HOME > 書籍詳細

書籍詳細

グランドデザインから考える
小児保健ガイドブック診断と治療社 | 書籍詳細:小児保健ガイドブック

あきやま子どもクリニック

秋山 千枝子(あきやま ちえこ) 編集

国立成育医療研究センター

五十嵐 隆(いがらし たかし) 編集

埼玉県立小児医療センター

岡 明(おか あきら) 編集

Rabbit Developmental Research

平岩 幹男(ひらいわ みきお) 編集

初版 B5判 並製 316頁 2021年04月22日発行

ISBN9784787824738

定価:5,940円(本体価格5,400円+税)
  

ご覧になるためにはAdobe Flash Player® が必要です  


疾病構造の変化や医療的ケア児の増加,心の問題,家族の問題を抱える子どもの増加,子どもの健康に影響を与える社会的因子の変化など,従来の小児保健・医療活動では対応できない課題が増えつつある昨今,これからの小児保健はどうあるべきか――.知っておきたい身体的基礎知識から,乳幼児健診や学校検診などの諸制度,慢性疾患や障害,事故,貧困や虐待,ICTや国際保健まで.小児にかかわるすべての医療者へ,小児保健を取り巻く様々な最新事項を盛り込んだ保健・医療現場で役立つ実践的な一冊.

関連書籍

ページの先頭へ戻る

目次

序にかえて ― グランドデザインから考えるわが国の小児保健   五十嵐 隆
編集・執筆者一覧

総 論

小児保健を取り巻く環境
1.成育基本法   神川  晃
2.健やか親子21   山縣然太朗
3.Biopsychosocialな視点で子どもを診る   阪下 和美

各 論

A 子どもを取り巻く環境
1.子どもの疫学   森崎 菜穂
2.児童虐待   小川  厚
3.貧 困   阿部  彩
4.社会的養護   村田 祐二
5.障害を抱える子どもたち   高田  哲
TOPICS 1 医療的ケア児   三浦 清邦
TOPICS 2 子どもの災害対策(医療的ケア児を含む)   中村 知夫
6.喫煙・飲酒・薬物   加治 正行
7.ICT(ネット・ゲーム・スマホ依存)   松﨑 尊信,樋口  進
TOPICS 3 犯罪・防犯   舟生 岳夫
8.家族の考え方   山下  洋

B 妊娠と出産
1.妊 娠   野口まゆみ
2.出 産   横山 美江
3.生殖補助医療とNIPT   左合 治彦
4.母子健康手帳   島袋 林秀
5.妊娠・授乳中の薬剤   瀬尾 智子
TOPICS 4 多胎妊娠   和田 誠司

C 乳幼児期
1.身体発育   坂本 昌彦
2.運動発達   高橋  寛
3.言語発達   木村 育美
4.社会性の発達   大和田啓峰
5.発達障害   広瀬 宏之
6.視覚器の発達   仁科 幸子
7.乳幼児期の相談   秋山千枝子

D 学童期・思春期
1.身体発育   関口進一郎
2.心の発達と社会性   石井 礼花
3.発達障害   小枝 達也
4.不登校といじめ   平岩 幹男
TOPICS 5 自 殺   杉山 由佳,吉川  徹
TOPICS 6 摂食障害   作田 亮一
5.学童期・思春期の相談   永光信一郎

E 健康診査
1.2週間児健診   佐藤 紀子
2.1か月児健診   金子 淳子
3.3~4か月児健診   河野 由美
4.6~7か月児健診   横田俊一郎
5.9~10か月児健診   峯  真人
6.1歳児健診   横井 茂夫
7.1歳6か月児健診   小枝 達也
8.2歳児健診   前川 貴伸
9.3歳児健診   小倉加恵子
10.5歳児健診   宮崎 雅仁
11.就学時以降の健診   稲光  毅
12.思春期健診   永光信一郎
13.歯科健診   田村 文誉,白瀬 敏臣
14.視聴覚健診/視覚   佐藤 美保
15.視聴覚健診/聴覚   益田  慎
16.整形外科的留意点   朝貝 芳美
17.小児外科的留意点   黒田 達夫
18.皮膚科的留意点   馬場 直子
19.泌尿器科的留意点   佐藤 裕之
TOPICS 7 新生児マススクリーニング   呉  繁夫
TOPICS 8 遺伝学的検査   黒澤 健司

F 学校保健
1.腎臓検診   菊永 佳織,石倉 健司
2.心臓検診   鮎沢  衛
3.運動器検診   内尾 祐司
4.健康教育   伊藤 武彦
5.性教育   松浦 賢長

G 生活習慣
1.授乳と離乳   児玉 浩子
2.偏食と食育   堤 ちはる
3.睡 眠   神山  潤
4.排 泄   河島 尚志
5.運 動   浦島  崇
6.遊び・スポーツ   原  光彦
7.子どもの衣服   大塚美智子

H 感染症とアレルギー
1.予防接種   宮入  烈
2.アトピー性皮膚炎   福家 辰樹
3.食物アレルギー   西本  創
4.気管支喘息とその他のアレルギー疾患   大矢 幸弘
TOPICS 9 アナフィラキシー   岡田 賢司
TOPICS 10 アレルギー性鼻炎(花粉症)   成田 雅美

I 子どもの病気
1.子どもの病気   伊藤 隆一
2.がん・がん教育   加藤 元博
3.成人移行支援   窪田  満

J 子どもの事故
1.事故統計とよくみられる事故   植松 悟子
2.事故予防   松裏 裕行

K 国際保健
1.世界の子どもの人権   平野 裕二
2.輸入感染症と予防接種   尾内 一信
3.国内在住外国人の子ども   波川 京子
4.グローバルな世界とつながる   中村 安秀


各項目に関連する制度・法律

索 引

ページの先頭へ戻る

序文

序にかえて― グランドデザインから
考えるわが国の小児保健

国立成育医療研究センター 五十嵐 隆

 わが国は世界で最も低い新生児・乳児死亡率(2017年のわが国の新生児・乳児死亡率(1,000人あたり)はそれぞれ0.9および1.9)を達成し,世界的にも子どもの生存の点において最もよい環境を提供している1).また,子どもの健康,教育,栄養を総合的に評価するChild Development Index 2012でも,わが国は子どもの成育にとって世界で最も良好な環境が整備されている国と判断された2).しかしながら,医学・医療の進歩による疾病構造の変化や障害をもって生存する子どもの増加,心の問題をもつ子どもの増加,子どもの健康に影響を与える社会的因子の影響の増大など,従来の小児保健・医療活動では対応できない課題が出てきている.これからのわが国の小児保健はどうあるべきかについて,グランドデザインから解説する.

わが国のこれからの人口構成

 わが国の少子高齢化の傾向は政策の大きな変更がない限りこれからも続くであろう.2019年の合計特殊出生率(一人の女性が出産可能とされる15~49歳までに産む子どもの数の平均)は1.42,出生数は約86.4万人に減少した.15歳までのわが国の子どもの人口全体に占める割合は明治以降1970年代までは20〜30%程度であったが,1980年代から20%を切るようになった.2010年のわが国の総人口数は約1.28億人と至上最高であった.今後の人口動態の推計によると,わが国の総人口数は2050年代に1億人を切り,15歳までの小児人口は全体の10%程度(人口数は約1,000万人程度)となり,2060年代には900万人程度にまで減少する3).子どもの数が多い時代はすでに過ぎ去った.これまで,子どもの数が多い,あるいは小児に対応できる医療資源が不足していたために,保健・医療現場において子どもを集団として取り扱うことが少なくなかった.今後は今まで以上に個人レベルでの対応が可能な時代になることが期待される.

わが国の子どもの平均出生時体重の低下と低出生体重児の増加

 1975年のわが国の男女合わせた出生時の平均体重は3,200 gで,低出生体重児(出生時体重が2,500 g未満)は5.1%であった.2017年には,それらは3,010 g,9.4%となった.経済的に恵まれている(つまり,妊婦の栄養状況が良好な)国の中でわが国は低出生体重児の割合が最も高く,出生時体重が以前よりも200 g近くも低下したままの状況が続いている唯一の国である.低出生体重児は成人になってから脂質代謝異常症,高血圧,糖尿病,慢性腎臓病,慢性肺疾患だけでなく,発達障害,注意欠如多動症,統合失調症などの神経疾患をも発症しやすくなることが明らかとなっている4).このような状況の原因として,①思春期の頃からやせ願望が強く,十分な栄養量をとっていないこと,②貧困により栄養バランスのとれた食事を一日3回摂取していないこと,③出産年齢の高齢化により,胎盤機能が低下していることなどが推定されている.こうした状況を改善させるために,学校教育にて栄養摂取(食育)の重要性や妊孕性の限界などについてしっかり教えるだけでなく,国や公共団体からの子育てに対する経済的支援を充実させることが求められている.

慢性疾患(障害)をもって思春期・成人期に移行する子どもと医療的ケア児

 医療の進歩により,慢性疾患や障害をもって思春期・成人期に移行する子どもがわが国でも増加している.文部科学省による調査でも,通級による指導(小・中学校の通常の学級に在籍する障害のある児童生徒で,障害の状態の改善または克服を目的とした指導が必要な者に対して,小・中学校における特別の指導の場または,公立特別支援学校で行う特別の教育課程による指導のこと)を受けている児童生徒数は2017年度には約10万9千人で,2016年度に比べ10.8%増加し,さらに注意欠如多動症,学習障害,自閉スペクトラム症,情緒障害などの児童が2008年頃から急増していることが指摘されている5).
 アメリカでは慢性的に身体・発達・行動・精神状態に障害をもち,何らかの医療や支援を必要な子どもや青年はchildren and youth with special health care needs(CYSHCN)とよばれる.彼らは保健・医療・教育・就労などの面で社会からの支援を必要としており,そのような支援体制を構築することが今や先進諸国における共通の課題である6).2016/2017年のアメリカの調査ではCYSHCNは18.8%を占め,わが国でも東京都西部地区を対象とした調査にて同様の結果が出ている.すでにわが国では,先天性心疾患や小児期の川崎病の罹患による冠動脈病変をもって成人に移行した患者が約50万人,小児期に悪性腫瘍に罹患し治療にて寛解し成人に移行した患者が約11万人に及ぶ.
 わが国では慢性に経過し,生命を脅かし,生活の質を低下させる疾患として2019年度には785疾患が「小児慢性特定疾病」として選定され,医療費助成の対象となった.一方,成人を含めた「難病」として2018年度には331疾患が認定され,医療費助成の対象となった.しかしながら,小児がんの患者は成人になると「難病」として認定されず,医療費助成の対象にならないなどの課題が残されている.
 2018年度の厚生労働省の調査によると,在宅にて毎日の医療的ケアが必要な子どもは全国で19,712人,人工呼吸器管理が必要な子どもは4,178人で,いずれも毎年増加している7).とりわけ,人工呼吸器管理が必要な子どもの増加が著しい.在宅医療を受ける子どもは成長・発達する存在で,教育や遊びなどを含め高齢者の在宅医療とは全く異なる観点からの支援が必要である.また,「どのように生きたいか」に関して患者・家族の意向がそれぞれ大きく異なっている.また,中心静脈栄養,人口呼吸器の装着など高齢者よりも専門性の高い医療が在宅で行われている.さらに,小児在宅医療の標準化がされていない.
 小児期に障害をもって成長し,成人に移行する患者には疾患の種類や重症度に応じた様々な課題が残されている.患者個人の課題に対応し,内科医などの成人への医療提供者と協力して患者を治療(移行医療)・支援する体制をつくり上げ維持することは,これからの小児医療・保健従事者の重要な仕事である8).慢性疾患に長く罹患することによって生じる新たな病態,薬剤による二次障害などを明らかにし,対応マニュアルを作成することも課題である.また,これらの患者は在宅にて過ごすことが多く,小児医療・保健従事者は在宅医療への参画が求められている.

増加する子どもの貧困問題と小児虐待

 わが国はイギリス,アメリカに比べ社会全体の公平性は保たれているが,世代別にみると高齢者に比べて子育て世代への国からの経済的支援が乏しい.2015年のわが国の17歳以下の子どもの相対的貧困率(平均の半分以下の収入群)は13.9%(7人に1人:2013年は16.3%)で,増加傾向に歯止めはかかったが高いままである.わが国の子どものための施策に対する公的支出がGDPの1.3%で,OECD 35か国中下から7番目と少ないからである.特に,わが国の母子世帯の相対的貧困率は50%を超えており,OECD諸国で最も高い.子どもの貧困は,
1)健康な食生活習慣をつくることができず,肥満,低身長・骨粗しょう症などの疾病に罹患しやすくなる.
2)疾病罹患時に適切な受診ができず,疾病が進行する.
3)任意接種の接種率を低下させる.
4)自閉スペクトラム症の疑いの子どもが多い.
5)自己肯定感に乏しく,社会の一員として社会に貢献しようとする志を形成しにくくなる.
などの問題を生むことが指摘されている.
 児童相談所での児童虐待相談対応件数も2019年度には159,850件に増加した.貧困は小児虐待の一因である.年収300万円以下の家庭の18%が虐待の経験があり,28%の保護者に虐待傾向がみられる.わが国では,2013年に「子どもの貧困対策推進法」が制定され,2021年における子どもの相対的貧困率を10%未満とすることを目標とした.しかしながら,投入される予算規模が小さく,十分な成果が出ていない.イギリスの子どもの相対的貧困率を33%から11%にまで下げたような有効な施策がわが国でも実行されることが必要である.
 子どもの貧困や小児虐待などの社会的問題を改善することは簡単ではない.これからの小児科医は日々の診療の中で子どもの社会的問題に気付き,その改善に向け地域での社会資源につなげる対応をとることが必要である.さらに,病院外で起きた子どもの死を検証するシステム(Child Death Review)の構築も求められており,成育基本法にもそれが指摘され,社会実装に向けた厚生労働省の研究班によるモデル事業が行われている9).

子どもの事故(傷害)を減らすために

 わが国では,1歳以上の子どもの疾病別死因として「不慮の事故(傷害)」が高い位置を占める.日本スポーツ振興センターでも学校(保育所を含む)の管理下での傷害の実態について調査され,報告されている10).しかしながら,傷害の原因を科学的に究明しその原因を除去する介入行為がなければ,子どもの傷害を減らすことはできない.一方,子どもの傷害が起きたときの詳細な状況を医療関係者は明らかにすることができない.つまり,傷害を防ぐために必要な具体的で詳細なデータがないことが,子どもの傷害を減らせない主たる要因である.日本小児科学会は,会員から収集した傷害事例から詳細な情報を収集し,海外事例とも比較し,傷害速報として報告している.このような活動を支援するために,成育医療研究センターの救急外来では担当看護師が患者の家族から傷害の詳細を聞き取り,収集している.その中で,「重大な」「多発している」「早く社会に危険性を伝えるべき」「重症になりかねない」傷害と判断した場合には後日,保護者に詳細な聞き取りを実施している.そして,必要に応じて傷害事例が多発する製品のメーカー,関連業界,経済産業省,自治体,消費者団体に事例を報告し,製品の改良や国民への周知に結びつける活動を行っている.

思春期医療

 思春期の子どもの心と体には劇的な変化が生じる.しかしながら,小児科医にとって思春期の子どもは扱いにくい存在で,小児科医はこれまで思春期の子どもの保健活動や診療を避ける傾向があった.その理由は,思春期医学には妊娠,性,非行,うつなどのメンタルヘルスなど,より幼い子どもを対象とするこれまでの小児医学とは異なった課題があるためである.厚生労働省研究班による調査では,わが国の子どもの疾病負担をDALY(disabilityadjusted life year;傷害調整生存年)にて評価すると,10歳以後に心の問題と薬物依存の問題が増大することが明らかにされている.劇的に心身の変化が生じる思春期から若年成人の医療・保健にこれまで以上に小児保健・医療の関係者の貢献が求められている.

子どもの心や社会性を評価し支援するために

 わが国では乳幼児健診や学校検診が実施され,子どもの健康管理に大きな貢献をしている.しかしながら,欧米に比べると乳幼児期の健診回数は少なく,学校検診では一人あたりに使われる時間が極めて短い.アメリカでは,1990年からhealth supervision(個別健康相談)を受ける機会が乳児期に7回,12〜30か月に5回,3~21歳までは年1回となっており,いずれも義務である11).一人に要する時間は約30分で,健康保険によって異なるが費用は最大で150ドルが医療者側に支払われる.アメリカでの個別健康相談では,身体的診察,成長・発達の評価・指導,予防接種などわが国の小児科で行われている診療の他に,生活習慣,親子関係,学校生活など子どもを取り巻く環境を聴取し,子どもの心身の健康に影響を与えるリスクがないかを評価する.その上で,適切な助言・指導を行う.特に重要な点は,次の健診までに子どもに起きうる問題となる事象,保護者が悩んでいる事象を具体化し,それらへの対応方法を説明し,助言することである.これをanticipatory guidanceとよび,個別健康相談における小児保健,医療関係者の重要な仕事と認識されている.つまり,アメリカにおける個別健康相談は,子どもが幼いときには子育て全般に関する保護者へのアドバイザーとしての,子どもが大きくなった場合にはその他に,子どもの生活・健康に関する子どものためのアドバイザーとしての機能を担っている.
 病気の有無にかかわらずbiopsychosocial(身体・心理・社会的)な面から子どもと家族を支援し,子どものリスクに対応することの重要性にわが国の小児保健・医療関係者も気付いているが,これまで実施することができなかった.わが国にも同様の仕組みを今後導入するためには,小児科医や内科医がhealth supervisionを実施するためのskillをもつことと,例えば6〜20歳までは年1回の個別健康診査を義務とし,適切な対価が医療側に支給される制度を構築することが必要である.
 日本医師会は米国小児科学会(AAP)からポケットガイドの翻訳権を獲得し,ホームページ上で2018年4月から日本語訳を公表中である(3年間の予定).さらに,日本版Bright Futures作成のための厚生労働省研究班が組織され,わが国の社会にふさわしく,biopsychosocialな観点から子どもや青年の健康を支援するガイドを作成し,社会実装を試みているところである.

出生前診断と小児保健・医療

 出生前診断に対する社会的要請が高まっている.その一つであるNIPT(non‒invasive prenatal genetic testing)は妊婦の血液中の特定の遺伝子を増幅・解析し,3つの染色体異常症の可能性を調べる検査である12).トリソミー21の陽性適中率は96%であるのに対して,トリソミー18では87%,トリソミー13では56%と陽性適中率は低くなる.NIPT全体での陽性適中率は約9割である.今後,NIPT検査は今まで以上に頻繁に行われ,Down症患者はさらに少数派となることが予想される.しかしながら,少数派となるDown症とその家族が孤立感を深める状況をつくってはならない.小児保健・医療関係者こそ,Down症患者とその家族に寄り添う存在である.患者が減少することで減じる医療費などを,患者の教育プログラムの充実や福祉のためにこれまで以上に手厚くすることを考えるべきである.さらに,疾病の合併症(例えば老化)の成因解明と治療法確立のための研究を推進することも必要である.

優れた医学研究の推進と成育基本法

 保健と医療はどちらかが欠けても両立しない.優れた小児保健を実施するには優れた医療による裏付けが必要である.優れた医療は優れた医学研究に裏打ちされる.子どもの健康を守り,増進するための優れた医学研究を推進することは小児保健への大きな貢献となる.
 子どもを取り巻く社会環境と子どもの病気・保健状況は密接に関係する.今後,社会医学研究も基礎・臨床研究と同様に推進することが求められている.エビデンスに基づく重要な政策提言を行うことは,子どもの健康増進を図る上で,極めて重要である.わが国の予防接種政策が長い間世界的にも遅れていたことは,「予防接種は国民の健康を守る重要な社会政策である」との見識とそれを実行するための社会的基盤が弱かった点に一因がある.現時点において,国がヒトパピローマウイルスワクチンの勧奨接種を控えている問題も解決されていない.マスコミや一部の医療関係者の責任も大きいことを自覚しなくてはならないであろう.
 2019年から施行された「成育基本法」は,成育過程にある者の多様化し高度化する成育医療などに関する需要に切れ目なく的確に対応できるように,関連する保健,教育,福祉に関する施策と連携を図り,総合的に推進することを目指している13).現在「成育医療等協議会」が厚生労働省の管轄の基に設置され,胎児期から若年成人に至る者に必要な成育医療やそれに関連する保健・教育・福祉に関する具体的施策を討議されている.その答申は内閣府に伝達される.政府はこの法律の定めにより,毎年成育医療などに関する計画を公表する.障害をもつ子どもも健康な子どもも含め,すべての子どもの成育に必要な施策を具体的に提言・明示されることは小児保健・医療の推進に貢献することと期待される.

  文献

1) 厚生労働省:人口動態統計,2017.https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1a.html[閲覧日:2021.2.10]
2) UNICEF Innocenti Research Centre:Measuring child poverty. New league tables of child poverty in the world’s rich countries(Report Card 10). 2012. https://www.unicef-irc.org/publications/660-measuring-child-poverty-new-league-tables-of-child-poverty-in-the-worlds-rich-countries.html[閲覧日:2021.2.10]
3) 内閣府:令和元年版高齢社会白書.https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2019/gaiyou/01pdf_indexg.html[閲覧日:2021.2.10]
4) Joss‒Moore LA, et al.:The developmental origins of adult disease. Current Opinion Pediatr 2009;21:230‒234.
5) 文部科学省:平成29年度通級による指導実施状況調査結果について.https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/_icsFiles/afieldfile/2018/05/14/1402845_03.pdf[閲覧日:2021.2.10]
6) Perrin JM:Children with special health care needs and changing policy. Academ Pediatr 2011;11:103‒104.
7) 厚生労働省:医療的ケア児等の支援に係る施策の動向.https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000584473.pdf[閲覧日:2021.2.10]
8) 日本小児科学会移行期の患者に関するワーキンググループ:小児期発症疾患を有する患者の移行期医療に関する提言.http://www.jpeds.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=54[閲覧日:2021.2.10]
9) 厚生労働省:都道府県チャイルド・デス・レビュー (CDR:予防のための子どもの死亡検証)体制整備モデル事業の手引き(第一版).https://www.mhlw.go.jp/content/000605740.pdf[閲覧日:2021.2.10]
10) 日本スポーツ振興センター:学校の管理下の災害[平成30年版].https://www.jpnsport.go.jp/anzen/Tabid/1912/Default.aspx[閲覧日:2021.2.10]
11) American Academy of Pediatrics:Bright Futures, Guidelines for health supervision of infants, children, and adolescents, 4th ed. Hagan JE, et al(ed):Elk Grove Village, IL, 2017.
12) NIPTコンソーシアム:http://www.nipt.jp[閲覧日:2021.2.10]
13) 官報(平成30年12月14日):成育過程にある者およびその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策の総合的な推進に関する法律.https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20191204
seiikukihon_sikou3.pdf[閲覧日:2021.2.10]