morbidity)に豹変してきている.このような子どもたちの心身の変化,そして保護者の不安の多様性を理解して,子どもたちの将来的な健全成育を目標に,連続性のある小児救急医療提供も行われるべき時に来ている.すなわち,これからは小児救急医療に関わる医療人として幅広い視野と技術を身につけるとともに,子どもの将来を思いやり,育児不安におののく保護者へ安心感を与えることを心がけた総合的な小児救急医療の提供を目指していくべきである.つまり,小児科専門医であることが重要なのではなく,ER医・救急医であろうとも,研修医であろうとも,急な傷病を通して,子どもたちの養育背景と将来的な健全育成を見据えた医療提供,保護者と協働した医療提供ができるかどうかが重要である.この観点は専門医志向の強い保護者も認識すべき点であり,その理解は理想の小児救急医療提供には不可欠である.
このような総合小児救急医療の一環として,小児救急医療に携わる医師は,小児科医であっても,非小児科医であっても,内科的救急疾患のみならず事故外傷の子どもたちの初期対応にも積極的に関わることが求められ,さらにもう一点,診断治療のみに専念するのではなく,なぜこんな事故を起こしたのか,起こったのか,どこに問題があるのか,などの検討が求められる.このように傷病発生までのプロセスを推察し,社会医学的な問題の有無を判断し,そして傷病罹患の反復をさせないための患児・保護者への指導などが行える総合小児救急医療を提供することが,今後の重要な責務である.
最後に,現場の最先端で活躍している執筆陣の活きた文章から,治療法のみならず,救急医療提供の根幹,あるべき姿を読み取っていただき,将来を担う子どもたちとその不安な保護者のための真の総合小児救急医療の提供に多くの小児救急医療関係者が近づける入門書として,改訂第2版としてリニューアルされた本書が活用されることを心から願っている.
平成23年3月
市川光太郎
初版の序
平成10年頃からいわれ始めた小児救急医療の提供に関する小児科医不足の問題は,新臨床研修医体制の開始と相まって,産科をはじめとする多くの診療科の医師不足の社会問題化の火種になった感がある.他の診療科の特殊性もさることながら,小児救急医療における保護者の要望の昂揚(特に専門医志向,完結医療志向など)はその診療提供体制の完璧さ,すなわち,常に一般日常診療と同様の質の提供が求められているといえる.しかし,わが国の現状で,保護者の要望に応えるだけの小児科医は存在しない.この点に関しては,提供側,受療側(保護者)双方の歩み寄りによる相互理解が最も必要であると思われる.
実際に,小児科医自身のさらなる小児救急医療への取り組みはいうまでもなく重要な課題であり,開業小児科医も勤務小児科医も効率よくかつ幅広く小児救急医療に参画できる体制づくりを構築していく必要がある.このためには,小児科学会そして厚生労働省が打ち出している集約化・重点化による地域単位での小児救急医療提供体制を確立させていくことが,新体制づくりの一方策であることには違いない.集約化・重点化を地域に則してモディファイし,よりよい体制を構築する努力を行っていくべきである.
しかし,地域の子どもたちを健全に育てるという広い視野に立てば,医療者に限らず,すべての大人たちが子どもの健全育成にもっと関心を寄せるべきである.そのように考えれば,子どもたちの診療を行う医療者は小児科医が中心として牽引すべきであり,長期的には小児科医が増える方策も必要であるが,所詮,小児科医不足で微々細々にわたって常に小児科医のみで診療することは現時点では不可能に近い.短期的視野に立てば,いかに多くの非小児科医の医療者に小児医療に関わっていただくかも考慮すべき課題であり,小児科医による診療を志望する保護者のコンセンサスを得た非小児科医の診療を提供できることも,地域によっては小児救急医療の提供に不可欠な選択肢となるであろう.
しかしながら,このようなハード面や体制面の問題を医療提供側だけの理論で模索しても,現実的な解決にはつながらないような気がしてならない.すなわち,小児科医による診療を強く志望する保護者であっても,実際には満足できる医療を提供してもらえれば,小児科医でなければならないという観念は保護者からなくなるのではないかと思っている.保護者の不安に十分に応えて満足できる医療提供が行われれば,小児科医にこだわらない感覚・意識に変わっていくのではないかと思われる.この観点に立てば,画一された診療技術が提供され,より満足できる医療提供が行われる必要性のあることがおわかりいただけると思う.わが国の小児救急医療自体,もともと各地域の先人たちの多くの努力で築き上げてきた診療スキルが,三々五々に伝承されて行われてきているといえる.このような状況のなかで,子どもたちに総合診療の一環として小児救急医療提供を行うことは,健全育成にとって不可欠である.このためには,小児科医に限らず小児救急医療現場に立つ全医師が,より普遍的な考え方に基づき,より体系的に医療提供ができるような小児救急医療の全国画一的な診療ガイドラインが不可欠である.
こうしたソフト面を礎として,軽症は救急医療の対象ではないという誤解を捨てて,子どもたちの傷病の苦しみを軽症で終わらせてあげるという小児医療の基本姿勢を小児救急医療の実践に活かすことが,再度医療者の社会的信頼を回復するために不可欠な意識改革であると考えている.
わが国の小児救急医療の学問的探求やその診療技術をリードしている執筆陣が新たに書き下ろした本書は,今,保護者にも非小児科医にも,そして小児科医自身にも求められている小児救急医療の画一的な治療ガイドラインたりうることは間違いないと確信している.
是非とも本書がわが国の小児救急医療提供の現場で大いに活用され,一人でも多くの子どもたちの傷病の苦しみが短時間で済むようになることと,多くの保護者に満足と安心感を与えることを心から願ってやまない.
平成19年9月
市川光太郎